第1話 新婦入場前までの出来事

2018年の5月吉日―――――――――――その日を迎えた私と夫は、挙式披露宴の会場となる専門式場に到達していた。入口には白い花で出来たリースが装飾として飾られており、この日この場所で結婚式が行われるという事実が解るような装飾だ。

「今日は、宜しくお願いします」

受付の女性から控室へ案内してもらい、そこに介添人の堀添さんが挨拶に来た際、私が彼女に伝えた台詞ことばだ。

挙式披露宴を迎えるにあたって、プランナーさんや衣装担当の方。ヘアメイクを担当される方と何度か顔を合わせてきたが、介添人である彼女と顔を合わせるのは、この瞬間が初めてだ。この時、式の事や披露宴の事で頭がいっぱいだった私は、彼女の登場によって、少し安堵していたかもしれない。


衣装担当の斎藤さんが控室に到着後、ヘアメイク及びウェディングドレスの着付けに入る。ドレスフィッティングは夫や実母と一緒に行った中で、自分自身の意志で最終的に選んだウェディングドレスは、フィッティングと合わせると数回しか身にまとっていないが、妙に愛着が湧いていたのである。

「わぁ…!」

そして、自分と同じタイミングでタキシードに身を包んでいた夫を見た時、一段とかっこよいなと感じる自分がいた。

同時に、仕上がっていく工程をこので見る事に対し、気持ちが高ぶっていたのだろう。とても、高揚する気分を味わっていたのである。

着付けが終了した後、実母と実姉が控室を訪れて、少しだけ会話をした。招待した親族が揃っている話や、実姉にはこの後の披露宴にてお願いしている事もあったため、その関係の話を少しだけした後、「また後でね」と一旦別れる事となる。


私と夫が挙式披露宴の会場として選んだ場所は、高田馬場にある専門式場。ホテルウェディング辺りでもよくある事だが、場所から場所への移動は主にエレベーターによる縦の移動が多い。この会場の場合は、有難いことに新郎新婦専用のエレベーターがあるという点が秘密基地を出入りしているような感覚がして、とても心地よかったのである。

「今日は、わたしと外国人牧師の二人で挙式を進めさせて戴きます」

親族紹介の前に入った小さな控室にて、私達の挙式を進めてくださる日本人牧師・根津さんがこの後の進行について軽く説明してくれた。

 声が少し高めで優しそうな雰囲気の男性かただなぁ…

彼に対しての第一印象は、その独特の声だったのである。

また、この控室ではカメラマンの玉岡さんとも挨拶をし、そこから色々なアングルで写真を撮ってくれる事となる。

「腕の位置は、こーして…あーして…」

玉岡さんは、思い通りのアングルを撮るため、色々と指導をし始める。

そのおかげで、新婦単体や新郎単体。新郎新婦が一緒になって撮る瞬間もあり、まだ人前へ出る前でなかった事もあり、楽しく感じていた。

余談だが、私は睨めっこが苦手で、夫と長時間目を合わせるのも長くはもたない方だ。ただ、この写真撮影で互いに見つめ合う場面シーンがあった際は、恥ずかしくても長く続いた方だったのを覚えている。

 

よく漫画のワンシーンにおいて、「感激して途端に雰囲気が明るくなる」描写を見た事がある方もいるだろう。

根津さんと挨拶した控室を出た後、まさにその再現といっても良いと思えるくらい私や夫の姿を見た親族達の雰囲気が明るくなったのを今でも覚えている。私の場合はこれまで、アルトサックス奏者として吹奏楽部等で舞台に何度か立っていたため、他人ひとから見られる事には昔から慣れていた。しかし、この暖かい雰囲気は、これまでと違って新鮮であり温かみですら感じていたのである。

「あ、えっと…どうすれば…」

親族紹介が終わった後、私はずっと周囲を見渡しながら動いていた。

というのも、挙式が始まる前に新郎新婦と一緒に写真を撮ろうという動きがあったためだ。新婦がウェディングドレスに加えて厚底の靴を履いている事もあり、私は一・二歩程度歩く程度で済んだが、写真に写るために移動を繰り返した家族や親族達は、大変だっただろう。この時だけでもスマートフォンや一眼レフカメラをたくさん向けられていた訳だが、この後、その倍以上のカメラを向けられる事になろうとは、その瞬間は思いもしなかったのである。



「まず、新郎様が入場します。皆様、御着席のまま門の方をご覧ください」

挙式会場であるチャペルでは、外国人神父・ヴィクターさんがそう述べていた。

ヴィクターさんが述べた後、鉄格子の形をした門が開き、根津さんを先頭に新郎の夫。その後ろには蝋燭を持った女性が数人バージンロードの上を進んで行く。

この時、私はチャペルに入る扉の前に待機していたため、実際の光景は夫の実妹が撮影してくれた動画を通して、一連の光景を知ったのである。ともあれ、新郎が入場している間に、私も堀添さんと共に立ち位置へゆっくりと進む。私が移動をしていた際、オルガンの音色とテノールによる歌唱が聴こえていたのを、何となく覚えている。


「続いて、ご新婦様が入場されます。…その前に、門の方をご覧ください」

夫が立ち位置に到着し、ヴィクターさんの声がチャペル内に響く。

一度閉じた門が再び開き、そこには私と実母が立っていた。それは、入場前に行うベールダウンセレモニーだ。

ハープの音色が響く中、私はゆっくりとその場で跪く体勢をとる。すると、背中の方に回っていたベールを母がゆっくりと下ろし、私の両腕を優しく触れながら元の体勢に戻す。

後日知った事だが、このベールダウンセレモニーは実施する会場や挙式の形式によって手法が多少異なるらしい。現に、これまでお呼ばれした結婚式では新婦が腰を低くかがめるという動作はない。ただし、写真や動画を後に見せてもらった際、すごく良い雰囲気だった事もあり、個人的には気に入っている。

「…おめでとう」

「…ん…」

ベールを下ろして私を立ちあがらせた後、座席へ戻る前に実母が小声で呟く。

自分にしか聴こえないくらい小さな声で述べてくれた一言それを聞いた私は、感極まって泣きそうになった。そのぐらい、嬉しかった台詞ことばだったのは今でも覚えている。当時、母に何て言葉を返したのかは覚えていないが、感極まっていて声が出なかった可能性は高い。

実母が席へ戻り、私はその場を移動して今度は実父と横に並び始める。

「…!!!」

移動をした際、私は一瞬だけ体勢が揺らいだ。

それは、厚底靴でドレスの裾を踏んでしまったのか、転倒しそうになったのである。すぐに持ち直し、内心では焦っていたが―――――――――――――結果として、緊張がほぐれて良かったのだろうと今では懐かしい思い出である。

「それでは、新婦が入場致します。皆様、門の方をご覧ください」

私と実父の準備が整ったのを見計らったように、ヴィクターさんの声が響く。

この後、私は長いバージンロードを歩き始める事となるのであった。

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