第2話 世界

 数十年前、致死性のウィルスが突如世界に蔓延し、

 かつて80億を超えた世界の人口が半減したとされる現代。


 人類は文明社会を人工知能が動かす肉体Body driven by artificial intelligence(BDbAI)によって維持し、

 世界のどこにいてもタイムラグを感じないほど発展した通信環境を用い

 電脳世界に築いた仮想世界に生活圏を移していた。


 それが可能となったのも「生命体保護装置」と呼ばれる人体の機能を維持しつつBDbAIによる手厚い看護が実現し、仮想世界にダイブしたままでも生命体として過不足なく生きていけるようになった上、日本人研究チームにより研究開発された「拡張型人工多能性幹細胞」という人間の肉体を構成するすべての細胞が老化したり劣化したり疾病に遭った場合、患部に注入することで健全な細胞に代替わりする驚異の発明を用いた医療行為が認められ、それを組み込んだ生命体保護装置へ逃げ込むことができた人類は、かつて人類を脅かした 病魔や寿命などから半ば解き放たれることとなった。


 だが生命体保護装置は高価であり、入手する為には資格を取得する必要があった。

 飛び級と留年が認められる初等科と中等科の義務教育において一定の学力を身につけ、致死性ウィルスの影響が薄い10代の一定期間3年間社会活動を行い、成績上位者はその栄誉を称えられ生命体保護装置を受け取ることができる。

 上位者以外の者たちは2年間の実務経験を経た後生き残った者には生命体保護装置を与えられることになる。


 これは混乱した世界をまとめるために発足した世界政府の提唱する新世界秩序実現実現の為世界各地で積極的に行われた。


 その実態は家畜に認識票タグをつけるのと何ら変わらない思惑があったとしても病魔の脅威に打ちのめされた人々は、生き延びるために藁にも縋る思いでその思惑に乗ったのだった。


 そんな世界のある島国で何度か飛び級を重ね3年間の社会活動を優秀な成績で終えた、15歳の少年ボクは仮想政界へ乗り込む前に事前情報を漁っていた。


 ボクはあることを心から知りたがっていた。

 何を知りたがっていたかと言えば仮想世界で性別を変えることができるか?という事をである。


 要はネカマができるかどうか?を知りたがっているだけなのだが、別にボクは男が好きというわけでもなければ、同性を騙して貢がせたいというわけでもなく、ただ幼い頃共に育った姉がそうしていたように、可愛い服を可愛らしいアバターに着せたい。


 そして自分の思う理想の女の女の子として振舞いたい!


 その一念に突き動かされているのである。

 ただそれだけのために生命体保護装置に付属しているネット環境を使わず、

 操作性の悪い前時代的なPCコンピューターでネットの深層にある情報を調べているのである。


 そしてボクは一つの答えに行きついた。

「”仮想世界に長時間リンクすることによって、拡張型人工多能性幹細胞は生命体保護装置内に保護されている肉体に甚大な影響を与える可能性は否定できない。その為現実世界と乖離したアバターの作成は推奨しない”か…」

 つまりネカマは出来るが、それをすることによって現実世界の肉体になにがしかの影響が出る可能性はある、ということか…

 そう判断すると。


「やらずに後悔するより、やって後悔した方が納得できるかな?」


 そう断ずると生命体保護装置を起動し、諸々の手続きを済ませ、衣服を脱ぐと生命体保全液Life preservation liquidと呼ばれる液体に満たされた棺桶状の保護機器に横になるのだった。


 LPLに体を浸し、体内に浸透するのを待つ、保全液が呼吸器に入り込み一瞬苦しさを感じるがすぐに液体呼吸が出来るように切り替える。

 これは初等科から定期的な訓練があったので今ではすぐに誰でもできる呼吸法だ。

 液体に全身が包まれ少し浮かぶのを待って目を瞑ると、視覚情報として仮想世界への接続画面が送り込まれる。

 と同時に無機質な声で


「貴方のナビゲーターを選択してください」


 LPLを介して外側膝状体を経由し視覚野に様々な映像が投影される。

 要は雑事を請け負ってくれるAIの端末を選べというだけの事なのだが、逆に言えばこれから長い時間を共にする、ある意味最も身近なパートナーを選べという事である。


「ここで妥協はしたくないよね…」

 内心でそう呟くと、全ての端末の外見と対応のサンプルを確認する。

 その中で特に気に入った蜻蛉の様な翅を生やした可愛い女の子妖精の外見で、

 蕩ける様に甘い声で可愛く対応してくれる端末を選ぶ、と。


「初めましてご主人様♥お選びくださってありがとうございます♥」

 と言いながら嬉しそうにくるくる飛び回る可愛い妖精が視覚に飛び込んできた。


 この子は当たりだな

 直感的にそう思うと。


「ご主人様、わたくしめに名前を付けてくださいませ♥」

 小首を傾げてそう願い出てきた。


 名前か…

 可愛いのをつけてあげたいな。

 フェイ…ってのは使うとして。


「アリス! アリス・ル・フェイっていうのはどうかな?」

 勢い込んでそう告げると。

「アリス…素敵な名前を下さってありがとうございますご主人様♥」

 どうやら喜んでくれたようだ。


「では次にご主人様のアバター作成に入りたいと思います♥」

 と言って仮想世界でのボクの身体について説明してくれた。

「種族、外見、スキル構成、能力値はランダムでも御納得いくまでどれだけ試行錯誤されてもかまいません♥」

 と言いながら、

「まずは種族の選択からお願いいたします♥」

 と、言って選べる種族を提示してきた。


 ・只人族

 ・獣人族

 ・獣耳族

 ・有角族

 ・変性族

 ・有翼族

 ・祖霊族


 七つの大きな種族の括りがあってその中に更に細かく民族の違いがあるのか。

 獣耳族なら犬耳族と兎耳族などの違いがあるっと…


 只人族は能力的な補正こそほぼないがマイナス修正もないためどんなスキルも普通以上に使える。

 獣人族は知性が低いから術者には向かないけど、筋力や耐久力素早さが高いので接近戦向きか…

 只人族以外はほぼ何かが苦手な代わりに何かに秀でていたり、特技を持っていたりするようだ。


「小人族があれば選んだのに…」

 一人ごちると、

「身長の小さい種族ですとこちらになります♥」

 アリスが一つの種族を提示してくる。


 それは有角族の一種…小鬼族ゴブリンだった。


「いくらなんでもゴブリンはないでしょう!?」

 ボクは引き攣った笑いを放ちながらアリスの提案を否定する。

 が、彼女は真面目な顔をして、

「小鬼族はイメージが悪いので選ぶ方は少ないですが、能力的には結構優秀ですよ?」

 と、食い気味に反論する。

 そっか、アリスは僕のやりたいことを知らないから…


「ねぇアリスよく聞いてね。ボクは仮想世界では可愛い女の子になってかわいい服を着たりして、ボクの理想とする女の子として生きたいんだよ。だからゴブリンはちょっと…ね」

 彼女にそう言い聞かせる。

 だがアリスは、

「なれますよゴブリンでも可愛い女の子♥」

 その言葉にびっくりする、と。

「アバターの外見は変更の自由度が高いので、種族としての特徴は外せませんが

 それ以外でしたらどれだけでもカスタマイズできます、それはもうご主人様の理想を実現することもできるかと…ただ恐ろしく時間と手間はかかると思いますが…」

 申し訳なさげにアリスはそう告げる。


 だが、ボクは既に一つの思いに囚われていた。

 理想の女の子を目指す!

 ただその為だけに、どれだけ手間や時間をかけても実現すると心に決めたのだった。

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