酔いどれ森の石食い鬼――後編

 砂の海に照り付ける日差し。酔いどれ森に接する町の建物はガラガラと崩れており、見る影もない。

 けれど暮らす人々の表情は明るかった。

 店が潰れた人たちは路上に品物を並べ、食堂は青空の下で炊き出しを行っている。

 その中に瓦礫を運び出しながら教えを説くアワタの姿が見えると、キビキはそこへ駆け寄る。


「アワタ! 遅くなって悪かったな」

「キビキさん。問題ありませんよ。それより、あそこを見て下さい」

「ん?」


 キビキがアワタに言われて見ると、町の入り口で魔剣の鍛錬をしている集団がいた。その集団の前に立って教えているのはサツマだ。そして集団の中には女のヒエイの姿もある。

 キビキが声を掛けると、気付いたサツマが得意げに胸を張る。


「おぅ、キビキ。こいつらの教官なんて頼まれてよぉ。困るってのになぁ。今は女たちの剣の鍛錬をしてるんだが、男どもには魔法の方の鍛錬をさせてるんだ。今頃は桶なしで水を汲んでる最中だな」


「楽しそうだな。でもお前ってアズマ国の魔剣士だったんだよな? ついに解雇されたのか?」

 キビキが首を傾げると、ヒエイがプッと噴き出した。

「誰が解雇なんてされるかよ。俺はあの戦いでその引率力を認められ、正式に教えに来てるんだ。もちろん席はアズマ国にある」

「へぇ。すげぇな。飲んだくれやめたのか」

「やめるかよ! 酒は俺の命の水だ!」


 そう言うと、サツマは腰に下げた酒瓶を指さして見せる。

 変わらない事も、変わって行く事もある。それがいい事か悪い事かは生きて見なければ分からないのだ。キビキは、その先を見てみたいと思えるようになった。


「じゃあ、俺あっち手伝いに行くから。またな」

「おぅ。またな」

 サツマとヒエイに手を振り、キビキは人々に交ざって力仕事をする。岩を運び、材木を運び、瓦礫を退かす。

 通りすがる人たちにありがとうと頭を下げられる度、キビキは照れ臭い気持ちになった。それがとても嬉しかった。

 そしてあっという間に昼になると、キビキはフードを脱いで鬼の速さで酔いどれ森に戻る。


 囲い川を越え、いつもの芋焼酎の岩場から上へ。

 登る途中でサン国の方を見ると、例の城主たちと思われる集団が向かって来ているのが見えた。

 まだ時間はあるな、と思いキビキは岩山の頂上に向かう。


 そこにはいつもと同じように、コドラが寝そべっていた。しかしその体はようやくキビキと同じくらい。

 あの大災害のあと、手の平ほどにまで小さくなったコドラは今も緩やかに大きくなっている。


「なんだ、キビキか」

「おぅ。まだ随分と小さいな。すぐに戻るんじゃなかったのかよ?」

「小さくとも不自由はないのでな。それより、サン国から城主が来るそうだな?」

「あぁ。ケジメなんだってさ」

「そうだろうな」

 コドラは、それだけ答えて地上を見おろす。


「なぁ、コドラ。あの巫女は、アズマ国に帰って本当に良かったのかな?」

 キビキが聞くと、コドラは少し間をおいて答える。


「さぁな。どうなるかは分からんが、人々の暮らしの中にいたいと言うのだから仕方がないだろう。千年も人間たちの為に祈り続けたのだ。その結果を見たいのだろうな」


「後悔しないかな?」

「するかもしれんな」

「まぁ、その時はまた酔いどれ森に帰ってくればいいか」

 キビキが言うと、コドラも「そうだな」と答える。


 ここは酔いどれ森。

 人も獣も、魔物も花も酔っぱらって夢現の森。

 疲れた命を癒す森。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酔いどれ森の石食い鬼 小林秀観 @k-hidemi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ