時空旅行者
立原 千明
時空旅行者
僕はひょんなことから他の時空へ行くことができるようになった。
大きな衝撃、傾く車両、悲鳴、巨石によってねじ曲がった列車の屋根、飛び散る部品、誰かが「がけ崩れだ」と叫んだ。僕は飛び起きた。夢だった。汗びっしょりに、なっていた。僕の乗っている列車は長野へと向かっていた。朝から降り始めた豪雨は、なおもやまず列車は山路を這うように走っていた。日は暮れかかり一瞬見えた太陽は山肌を不気味な色に染めていたがやがて夜の闇に吸い込まれていった。暗闇の中に進行を許可する中継信号が三つ目のお化けのように目を光らせていた。いつの間にか隣は草一本もはえない崖になっていた。列車のライトに照らされて落石注意の看板がいくつも闇の中から浮かび上がっては闇に消えていった。落石を知らせる危険信号の赤い五つ目が列車のライトに照らされて、まるで今か今かと役目を待っているかのように見えた。その時けたたましいベルが鳴った。「落石だ。」ガラスが割れた、大きな岩石が飛び込んでくる。とそのとき体が宙に浮いた。気づいた時には僕はホームの上に突っ立っていた。不思議なことに土砂崩れは起きていなかった。次の瞬間、列車の通過を知らせるベルの音が聞こえてきた。ホームの上には多くの人がいた。これは、僕が一時間前に見た景色だった。つまり、過去に戻ってきたのだ。気が動転していたこともあるだろう。突然のことで驚いたが、たぶん時空を移動できるようになったのだととっさに理解した。というよりもそう理解しないと頭がどうかしてしまいそうだったのだろう。それとも、時空がもろくなったのか。とにかく命拾いしたのだからありがたかった。しかし、だんだんと支障がでてきた。弁当においては、食い始めたはずなのにフライのしっぽだけが弁当箱の隅に置いてあるだけで、綺麗になくなっているのだ。つまり、食い始めた瞬間、食い終わったときに時空間を移動したことになる。こんなことが日常的に起きた。1週間たつと問題は深刻なものになっていた。世界中で行方不明者が続出し始めたのだ。連日ニュースはそればかり報道するようになった。奇妙なことはそれだけでは終わらなかった。煙突の半分が残りを探しているかのように空をただよっていたり、太平洋に出来た台風が突然消えたりした。みんなおびえ始めた。木星が消えて土星が二つになるなんてことさえも起きた。さらに時空が曲がり始めたのだろう。土星がラグビーボールのようになって環は波打つようにグニャグニャに曲がった。目の前のものが急に大きくなったり小さくなったりもし始めた。皆が口々に世界の終わりだと叫んだ。寺や神社、教会は無秩序な世界に悲観した人でごった返していた。それでも人間は不思議なもので、いつもと変わらぬ暮らしを続けようと、会社に行ったり、学校に行ったりするのだった。気が狂わないようにする唯一の方法なのかもしれない。僕もいつものようにバスに乗って学校へと向かった。しかし、どれだけバスが走っても似たような景色ばかりで僕は心配になってバスを降りた。夢中で交番へと走った。しかし、どれだけ走ってもそこは今さっき降りたバス停だった。あたふたしている僕の前にふいに老人が現れ時空どうしがくっつきあってしまって上も下も前も横も違う時空の同じ場所になってしまっているのだと教えてくれた。家に帰ると早速来客があった。なんと僕だった。その僕が言った。「この階から二百七十四階上から来ました。上から同じ位置の違う時空を見学しているんです。隣り合う時空はよく似ているのですが少しずつ変化しているみたいなんです。」その間にも多くの時空旅行者が訪れてきた。上下左右からも訪れ、次の時空へと進んでいった。
「誰かー、助けてくれよー。」
あらゆる時空間に存在する無限の僕が一斉に叫んだ。
時空旅行者 立原 千明 @kdc-ritu1221
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます