エピローグ2
「はあ・・・・・・」
すっかり暗くなった道を、ようやく着慣れたスーツ姿で夏生は歩く。
社会人一年目。なんとかそれなりの企業に就職することができた夏生は慣れ始めた仕事の疲れを溜息と一緒に吐き出す。
仕事が辛いわけじゃない。嫌なわけじゃない。だってこれはさとりと一緒にいるために必要なことだ。だから例え嫌なことがあってもさとりとの生活を思えば耐えられる。
ただ少しだけ甘く見ていたのだ、大人というものを、社会というもの。
学生気分は捨てたはずだった。でもいざ社会に出て、会社に勤めてみてわかった。学生と大人はまるで違う。学生気分を捨てるだけじゃダメで、子供から大人へと根本から変わらないといけないのだ。
夏生はまだその転換期。故に普段の生活以上に肉体的にも精神的にも疲れが溜まる。
社会人になってからさとりと二人で住むようになった小さなアパート。錆び付いた階段を上がった奥の部屋。そこが夏生とさとりが暮らす部屋だ。
部屋の中からは明かりが漏れている。学生であるさとりはすでに帰宅していて、夏生の帰りに会わせて夕食を作ってくれているのだろう。
その匂いや彼女の顔を思い出すと、疲れていた身体がラクになる。自然と笑みが浮かんでしまうほどだ。
通勤カバンから部屋の鍵を取り出して鍵とドアを開ける。
小さなアパートだ。出入り口のドアを開けるとすぐに小さいキッチンが視界には広がり、その前にさとりが立って夕食の準備をしてくれていた。
「あっ、おかえり、夏生!」
夏生の姿を見るとさとりは満面の笑みで出迎えてくれる。たったそれだけのことで一日分の疲れも忘れることができた。
「ただいま、さとり」
靴を脱いで部屋に入る。
するとさとりはなぜかコンロの火を止めてニマニマしながら夏生に近寄ってきた。その顔を見て直感する。これはきっとなにかある。さとりがこういう顔をするときは、大抵そうなのだ。
「ねぇ、夏生。とっても大事なお知らせがあるんですよねぇ」
「うん、なにかあるとは思った。それで、大事なお知らせって?」
就職先の内定でも出たのだろうか。それなら確かに大事な知らせだ。なにかお祝いを考えないといけない。
「なんでしょう?」
どうやら夏生の口から言わせたいらしい。
なので夏生は直前に思った就職の話をするが、
「ぶぶー、違いまーす。あ、いや、ある意味では正解かもしれないけど」
「いやいや、意味わからん」
就職先の内定が出たわけじゃないのに、ある意味で正解?
まるで答えがわからない。
それからしばし考える。でも結局、答えはわからないままだった。
「しょうがないなー。じゃ、答えを発表します!」
言って、さとりはなにかを取り出し、それを夏生に見せた。
それは細長い棒状のものだった。
全体が白く飾り気のないそれ。
しかしその真ん中には赤い二本の線がくっきりと浮かんでいた。
それがなんなのか。そしてその線が意味することがなんなのか。使う機会がない夏生にだって意味は分かった。
さとりの顔とそれを交互に見る。
驚きに言葉が出てこない。
言葉は出ないが、身体は動いた。
さとりのことを抱きしめる。さとりも強く夏生のことを抱き返した。
それは二人にとっては奇跡にも等しく、そしてなによりも価値のあることだ。
自然と涙が流れた。胸の中でさとりも肩を震わせている。
これからきっと、社会に出るよりも遙かに大変なことが二人を待っている。
でも夏生とさとりなら乗り越えていけるだろう。
なぜならそれは、二人が渇望していたものだから。
なぜならそれは、二人が求めていたものだから。
なぜならそれは、二人が心の底から望んでいたものだから。
無理なんだと諦めていた。
でもこうして願いは叶った。
だからきっと、二人はその願いを育んでいく。
二人でずっと、大切に、大切に――。
彼女の歪んだ家族計画 花崎有麻 @syou0301
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