第7話


 俺は七夏と別れて家に帰っていた。

 玄関の扉を開けると、目の前にはなぜかこちらを睨んでいる末恒が佇んでいる。

 何故、コイツが玄関で待っているのか分からず、俺は疑問に思いつつ言葉を濁した。


「ただいま……?」

「アンタ、帰ってくるのが遅いわよ」

「す、すまん」


 七夏と少しだけ喋り過ぎたかも知れない。

 俺は素直に末恒に頭を下げた。

 そんな俺の様子を見た末恒は、何が目的だったのか分からなかったが、俺の顔をもう一度見たあとダイニングに戻って行った。


「何がしたかったんだアイツ?」


 俺は小さく思った事を口に出す。

 ……もしかしたらアイツはお腹が空いており、早くご飯が食べたかったのかもな。

 それ以外に考えが思い浮かばなかった。

 俺も末恒の後を追うようにダイニングに入り、カレーを作る準備を進めた。


「よし、それじゃ作るか」


 俺はカレーの材料の野菜を切り始める。

 トントントンと軽い音が部屋に響く。

 すると、ダイニングの机でぼーっとしていた末恒がゆっくりとこちらに向かってきた。

 しばらく、俺の手元をずっと眺めていた末恒に、俺は痺れを切らして訪ねてしまう。


「どうかしたのか末恒?」

「私も手伝おうか?」

「……え?」


 俺はあまりの事に驚きを隠せずに、まな板の上に包丁をそっと落としてしまう。

 そんな俺の様子を見て末恒は、


「……何よその顔」

「い、いや……ちょっと驚いて……」


 まさかコイツが手伝うって言うなんて……

 予想外過ぎて反応に困ってしまう。


「で、私は何すればいいの?」

「そうだな……」


 それより末恒って料理とか出来るのか……?

 三葉さんから聞いとくべきだった。

 ……包丁で手を切られてもアレだし。

 ここは怪我しない方を任せるか……。


「それじゃ、末恒は俺が切った物から順番に鍋で炒めてくれないか?」

「分かったわ」


 そう言うと末恒は静かに、俺が切った物から鍋で炒め出した。

 それから俺と末恒の二人でカレーを作っていたが、会話が続くことはなかった。

 しばらくの間、無言の時間が続いた。


「後はカレールーを入れてっと……」


 俺はルーを入れた鍋に落とし蓋をする。

 後は数十分までばカレーの完成だ。

 末恒も楽しかったのか機嫌がよさそうだ。

 俺は静かに末恒の横顔を見ていると、


「ねぇ……ちょっと聞いていい?」

「どうした急に改まって?」


 珍しく末恒は俺の目を見て話していた。

 いつもは極力俺と目を合わせようとしなかったはずなのに……それほどに真剣だった。

 俺は心して末恒の言葉に耳を傾ける。


「何でアンタは私に優しくするの? 私はアンタに優しくさせる事なんかしてないはずなのに……ねぇ、何で優しくするの?」

「それは……」


 俺は自分でも分からなかった。

 何故かコイツを気にかけせしまったのだ。

 確かに俺は末恒の事は苦手だ。

 正直、生意気でうんざりしている。

 だけど、俺はコイツを気にしてしまう。

 家族になったとか簡単なことではない。


「俺にも正直分からない。だけど、お前にはなぜか優しくしてしまうんだよ……」

「何よそれ……」


 多分、俺は末恒をアイツと重ねているのかも知れない。

 そう思うと悩んでいた考えが腑に落ちた。


「でも、アンタも嫌いになったでしょ? 学校では猫被ってるこんな私なんて」

「確かに性格悪いよなお前って……だけど、いくらお前が生意気で性格が悪くても、俺はお前の事を嫌いになる事はねぇーよ」


 俺はポンっと末恒の頭に手を乗せる。

 そしてワシャっと頭を撫でた。


「コレでもお前の兄だしな」

「ちょ、やめ…………ばか……」


 末恒は頬を赤く染めて視線を逸らした。

 しばらく末恒は反抗する事なく、無抵抗のまま、俺に頭を撫でられ続けていた。

 そんな末恒を可愛いと思ってしまった。

 俺は、ちょっとだけやり過ぎたと思い、さっと末恒の頭から手を引いた。


「……す、すまんつい」

「ばか」


 末恒は下を向いたまま小さく呟く。

 だが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 何かを決心したのか、末恒は自分の服を両手で力強く掴みながら俺の方を向く。

 そして先ほどよりも真剣な表情で、


「ねぇ……アンタに話したい事があるの」

「なんだ?」

「アンタには聞いて欲しいの私の過去を」


 末恒は昔を思い出すかのように……

 静かに自身の過去について話し始めた。


「その、私の父親は嫌な事があると直ぐに暴力を振るう人でね、毎日のようにママか私に向かって暴力を振っていたの……」


 そう言いながら末恒は着ていた服をまくり、抵抗しながらも自身の横腹を見せた。


「ココもその時に出来た傷よ」

「…………」


 ……今まで気づかなかった。

 風呂場の時に感じた違和感はこれだろう。

 末恒の横腹には何かで火傷したのか、生々しい傷痕が残っていたのだった。普通ならそんなところに傷などできるはずもない……。

 考えられるのは煙草などだろう。


「今も痛むのか……?」

「今は平気よ。痛くも痒くもないわ」


 俺は少しだけその発言を聞き安堵する。


「多分、私はその時から暴力を振るう事や振るわれる事に嫌悪感を覚えるようになったの。それで、アンタの噂を聞いて無意識の内に、父親と重ね合わせたんだと思う」


 三葉さんから聞いていたが、よっぽど父親の存在が末恒に影響を与えてるようだ。

 確かにコイツが俺を嫌悪するのも分かる。


「そうだったのか……」

「だから何だって話なんだけど……」


 末恒は深呼吸をついた後に頭を下げ、


「その……ごめんなさい。アンタには本当に酷い態度を取って不快にさせたと思う」


 末恒は誠心誠意を込めて謝罪した。


「お前は別に悪くねーよ。俺が暴力沙汰を起こした事は事実だし、暴力を振るうことを嫌悪するのは当たり前のことだ」


 はっきり言ってコイツの態度は嫌いだ。

 だけど、コイツ自身も反省しているし、それにコイツが思う事は何らおかしくない。

 誰だって暴力には嫌悪するもんだ。


「だからお前が気にする事じゃねーよ」

「…………」


 俺はもう一度コイツの頭を優しく撫でる。

 

「ねぇ……最後に聞きたい事があるの……」

「今度はなんだ?」

「もうアンタは暴力を振るわない?」


 俺は末恒の問いを聞き即座に答えが出る。

 もちろん答えはYESだ。


「振るわない。あんな事はもう懲り懲りだ」

「そう……」


 末恒は何かを深く考えた様子だった。

 何度も嫌そうな表情を浮かべていたが、覚悟を決めたのか小さくつぶやいた。


「優しくしてくれてありがとう海都」

「……え?」

「ほら、そろそろカレー食べよ?」

「あ、あぁ……」


 どうしたんだろうコイツ。

 なんか急に素直になったような気がする。

 もしかしたら、末恒自身の悩んでいた何が吹っ切れたのかも知れない。

 それから俺と末恒は一緒にカレーを食べ、何事もなかったかのように1日が終えた。


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アイツが妹になるなんて聞いてない! むらさめわこう @MurasameWakou

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