第6話


 俺はエロゲを片手に店から外に出ていた。

 スマホを取り出し采加に電話をかける。


『もしもし采加?』

『あ、海都。エロゲ買えた?』

『買ったぞ。それよりどこにいるんだ?』


 店の外に出ても采加らしき人はいない。

 見渡す限り男しか見つけられなかった。


『今から迎えに行くからちょっと待ってて』

『了解。じゃ、店の前で待ってるからな』


 そう言い残して俺は通話を切った。

 しばらくすると何やら楽しげな表情を浮かべた采加が息を切らせながらやってくる。


「はぁはぁ……お待たせ海都」

「どこ行ってたんだ?」

「それは内緒っ!」


 采加はテヘッと微笑みながらそう言った。


「まぁいいや。ほい、コレ頼まれてたやつ」

「やったー! ありがとう海都っ!」


 采加は俺からエロゲが入った袋を受け取ると、幼い子供のように嬉しそうに飛び跳ねていた。

 そんな采加を見て俺も少し頬が緩んだ。


「それでこの後は何するんだ?」

「あっ! 海都ちょっと付いて来て!」

「ちょ!? どうした急に!?」


 俺は采加に服の袖を引っ張られ、そのまま采加に連れて行かれた。数分経つと何やら喫茶店のような佇まいのお店に到着した。

 采加を見ると又しても息を切らしている。


「ここは……?」

「中に入ってからのお楽しみ!」


 そう言って采加は店の中に入って行った。

 俺もその後を追って店の中に入る。


「「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」」


 すると、見るからにメイド服に身を包んだ女性たちがお出迎えをする。

 ここまで来たら流石の俺でも分かった。


「って! メイド喫茶じゃねーかここ!?」

「そうだよ?」

「そうだよ? じゃねーんだよ!?」


 俺は別にメイドが嫌いなわけではない。

 むしろメイドさんは好きな部類だ。

 嫌なのはメイドとの対話で、メイドさんですら俺の見た目に怖がってしまう。

 わざわざ怖がられに行くのは嫌な為、俺はメイド喫茶には行かないようにしていた。


「采加、お前分かって連れて来たろ!?」

「ん……何の事は分かんないやっ!」


 そう言いながら采加はそっぽを向く。

 だが、采加は俺のことを気にしているのか、何度もこちらの様子を伺っていた。


「はぁ……もう来たんだし仕方ないか……」


 俺は諦めて深くため息を吐いた。

 そのままメイドの人に案内させるがまま店内に入って行き静かに席に座った。


「ご主人様。今日はナナカに会いに来てくれてありがとう! ゆっくりして行ってね!」


 ナナカと呼ばれるメイドさんは、可愛らしく微笑みながらお冷を出してきた。

 ナナカはツインテールが特徴的で他の客からも熱心な視線を送られている。確かに側から見てもモデルのような体系で、顔つきも小さく感じが良さげな女性であった。

 俺と采加は手作りオムライスを頼んだ。


「あのご主人様。お待ちの間、私と良ければ簡単なゲームでもしませんか?」

「いいね! 海都もやるよね?」

「俺は別に……」

「そう言わずにやろうよ海都ー」


 采加は駄々を捏ねるように俺の裾を揺らす。

 やはり俺は采加には甘いようだ。

 俺は渋々だがゲームをやることに決めた。


「ところで何のゲームをするんだ?」

「それはコレです!」


 ナナカは、どこからかピコピコハンマーと作業用ヘルメットを取り出した。

 一体どこに隠し持ってたんだ……?

 俺は不思議とそんな事を疑問に思った。


「叩いて被ってジャンケンポンです!」


 ナナカはドヤ顔でそう言い切る。


「ルールは知ってますよね?」

「うん!」

「あぁ、俺も知ってる」


 俺と采加はどちらもナナカの問いに頷く。

 早速、テーブルの上にピコピコハンマーとヘルメットを置くと、采加の向かいの席にナナカが静かに座った。


「勝ったり負けたりしたら何かあるのか?」

「そう言えば説明してなかったですね。このゲームでご主人様が勝つと、もれなく私とのツーショットをダダで撮れます!」

「……負ければ?」

「負けたらそこで終わりです。もちろんお代はいただきますけどね!」

「なるほどな……」


 何となく予感はしていたが……

 やっぱりこのゲーム自体が有料なのか。

 確かにメニューをもう一度見てみると、小さく下側に値段が書いてあった。

 どうやら勝てば普通に写真チェキを撮るよりも安いそうだ。


「さぁ行くよナナカちゃん!」

「ご主人様には絶対に負けませんよ!」


 そう言い2人は勢いよく拳を前に出す。


「「じゃーんけーん! ポンっ!!」」


 采加はチョキを出し、ナナカはグーを出す。

 素早くヘルメットを被ろうとする采加の頭上に向かって、ピコピコハンマーが目にも止まらぬ速さで打ち下ろされたのだ。

 怪しい鈍い音が店内に響き渡る。

 何が起きたのか見えた奴はいないだろう。

 そのくらいに早い一撃だった。

 ピコピコハンマーを受けた采加は「グヘェ」と似つかない呻き声を出し倒れた。


「やったー! 私の勝ちですね!」


 可愛らしくてピョンとナナカは跳ねる。

 采加は先ほどの攻撃を受け今も動かない。

 周りの客もやはりかと言う視線をこちらに送っており、皆が采加に手を合わせていた。


「さぁ、次はご主人様の番ですよ?」

「い、いや俺は……」

「逃げるんですかぁ? ご主人様ぁ?」


 ニマニマとナナカは不適に微笑んでいた。

 このメイド絶対に性格悪いだろ!?

 それに何で俺に怯えてないんだよ……。


「やればいいんだろ、やれば!」

「そう来なくっちゃ!」


 俺は采加を移動させナナカの前に座る。

 そしてゆっくりと前に拳を突き出した。


「それじゃ行きますよー!」


 ゴクッと俺は固唾を飲み込んだ。

 気づけば冷や汗が首などから垂れている。


「「じゃーんけーん! ポンっ!!」」


 俺が出したのはチョキだ。

 そしてナナカが出したのはパー。

 俺はすかさずピコピコハンマーに手を伸ばし、渾身の一撃を振り下ろした。

 相手が如何に美少女でも先ほどの攻撃を見た瞬間から、躊躇なんて言葉は忘れた。

 先ほどに似た鈍い音が店内を木霊した。


「ご主人様。今のは惜しいですねー」

「……っ!?」


 俺は全力で手を抜かずに振り下ろしたはず。

 それをコイツは簡単に止めやがった……。

 可愛い顔してとんだ化け物だな。


「いやー危なかったです。ご主人様強いですね!」

「そう言うお前もな。よく防いだな」

「へへ、それほどでも……けど、次は確実に勝たせてもらいますからね!」


 周りの客たちもザワザワと騒ぎ出す。

 誰もが俺とナナカの方に視線を向ける。


「「じゃーんけーん! ポンっ!!」」


 その場にいる誰もが固唾を飲み込んだ。

 この戦いの結末を……。


「ご主人様、死ねぇぇぇぇ!!」

「ーークソッ!」


 ジャンケンで勝ったのはナナカだった。

 メイドらしからぬ言葉を叫びながら、ナナカはピコピコハンマーを全身全霊で、俺の頭頂部を目掛けて躊躇する事なく振り下ろす。

 俺はヘルメットを掴み直ぐに被せようとするが、あと数センチだけ間に合わなかった。

 ーードカンッッ!

 全身全霊のナナカの攻撃が俺を貫いた。

 凄まじい衝撃が俺の後頭部を襲いかかる。


「ああァァァァッ! 頭が禿げるッッ!」


 頭蓋骨が割れたような衝撃と痛みだ。

 本当に割れてるんじゃねーかコレ……?

 冗談抜きで激痛が止まらない。


「ふふふ! 私の勝ちですね!」


 ナナカはドヤ顔をしながら俺を見下ろす。

 とても嬉しそうな表情だよ……クソが。


「悔しいですかぁ? こんな可愛らしい美少女に負けて悔しいですかぁ?」


 ナナカはニマニマと不適な笑みを見せる。

 そんな俺の様子を見て他の客達はドンマイと言いたげに両手を合わせて拝んでいた。

 この店ではコレが日常なのだろう。


「悔しいよ……クソ……」


 俺と采加は激痛に苛まれながら、手作りオムライスを食べた。そのオムライスは何故か塩っぱいように感じたのだった。


「また来てくださいね、ご主人様! それと、また私とゲームして下さい!」

「二度とやらねーよ!?」

「えぇ!? やりましょうよー!」


 ナナカはションボリしたように俺に縋る。

 采加はそんな俺とナナカの様子を見て、微笑ましげに笑いながら見守っていた。


 ***


 メイド喫茶の帰り道。

 俺と采加は頭を気にしながら帰っていた。


「未だに痛いんだが……あのメイドめ……」


 思い出しただけでも寒気がする。

 アレで美少女とか普通におかしいだろ。

 中身は絶対にゴリラだ。


「どうだった海都。楽しかった?」

「ん……まぁまぁな……」

「へへ、そっかー」


 どこか嬉しげに采加は笑みを浮かべた。

 そんな采加を見て俺も頬が緩んだ。

 確かに楽しかったし良い体験だった。

 今までは嫌な視線ばかりで面白みも何にも感じられなかったからな。

 もしかしたら采加は俺のことをずっと気にしていたのかも知れない。


「海都はコレから家に帰る?」

「あぁ、そろそろアイツも居ると思うし」

「分かった! じゃ、僕はこっちだから」

「おう。またな采加」


 俺は采加の姿が見えなくなるまで見送ったあと、静かに家に向かって足を進めた。

 家に帰ると末恒の靴が雑に置かれていた。


「だだいま」


 二階からは楽しそうな末恒の声が聞こえる。エロゲでもやってるのだろう。


「さて洗濯物でも畳むか……」


 今日は三葉さんは帰ってこないため、家事などは前のように俺がやらないとな。

 そう考えながら俺は行動に移った。

 しばらくして洗濯物も畳んだし、風呂などの簡単な掃除も終わっていた。

 残るは今日の夕飯を作るだけになった。


「ん……今日は何するかな……」


 アイツが好きな物とか分からない。

 嫌いな物を作ったらガミガミ言うだろう。

 俺は何を作るか悩んでいると、


「アンタ何してんの?」

「……っ!?」


 末恒が突如と後ろから声をかけてきた。

 ビックリした……。

 コイツ気配とかないのかよ。


「……それで何してたの?」

「いや……そうだ。お前好きな物あるか?」 

「好きな物? カレーだけど?」


 カレーか。

 コイツって子供ぽい物好きだよな……。


「よし! 今日はカレーにするか!」

「え……アンタが作るの?」

「嫌なら何か買ってくるが?」


 すると末恒はものすごい勢いで、


「そこまでしなくていい!」

「そ、そうか……」


 俺は末恒の反応に少し戸惑ってしまう。

 普通なら買って来いとか言いそうなのに。

 ちょっとだけ予想外だ。

 マイバッグを持ち俺は玄関に向かった。


「じゃ、行ってくる」

「……気をつけなさいよ」

「お、おう」


 俺は末恒に見送られて家を出た。

 なんか今日の末恒はやけに優しいな……

 いい事でもあったのだろうか?

 雨や雪が降る気配は無いんだけど。

 俺は空を見上げるが真っ赤な夕焼けだ。


「はぁ……調子狂うな……」


 気にしてる俺が馬鹿みたいだ。

 いつも素直だったらいいのだが……。

 そう考えスーパーまで歩いていると、前から何やら見覚えのある少女とすれ違った。


「あっ……」

「あれ? 貴方って……」


 やはり見間違えではない。

 どっからどう見てもあのメイドだった。


「やっぱりあのご主人様だ!」

「ちょ!? お前声がデカイって!?」


 俺は咄嗟にナナカの口を塞ぐ。

 周りの人が俺を怪しそうに睨んでいた。


「急に酷いですよ!」

「外でご主人様はやめてくれ……」


 やはり今も周りの人の視線が痛い。


「それで何でお前がここにいんだよ?」

「え? 私は買い物に行く途中です」

「お前、ここら辺に住んでんのか……」

「はい! えっと……」


 ナナカは勢いよく返事をした後、何か言いにくそうに言葉を淀ませた。

 その様子を見て俺は察したように、


「あー、名前言ってなかったか……」

「ごめんなさい……」

「お前が気にすんなよ」


 俺は申し訳なさげにクシャっと頭を掻く。


「日野 海都だ」

「日野 海都……?」


 俺の名前を聞くとナナカは首を傾げる。

 その様子を俺は不思議そうに見つめた。


「俺の名前がどうかしたか?」

「あの先輩って雪桜高校の生徒ですか?」

「そうだけど?」


 俺がそう言うとナナカは表情を暗くする。

 その時、俺には嫌な予感がした。

 まさかコイツも俺の事を……。


「やっぱりあの なんですね……」

「……っ!」


 運が悪いことに俺の予感は的中した。

 コイツも俺の事を知っている。

 中学で暴れた話を耳にしているのだ。

 俺は直ぐにナナカから視線を逸らした。

 もう……あの視線だけは見たくない。


「先輩っ! こっち見てくださいっ!」

「ちょっ!?」


 ナナカは無理やり俺の首を傾けさせる。


「お前、俺が怖くないのかよ?」

「怖いですよ? でも、先輩は本当にみんなが言ってる様に悪い人なのかなって……」

「バカかよ……」

「な! バカは酷いですよ先輩っ!」


 俺の中で何が壊れる様な音がした。

 深く考えていた俺が間違っているようだ。

 コイツには少しだけ気を許せるかもな。


「ところでさっきから先輩って……?」

「あ、えっと改めまして! 青谷あおたに 七夏ななかです! こう見えても私も雪桜高校の生徒で、先輩よりも一個下の一年です!」


 なるほど……だから先輩か……。

 ずっと気になっていたが合点がついた。


「それより先輩は何でここに?」

「あー、俺もお前と同じ理由だよ」

「へぇ……先輩も買い物なんですねー。じゃ、一緒に行きませんか?」


 俺はに七夏が何を考えているか、どうしてそう言ったのか分からなかった。

 無言な俺を不思議そうに七夏は見つめる。

 コイツは本当に俺が怖くないのか……?

 真面目にそう考えてしまいそうだった。


「俺と一緒にか?」

「はい! 行きましょう先輩!」

「ちょ! 引っ張るなって!」


 俺は七夏に引っ張られスーパーに向かう。


「そう言えば先輩はお使いですか?」

「いや? 夕飯の材料を買いにだが?」

「えっ!? 先輩って料理できるんですか!? そんな不良ぽいのに!?」

「不良は余計だ……」


 どことなく采加に似てるなコイツ。

 なんか采加の同族って感じがすごいする。


「そう言うお前はどうなんだよ?」

「私ですか? そりゃあ作れますよ! こう見えても私はお姉ちゃんですからね!」


 見直したかと言いたげに七夏は胸を張る。

 俺はその仕草にクスッと笑みを浮かべた。


「お前、妹いるのか?」

「ん? 先輩もいるんですか?」

「……凄く仲悪いけどな」


 果たして末恒を妹と言ってもいいのか?

 歳的には俺の方が上だけども……。

 関係性がアレだからな。

 俺はため息を大きく吐き肩を落とした。


「どうしたんです先輩?」

「いや、何でもない」


 落胆する俺の様子を七夏は気にしていた。


「そういえば先輩は今日何作るんですか?」

「俺か? 俺はカレーだけど?」

「カレー、いいですね! 私も先輩と同じで今日のご飯はカレーにしょっかな!」


 そんな事を話していると、俺と七夏は目的だったスーパーに辿り着いた。

 その後は、2人でカレーを作るために食材を買い込み、七夏は妹に頼まれていたと言って、お菓子を大量に買い込んでいた。


「お前、買いすぎじゃないかそれ?」

「いいんですよ。どうせ妹と一緒に食べて直ぐになくなっちゃうと思いますから……」


 七夏は両手には重そうな袋を握っていた。


「太るぞ?」

「う、うるさいですよ! いいじゃないですか! 先輩ってデリカシーないですね!」


 七夏は顔を赤らめさ頬を膨らませる。


「すまん……つい……」

「そんなに落ち込まないで下さいよ! なんか、私が悪いみたいじゃないですか!」

「お前、思った以上にいい奴だな」

「ふふ……それ先輩が言います?」


 七夏はそう言って微笑んだ。

 俺はその表情に少しだけ胸が高鳴った。


「じゃ、私はこっちなんで!」

「もう暗いから気をつけろよ?」

「分かってますよ!」


 俺は七夏に手を振り家に向おうとする。

 すると後ろから大きな声で七夏が、


「先輩! 今日は楽しかったです!」

「俺も楽しかったよ!」

「また、叩いて被ってやりましょうね!」

「絶対にやんねーよ!?」


 俺は七夏にもう一度手を振り背を向ける。

 そして少しだけ頬が緩んだ気がした。

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