第5話


 今日は天気予報の通り明るく快晴だ。

 俺は仕事で京都に行く親父と三葉さんの2人を見送っている真っ最中だった。

 2人は身支度を終え車に乗っていた。


「じゃ、行ってくるな海都」

「事故とかないようにな」

「おう。お前も問題起こすんじゃねーぞ」


 親父は車の運転席に乗りながらそう言う。


「海都君。音彩をよろしくね!」

「はい!」


 三葉さんは俺の頭をポンっと優しく撫でる。

 そして微笑み俺に向けて手を振った。

 俺もそんな三葉さんと親父に手を振り、親父達の車が見えなくなるまで見送る。

 俺は家の中に戻り、末恒が起きるまで家事やら何やらを1人でこなした。

 今日は休日だったため学校も休みだ。


「ふぅ……一通り終わったかな……?」


 洗濯日和のいい天気だ。

 洗濯機を回し終わり、俺は洗濯物を庭に干した。そして、アイツが起きてくるまでコーヒーを片手にのんびりと勉強に励んでいた。


「……ふぁぁ」


 リビングのドアがガチャっと開いた。

 すると、眠そうに欠伸を吐きながら、寝ぼけた様子の末恒がやってくる。


「おはよう末恒」

「ん……ふぁぁ……はよう」


 末恒は俺の向かい側に座り、そのまま机に突っ伏した。


「末恒、飲み物でもいるか?」

「ミルク多めのコーヒー」

「了解」


 コイツ寝起きの時だけは大人しいから、何故か優しくしてしまうんだよなぁ……

 ふわふわして小動物みたいだし。

 普段もこのくらい大人しかったら、俺もやりやすいんだが……。


「ほい、コーヒー」

「ありあと……」


 末恒はそう言い受け取ると、豪快にゴクゴクと甘ったるい珈琲を飲み干した。

 しばらくすると目が覚めたのか、辺りを慌てた様子でキョロキョロと見渡していた。


「目覚めたか?」

「あれ……私、いつの間に……」

「朝ごはん作ったから食べろよ?」

「あ、うん」


 なんか今日はやけに素直だな……?

 すでに目が覚めているはずなのに。

 俺はそんな末恒に驚きつつも勉強に励んだ。


「意外に美味しいわね……」

「そりゃあ良かった」

「まぁ、ママの方が美味しいけどね!」


 グタグタ言いながらも末恒は俺の作った朝食を嫌がる事なく食べていた。

 やはり今日のコイツはどこか可笑しい。

 普通なら「あんたの作ったモノなんか食べれるわけないでしょ!」とか言いそうだ。

 何か心変わりする出来事でもあったか……?

 全然、思い当たる節が見つからなかった。


「それより末恒、今日はどっか行くのか?」

「な、何よ急に……」

「いや、思ったよりも早く起きてきたから、どこかに行く用事でもあるのかなって」


 これは唯の興味本位だ。

 決して末恒が心配とかそう言うのではない。


「なんでアンタに言わないといけないのよ」

「だよなぁ……」


 俺は少し残念そうに苦笑を浮かべた。

 そんな俺を見て何か思ったのか、末恒は「はぁ……」とため息を吐いた。


「……昼から少し買い物に行く」

「え?」

「だから! 昼から買い物に行くって!」

「お、おう……気をつけて行けよ」

「言われなくても気をつけるわよっ!」


 び、ビックリした……。

 やっぱりコイツ素直になってないか?

 それに今日は話しかけるなとかも言ってこないし。何かいつもと違うから、俺まで調子が狂ってしまいそうだった。

その後、末恒は大人しく俺の作った料理を食べ自室に戻って行った。しばらくすると、私服に着替えた末恒が降りてきた。

 可愛らしい服装ではなく、なぜか黒色のジャケットとズボンを身につけていた。

 側から見たら危ない人と思われそうだ。


「……なんだその格好?」

「い、いいでしょ別にっ!」

「いいけどさ……危ない事はするなよ?」

「うっさいなぁ!」


 末恒はウザそうにそう言うと、


「じゃ、行ってくるから」

「あんまり遅くなんなよ」

「分かってるわよ……」


 末恒は、黒色の帽子を被り小声で「行ってきます」と呟き家から出て行った。

 俺はそんな末恒を見送った後、1人でのんびりと昼飯を突きながらのんびりとテレビを見ていた。


「……静かだな」


 前はこの静けさにも慣れていたはずだ。

 だが、アイツが家にいる事が当たり前に感じるようになってからは、この静けさにも少し寂しく感じてしまう。

 いつもは喧嘩ばかりだが、それでも俺はアイツと居るのは嫌ではなかった。


「さて、何するかな……?」


 朝から勉強をやっていたため、すでに授業で習う範囲の復讐は終わらせていた。

 悩んでも勉強以外にやる事が浮かばない。

 俺は采加のような趣味をあまり持っていないし、ゲームなども基本的に1人でやらないから、やる事が見つからなかった。

 ーーそんな時。

 プルプルプルっとスマホが鳴り響く。


『……もしもし?』

『あ、海都。今日って暇?』


 采加の声がスマホから聞こえた。


『暇だけど何かあったのか?』

『えっと……一緒に買い物に行かない?』

『俺はいいぞ』

『じゃ、秋葉原の駅前に集合で!』


 采加がそう言い終わると通話が終了する。

 ちょうど暇だったから有難い。

 俺は私服に着替え、采加と待ち合わせをしている秋葉原の駅に向かって行った。


「もう来てるはずなんだけど……」


 俺は辺りを見渡すが采加らしき人はいない。

 13時に待ち合わせをしていたんだが……。

 駅の周りを彷徨っていると、


「だーれだ?」


 視界が急に真っ暗になり見えなくなった。

 見えないが声的に采加で間違えないだろう。


「はぁ……采加しかいねぇだろ」

「もう! ちょっとは慌ててよっ!」


 俺は采加の手を無理やり解く。

 すると、采加はぷくっと頬を膨らませる。

 側から見たら不良ぽい男と可愛らしい少女がイチャ付いているように見えるのだろう。

 何故なら先ほどから視線が痛いからだ。


「それより今日はどうしたんだ?」

「買い物だよ買い物」


 それは分かってるんだよなぁ。

 しかし、なぜ秋葉原なんだ?

 嫌な予感しかしてこないんだが……?


「んで、なんでアキバなんだ?」

「…………」

「おい!? 絶対、何か企んでんだろ!?」


 采加は掠れた口笛を吹きそっぽを向いた。

 俺が目を合わせようとしても、直ぐに視線を逸らしてしまう。

 コイツ……絶対に何か隠している。

 ふと俺は頭に考えが浮かんだ。


「采加……お前まさか……」

「レッツゴー!」

「やっぱりエロ……」

「ーーレッツゴーッ!」


 采加は慌てて声を荒げ俺の手を引く。

 俺は深いため息を吐きながら、引かれるがまま采加の後に付いて行った。


 ***


 気がつけば俺はゲーマートの前にいた。

 ここはアキバでも人気が高いお店で、同人誌やらBL本やら

 辺りを見渡すと男性ばかりがウロウロと徘徊している。

 さすが秋葉原と言った感じだ。


「海都コレね」


 采加は、憂鬱そうにしている俺にスマホの画面を見せてきた。その画面には『お姉ちゃんの事なんかっ!』と大々的に描かれ、幼い少女と少し大人びた女性が立っていた。

 どう見ても恋愛ゲームにしか見えない。


「これは……全年齢対象版か?」

「何言ってるの海都? エロゲに決まってんじゃん。頭でもどこかに打つけた?」


 そこまで言う事はないだろ……。

 まぁ、エロゲって事は分かってたが、現実から逃避したい気持ちがあった。


「それでコレを俺に買ってこいと?」

「分かってるじゃん!」

「はぁ……毎回毎回なんで俺なんだよ……」


 采加にエロゲを買ってきてと頼まれたのは、これが初めてではない。むしろ、何度も俺は買いに行かされているのだ。


「だって僕じゃ買えないでしょ?」

「そうだけども……」


 確かに采加は見た目だけはJKだからな。

 俺が店員の場合でも采加には買わせない。


「ネットで頼めばいいだろ」

「もちろんネットの分も買ってるよ」

「じゃ、なんで俺に買わせにいかせんだよ!?」


 同じソフトを買う必要なんでないだろ。

 俺がそう考えていると采加は、


「特典のためだよ! 海都はほしくないの!? あの可愛い百合姉妹のタペストリー! 欲しいに決まってるよね!?」

「いや、欲しくねーよ!?」

 

 俺まで采加と同じ仲間にしようとするな。

 俺に百合の趣味は断じてない。


「分かってないなぁ海都は……」


 俺の反応を見て采加は不満そうに呟く。


「まぁ、いつか海都には百合の素晴らしさを伝授するとして……あと海都の名義で予約してるからよろしくね!」

「人の名義を勝手に使うなよ!?」


 未成年でエロゲ買うだけでもダメだってのに、勝手に人の名前まで使うか普通……。

 確かに采加に最初にエロゲを買いに行かされた時も「困ったら俺を頼れ」と言ったが、それでこうなるとは思わなかった。

 采加はそのまま俺にエロゲを買うのを任せ、何やら別の目的があるのか、ちょっと徘徊してくると言い残し去ってしまっていた。


「はぁ……仕方がないか……」


 俺は肩を落としながら店の中に入った。

 早速、エロゲコーナーに向かうと、休日だった為か、男どもが異様に群がっていた。

 まるでゴミ箱に集まる小蝿のようだ。


「えっと……采加の欲しがってるのは……」


 俺はエロゲコーナーをウロウロ徘徊する。

 しかし、エロゲって色々種類あるよな……。

 なんかマニアックなやつもあるし。


「お? コレかな」


 俺は先ほど采加に見せてもらったエロゲと同じ表紙のモノを見つけて手に取った。

 すると、隣にいた黒尽くめの人と手が重なり合ってしまう。


「……あ、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ…………っ!」


 俺が軽く会釈をしながら謝ると、黒尽くめの人は何やら怯えた様子でいる。

 そして、直ぐに視線が合うとその人は目を逸らし、チラッと俺の方を見て焦っていた。


「あのどうかしましたか?」

「な、なんで……」

「ーーん?」

「なんでアンタがここにいんのよっ!?」


 いつもの声を聞き俺は直ぐに悟った。

 あぁ……コイツは末恒だと……。

 末恒の声が大きかったのか周りの男性達が静かにしろと言わんばかりに、呆れた視線でこちらを睨み付けていた。

 そんな視線を受け取り末恒は小声で、


「それでなんでアンタがここにいるのよ?」

「俺は頼まれただけだ。それより、お前の用事ってエロゲ買う事だったのかよ……」


 怪しい服装で行くから何事かと思った。

 まさかエロゲにまで手を出してるとは。

 ……コイツって結構なオタクだよな。


「何よ、文句あるわけ?」

「ねぇよ……そんなもん」


 末恒は嫌悪な眼差しで睨み付けながら、


「笑えばいいでしょ。学校では真面目な雰囲気出している私が、こんな趣味を持っているオタクなんて……」

「……笑うわけないだろ? 好きな物は人それぞれだし、人が純粋に楽しんでる趣味を馬鹿にするのは違う」


 人が好きでいる物を笑うのは違うだろう。

 そんな事をするのは、他人の気持ちを理解できない奴か、何も考えていない奴だ。


「じゃ、俺は先に行くからな?」


 俺はプルプル震えている末恒にそう言う。


「……早く行きなさいよ!」

「はいはい」

「………………バカ」


 何故か末恒は、俺と目を合わせようとはしなかった。

 そんな末恒を不思議と思いながらも、俺は采加の頼まれていたエロゲを購入した。

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