第4話 後編


 HRが終わり末恒が挨拶をする。

 アレからは何事もなく放課後を迎えた。

 部活がある人は急いで部室に向かっており、それ以外の人は廊下や教室で愉快に会話を弾ませる。

 末恒も周りのクラスメイトに挨拶をした後、そそくさと教室から出ていた。

 ……家に帰ったらやる事があるのだろう。

 俺はぼーっとしながら末恒を見ていると、


「海都、早く行こ?」

「……そうだな」


 采加を追いかけるように教室から出た。


「それより今日はどこ行くんだ? また、ラノベでも買いにアキバでも行くのか?」

「ううん。今日は久しぶりにゲーセンでも行こうかなって……」

「あー、そういえば結構長い間、行ってなかったな」


 前に行ったのは一年前くらいだっけか……もう、高校に入学してから一年経つんだな。

 俺はどこか懐かしくも虚しく感じた。

 無駄話をしつつ、俺と采加は学校から少し離れたところにあるゲームセンターへ辿り着いた。


「着いたよ海都!」

「やっと着いたか……こんな遠かったけ……」


 久しぶりに見ると懐かしく感じる。

 いつも来るここのゲームセンターは、そこらかしこに汚れや傷があり、少し古びた感じの店だ。

 しかし、俺にとってはここは懐かしく、思い出の場所でもあった。


「やっぱり懐かしいね……」

「ーーあぁ、そうだな」


 思い出に耽っている俺を見て采加は呟く。

 1年の間、行かないだけでこんなにも懐かしく感じるのか……。


「中学の時は毎日のように来てたもんね」

「あの時は本当に楽しかったな」

「うん。僕もあの時、3人で遊んでいた時が一番楽しかった」

「俺もだよ……」


 どうしてもここに来るとあの頃を思い出す。

 一番楽しかった日々。

 だが、それはもう戻っては来ない。

 俺が……あんな事さえ……しなければ……

 憂鬱そうに表情を崩す俺に采加は、


「そんな顔しないの海都! 元気出して!」

「ちょ!? いきなり叩くなってッ!?」


 思いっきり力強く俺の背中を押した。


「今日は海都に元気を出してもらうためにここに来たんだから! ほら、早く行こ!」

「おい、待てって采加」

「海都遅いよぉ!」


 俺は采加を追いかけゲームセンターの中に入って行った。

 それから俺達は時間も忘れ遊び尽くした。

 采加と遊んでいると、悩んでいる事などが軽くなるように感じた。もちろん、どうでも良くなった訳では無い。

 だが、多少なりとも、どうにかなると気持ちが楽になった。


「もうっ! 相変わらず強すぎるよ海都!」

「そうか……?」

「そうだよ! 自覚ないのが怖いよ!?」


 俺と采加は2人で格ゲーを楽しんでいた。

 采加は複雑なコマンド操作が苦手なのか、ここぞって時に技を出せなかった。

 俺はと言うと、小学生の頃からゲームセンターは親父に連れ回された影響で、人並みには出来る自信はあった。


「次はクレーンゲームね海都!」

「分かったから急ぐなって……」


 采加は一目散にクレーンゲームの台が置いてある場所向かって行った。

 やれやれと思いながら俺も後を追う。

 やりたい台を見つけたのか采加は目を煌煌ときらめさせていた。

 そんな采加を見てふっと笑みを浮かべてしまう。


「それでさ……末恒さんと何かあったの?」


 采加は心配そうな表情をコチラに向ける。


「バレたか……」

「うん。正直、怪しかったよ。何かある度に視線を交わせて睨み合ってんだもん」

「マジか……気づかなかった……」


 確かに前より末恒を気にしていたと思う。

 それに睨むのはアイツが悪いだろ……。


「それで何で末恒さんと?」

「あー、それは……」


 采加に末恒との関係性を言ってもいいのか……?

 俺は言うか迷いながら言葉を噤んだ。


「海都が辛かったらいいよ。けど、僕は前みたいな事が起きるなら、今度こそ海都の力になりたい」

「……采加」

「そんな辛そうな顔しないで海都。僕は笑ってる海都が一番好きなんだから」


 そう言いながら采加は可愛らしく微笑む。

 ……そうだ。

 いつも采加は俺の側に居てくれた。

 采加の顔をもう一度見る。

 その時にはすでに答えが決まっていた。


「采加……実は……」


 俺は采加に向かって全てを話した。

 末恒と兄妹になった事。

 嘘偽りなく詳細に今悩んでいることも含めた全てを……。


「って感じで……どう接するか悩んでる」

「……っ!」

「ーー采加?」

「ぷっ……はははっ! 海都があの委員長と兄妹になるなんて予想外だよ!」


 采加は盛大に吹き出し大笑いする。


「おい……笑うことはないだろ……」

「ごめんごめん。ちょっと意外過ぎてさ」


 さっきの俺の真面目な思いを返してくれ。

 これじゃあ俺が馬鹿みたいだ。


「それで海都は末恒さんと家族になったから、どう接していいか悩んでるんだっけ?」

「あぁ、アイツに嫌われてるから余計にな」

「……ふぅーん」


 先ほどまで大笑いしていた采加は急に冷静に考え始めた。

 しばらくして采加はニヤつきながら、


「海都。末恒さんのことだけど、海都が思っているほど深く考えなくてもいいと思うよ」

「そうか?」

「うん。彼女ならきっとね」


 采加は嘘をついている様子はなかった。

 采加なりに何か思う事があるのだろう。


「困った事があったら頼ってね海都。前みたいに1人で抱え込まないでよ」

「ーー分かってる。ありがとう采加」

「お礼はいいよ。僕は何もしてないから」

「それでも楽になったよ。もう少し俺もアイツに普通に接してみようと思う」


 もしかしたらアイツもアイツ自身で悩んでいるのかも知れない。

 そうだった場合、俺がしてやれる事は無いかもだけど、絶対に力にならないとな。

 俺とアイツは家族なのだから……。


「さぁ海都。勝負するよ!」

「唐突過ぎる……まぁ、やるけど」

「先に取れた方が勝ちだからね!」


 その後は吹っ切れたように俺と采加は、昔のようにゲーセンを遊び尽くした。

 采加は何度も俺に負けて悔しがっていたが、俺も正直危なかった。まさか采加がここまでゲームが強くなっているとは……。


「はぁ……結局、一回も勝てなかったよ……」

「気にすんな。いつでも相手になるから」

「うん! また挑むから覚悟しててね?」

「望むところだ」


 俺と采加は見つめ合い声を出して笑う。

 まるで昔に戻ったかのように……。


「じゃ、もう暗いから気をつけて帰れよ? それか俺が家まで送ろうか?」

「ううん。そこまでしなくても大丈夫だよ」

「そうか……じゃ、また今度な采加」

「うん! バイバイ海都」


 采加は元気良く手を振りながら見送った。

 そんな采加に手を振り返し、俺も静かに家に向かって歩き始めた。


 ***


 家に帰るとすでに親父と三葉さんが帰っており、ご飯も三葉さんが作り終えていた。


「ただいま……」


 俺は静かに玄関を開け家の中に入る。

 すると、待っていたかのように三葉さんが玄関の前にいた。


「お帰り海都君。今日は遅かったね」

「あ……ちょっと知り合いとゲーセンに」

「え? 海都君友達いたの!?」

「三葉さんッ!?」


 やはり、三葉さんはどう考えても天然だ。

 悪気があって言ってる訳では無いだろう。


「ごめんね海都君。ちょっとビックリしちゃって……」

「……気にして無いから大丈夫ですよ」


 まぁ、少しは気にしてるんだけども。

 だけど采加くらいだからな友達は……

 あれ?

 俺ってもしかして友達が少ない?

 いや、この事はもう気にしないでおこう。


「じゃあ俺、手洗ってきますね」

「分かった! ご飯の準備終わらせるね!」


 そう言って三葉さんはリビングに戻る。

 俺は手を洗うために洗面所の前に行った。


「ふぅ……今日は久しぶりに楽しかったな」


 俺は気持ちが高揚してたのか、独り言を鏡に向かって呟いた。

 そんな時ガチャっと洗面所のドアが開く。


「……アンタ頭大丈夫?」

「ーーッ!? な、何だお前か……」


 俺はビクッと焦りながら肩を上げた。

 危ねぇ……心臓が止まるかと思った……。

 てか、コイツは何でここにいるんだ?

 俺は末恒がここにいる事が不思議だった。


「何しに来たんだ? お前も手払うか?」

「洗わないわよ。それよりこれ……」

「ん? 何だこれ?」


 末恒は何故か袋を俺に突き出してきた。

 俺は訳がわからずその場に困惑する。


「その……アレよ……」

「アレとは……?」


 本当に何なんだ……?

 末恒の目的が何かさっぱり分からない。

 だが、末恒の様子を見るに怒っている感じではない。

 むしろ、恥ずかしがっているような?


「今日、弁当渡してくれたでしょ……」

「渡したな……それでコレは?」

「だから! その……アンタに感謝してんのよ……そのくらい分かれ!」


 末恒は顔を夕陽のように赤らめ叫んだ。

 驚きの余り俺は頭の整理がつかなかった。

 まさか末恒が俺に謝意を持ってたなんて。


「何か悪いな……気にさせて」

「私が渡したかっただけだからアンタは気にしないでよ!」


 どうも人からの好意はなれないな……。

 やはり、コイツも悩んでいるのだろう。

 俺は素直に末恒からの謝意を受け取る。


「ありがとう末恒」

「別に……」


 そう言い残し末恒は黙って出て行った。

 俺も手を洗い終わり、末恒の後を追いながらリビングに向かった。

 その後は三葉さんと親父と末恒を含めた4人で仲良く夕食を囲んだ。やはり、三葉さんの作った料理は凄く美味しい。

 因みに今日の献立はハンバーグだ。

 末恒も少し喜んでいたような気がする。


「あ、ちょっといいか2人とも」

「どうしたんだ親父?」


 親父は悩んだ風に俺と末恒の方を見た。


「その……明日からみーちゃんと仕事で数日ほど京都に行くことになってな……」

「「…………えっ?」」


 俺と末恒はどちらも口を開けて漠然と固まってしまう。


「ちょっと待て親父。って事は俺と末恒の2人っきりで過ごせと?」

「そういう事になるな」

「マジかよ……」


 いや、俺は仕方がないと割り切れるんだが。

 末恒は、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべていた。

 それに比べ三葉さんはニコニコと微笑んでいる。絶対に楽しんでいるに違いない。


「じゃ、そう言うことだから2人とも頑張れよ」


 親父は気楽にそう言いながら缶ビールを飲んだ。

 俺は末恒の方を向くと、末恒もこちらを見ており、まるで威嚇をするかのように険しい表情で睨みつけてきた。


「はぁ……憂鬱だ……」


 俺は明日の事を考えるのをやめた。

 それから、末恒は明日の事が嫌なのか、ご飯を食べると直ぐに部屋に戻っていた。

 どうやら親父達は明日の朝には家を出るらしく、下からはバタバタと音が聞こえた。


「あ、そう言えば……」


 俺は先ほど末恒から渡されたビニール袋の中を見た。すると、そこには一般的に売られているチョコが入っていた。

 しかし、アイツが俺に向かって、お礼をするなんてな。

 ……今でも驚きだ。


「ん……美味いな」


 俺はさっそくチョコを食べていた。

 銀紙を外しバリっと噛り付く。

 甘い香りが口の中いっぱいに広がった。


「ま、明日はどうにかなるだろ」


 俺はそう考えながら勉強に集中した。

 その日の夜は月が綺麗だった。

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