第4話 前編


 学校中にチャイムが鳴り響く。

 俺はギリギリのところで遅刻せずに間に合っていた。


「ハァハァハァ……」


 疲れのあまり机に突っ伏す。

 そんな俺の様子をチラッと末恒が見ている気がして少しだけイラつきを感じた。

 末恒と暮らしている事は学校ではバレてなく、いつもと変わらずHRホームルームが終わった。


「これどう渡そうか……」


 俺は鞄の中に入っている弁当箱を見つめながら、憂鬱にため息を吐き出した。

 HRが終わってクラスメイト達の大半が、一限目の授業の準備をし、仲がいいグループに分かれ、分け隔てない会話を広げている。

 もちろん、委員長の末恒も例外ではない。

 チラッと横目で末恒を見ると、家では見せないような、あたかも作り笑いのような笑顔を見せ他のクラスメイトと会話していた。こう見ると、家の末恒が本当に本物なのかと疑いを覚えるほど猫を被っている。


「学校ではやっぱり違うな……」


 そんな事をふと呟くと、机の前からヒョコッと顔を出して采加さいかがやって来た。

 不思議そうに俺の方を見つめる采加。


「どうしたの海都? 委員長見つめて?」

「い、いや、何でもない……」

「ふぅーん」


 采加は何か疑問に思いながらそう言った。

 危ねぇ……

 一瞬だけ気づかれたと思ってヒヤッとした。

 それから俺と末恒は互いに互いを気にし合い、いつの間にか昼休憩を迎えていた。

 采加はいつも通りに屋上で昼飯を食べようと、授業が終わった瞬間に俺の方に駆け寄ってくる。


「海都っ! ご飯食べよー!」

「おう、いいぞ」


 楽しみにしていたのかピョコとアホ毛を跳ねさせていた。

 そんな俺と采加の様子を周りいた女子がニヤッと見ていたが何かあったのだろうか?

 やっぱり女子の気持ちなんて分からない。

 そんな無駄な事を考えていると、采加はお腹をクゥーと鳴らせ俺の袖を引っ張った。


「海都、早く屋上行こうよ?」

「あー……」


 俺は鞄の中を開けて末恒の弁当を渡していない事に気づき、その場に固まってしまう。

 そう思えば朝から渡そうと考えてたが、アイツが他の人と話してて、タイミングが見つけられずに渡すのをすっかり忘れていた。

 不味いなコレは非常に不味い……

 末恒の方を見ると、末恒は焦ったように鞄の中身をガサゴソと探していた。

 その表情は青ざめており、この世界が終わると告げられた人のような表情だ。


「海都?」

「ごめん采加。ちょっと先行っててくれないか? 俺、やる事があってさ……」


 俺は采加に向かって両手を合わせて謝る。


「分かった。じゃ、先に行っとくね!」

「……本当にごめん」

「僕の事なんか気にしなくていいよ! それよりもやる事があるんでしょ、海都」


 采加は微笑み口笛を吹きながら、いつもと同じで上機嫌に屋上へ向かって行った。

 そんな采加を見送ったと、俺は弁当箱が入った鞄を持ち、末恒の机の前に立つ。

 すると、周りのクラスメイト達がザワザワと騒ぎ始めた。

 それもそのはずだ。

 なんて言ったって学校の嫌われ者の不良と、人気が高い委員長、合うはずのない2人が話そうとしているのだから……。


「ちょっといいか?」

「何か用ですか日野君?」


 末恒は「何話しかけてるのよ」と言いたげな表情を一瞬だけ浮かべ、誰もが感じがいいと思う満点の笑顔を見せた。


「ちょっと先生が旧校舎まで来てくれってさ。俺はちゃんと伝えたからな……」


 俺がそう言うと、何かを期待していたのかクラスメイトは残念そうにしていた。

 俺は末恒に伝えた後、屋上ではなく旧校舎に向かった。

 しばらくすると、先ほど伝えた通りに末恒が不機嫌そうにやってきた。


「やっと来たか……」

「アンタ、学校では喋らないでって言ったよね? 皆んなにバレたらどうするのよ!」


 末恒は鬼のような形相で怒りを表す。

 そんな末恒に俺は弁当箱を鞄から取り出し、何かを言っていたが無理やり渡した。


「ちょ、何よコレ……って私のお弁当じゃない!? なんでアンタが持ってんのよ!?」

「三葉さんに渡してって頼まれたんだよ。お前って結構抜けてるとかあるよな……」


 末恒は顔を赤らめ乱暴に弁当箱を奪った。


「う、うっさい! アンタには言われたくないわよ! それよりも先生が呼んでるってのは嘘でいいのよね?」

「あぁ……弁当を渡したかっただけだ」

「そう。じゃあ、もう要はないってことよね。次こそは喋りかけないでよ!」


 そう言いながら末恒は、弁当箱を大事そうに抱え、校舎に向かって走っていく。


「いい? 絶対に話しかけないでよ!」

「あぁ! わかってるから早く行けよ!」


 そんな末恒を見ながら俺は疲れから、大きくその場でため息を吐いた。なんでアイツはあんなに頑固なのだろうか……。

 感謝の一言くらいくれてもいいものだ。


「屋上に行くか……」


 俺は呆れながら末恒が校舎に猛スピードで入っていくのを見送り、采加が待っている屋上に向かって歩いて行った。

 屋上に着くと采加が、待てをされた利口な犬のように、まだかまだかとソワソワしていた。


「あ! もう、海都遅いよっ!」

「ごめん。ちょっと急用が長引いちゃって」


 俺は采加に丁寧に謝る。

 すると、采加は本当に女の子と間違えてしまうほどに可愛らしい笑顔で微笑んだ。


「いいよ。でも、後で何か奢ってね?」

「はぁ……分かったよ」

「やった! 早くこっちに座ってお弁当食べようよ!」


 采加は何やらアニメキャラのような金髪美少女が描かれているレジャーシートの上に座り、自身の隣を手で示してきた。

 俺はレジャーシートには触れず、いつも通りに隣に座った。

 相変わらず采加の趣味は凄いな。

 よくよく見たら末恒の部屋にも似たようなキャラがいたような気がするが……。

 まぁ、そこは気にしないでおこう。


「やっと食べれる……じや、いただきますっ!」

「いただきます!」


 采加は抱えていた勢いよく弁当を開けた。

 お腹が相当空いていたのか、采加は開けた途端に弁当に箸を進める。

 そんな采加を見て俺は笑みを溢し、自分の弁当を開いた。


「な……何だコレ…………」


 俺は弁当の中身を見て唖然して固まった。


「あれ? 海都の弁当いつもと違うね?」

「ん……あぁ、ちょっとあってな」

「ふぅーん、そうなんだ」


 采加は気にしている様子だったが、ここで采加に末恒や三葉さんの事を打ち明けるのはちょっと違う気がする……。

 それよりも問題はこの弁当だ。


「えげつないな……」


 中身は唐揚げやミニハンバーグ、ポテトなど子供が好きような物ばかり入っていた。極付はご飯が白米ではなく、オムライスなのだ。

 どう考えてもバランスが取れていなかった。

 もしかすると、末恒の好きな食べ物はこう言った子供ぽい物なのかも知れない……。

 それにしても改めて見ると迫力がすごいな。

 俺の弁当箱は普通くらいのサイズだからまだしも、末恒のはどんだけはいってるんだ……?

 考えただけでも胃もたれしそうだった。


「でも、すごく美味しんだよな……」


 俺はついつい言葉を溢してしまう。

 それほどに味は美味しかった。


「采加、少し食べるか?」

「え、いいの!?」


 采加は嬉しそうに飛び跳ねる。


「1人じゃ厳しそうだし、ほら」

「あーんして」

「……おい、罰ゲームか何かか?」


 戸惑っている俺に対して采加は、照れる事なく小さな口を目一杯広げていた。


「ほら、はやーく」


 上目遣いをしながら催促する采加。

 生憎、屋上には数名しかおらず、俺たちの方を気にしている人はいない。

 それでも、采加は男ではあるが、見た目は華奢な少女なので少しだけ抵抗があった。


「はぁ……ほらあーん」

「……んっ」


 俺は唐揚げを自身の箸で掴み、采加の小さな口の中に突っ込んだ。

 采加はモグモグと可愛らしく咀嚼する。


「どうだ?」

「ん……うん! コレすごく美味しいね!」


 そう言いながら幸せそうに采加は微笑んだ。


「だろ? 俺じゃ到底作れないかな」

「そうかな? 僕は海都の作った料理も好きなんだけどなぁ……」


 コイツは偶にこんな事を軽く言うから……

 本当に采加が女子だったら危なかったかも知れない。


「それなら今度、采加の分も作ってくるよ」

「えっ!? 嘘じゃないよね!?」

「嘘じゃないからそんなに近寄ってくるな」

「やったー! 楽しみにしとくね!」


 采加は本当に嬉しそうに無邪気に笑う。

 まるで子供が新しいおもちゃを買ってもらえたときのように……。

 そんな采加を見てふと笑みが溢れた。


「ねぇ、海都……」

「どうしたんだ改まって?」


 采加は弁当を食べ終わり、何か悩んだ表情を浮かべていた。

 俺も采加が気になる首を傾げて返事を返す。


「その……ちょっと今日の放課後、付き合ってくれない?」

「別にいいけど……なんかあったのか?」

「いや、大した事じゃないよ……」


 何かを隠したいように采加は言葉を濁した。

 ーー采加の事だ。

 どうせロクでもないことは確かなはずだが、何故か今回はそう割り切れなかった。

 その後は変わった様子もなく、いつも通りに昼を過ごした。


 教室に戻ると、末恒が馬鹿みたいに大きい弁当箱を完食したのか鞄に戻していた。

 どうやら、俺と采加が食べた時間で、俺の2,3倍はあるモノを完食していたようだった。

 もしかしたら末恒の胃袋は、あの有名なピンクの悪魔と同じなのかも知れない。


「じゃ、放課後ね海都」

「おう」


 采加は自分の席に座り授業の準備をした。

 俺も席に戻り、チラッと末恒を見る。

 すると、末恒もコチラを見ていたのか視線が合ってしまう。

 末恒は少し頬を赤くしながら、『こっち見るな』と目で訴えた後、ふんっと聞こえるようにそっぽを向いてしまった。


「可愛くねぇ……」


 俺は窓に向かって小さくそう呟いた。

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