第3話

 チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる。

 カーテンの隙間から微かに光が差し込んだ。


「もう朝か……」


 いつも通りに寝たはずなのに疲れが取れていなかった。どうやら昨日の出来事は相当体に負担が激しかったらしい。


「はぁ……」


 唐突に深いため息を吐いてしまう。

 コレから俺は末恒とどう接していけばいいかと、悩みに悩んんでいた。

 しかし、いくら考えも答えは出なかった。


「あ、三葉さん早いですね」


 下に降りると三葉さんがすでに起きていた。

 見た感じ弁当の準備をしているようだ。


「おはよう海都君! 起きるの早いね!」

「三葉さんもおはようございます」

「……それで昨日、音彩の裸見たそうね?」

「ふぁいッ!?」


 な、なんで三葉さんがその事を知ってる。

 まさか末恒のやつチクリやがったか……。

 俺は、驚きのあまり少しだけ三葉さんから距離を離した。


「な、なんでそれを……」

「ふふふ……実は遠くの方から見てたのよ。2人とも照れて初々しくて可愛かったわ」

「見てたんなら止めて下さいよ……」


 三葉さんは楽しそうに笑みをこぼす。

 その表情は実に楽しそうで悪魔的だった。

 俺は忙しそうに料理をしている三葉さんに、


「三葉さん、俺も手伝いましょうか?」

「ありがとう海都君。でも、今日は手料理をあの人と海都君に食べさせてあげたいから」


 なるほど。

 それなら俺が手伝うのは野暮だな。

 しかし、なんであんな親父がこんないい人と再婚することになったのか今でも謎だ。

 何か弱音でも握られているのだろか……?

 まぁ、親父に限ってそれはないか。


「わかりました。それじゃあ、俺は洗濯とか掃除とかやっときますね!」

「うん! ありがとね海都君」


 その後は三葉さんに朝食と弁当を作るのを任せ、俺はその他の雑務に取り掛かる。

 取り敢えず部屋の掃除を隅々までやった後、俺は昨日入れてなかった風呂に浸かっていた。


「ふぅ……生き返る……」


 モクモクと白い湯気が立ち込める

 俺は顔にパシャパシャとお湯をかけた。

 濡れた髪からポタポタと水滴が垂れる。


「しかし……コレからどうしたもんかね……」


 昨日はアイツの裸見てしまったし。

 今まで通り無関係は無理だよな……。

 だけど、喋るなってどうすればいいんだよ。


「アイツと全く仲良くなれる気がしない」


 ラノベを好きなのは意外だったけど……。

 俺はブクブクと浴槽に沈みそう考えた。

 その後、ずっと風呂に入っている間は、末恒のことばかり考えていたのだった。


「ふぃ、さっぱりしたー」


 髪を乾かし俺は洗濯物を洗濯機に放り込む。

 その際に、どう見ても末恒の物らしき白い布切れの上下を発見したが、見てないふりをして極力触らないように徹底した。

 一通り終えた俺が三葉さんのいる部屋に向かうと、そこには寝ぼけた親父がいた。


「おはよう親父」

「ふぁぁぁ……おはようさん」


 親父は眠そうに欠伸を吐く。


「それより末恒は?」

「あー、音彩ちゃんはまだ寝てると思うわ」


 時計を見ると登校時刻まで残り三十分を切っていた。

 そろそろ起きないと遅刻してしまう。

 どうしたもんかと考えていると三葉さんが、


「そうだ海都君! 音彩を起こしてきてくれない?」

「えっ? 俺ですか!?」


 俺に指を刺し三葉さんは優しく微笑む。


「お願い海都君!」

「ほら、みーちゃんもこう言ってんだから」

「ん? みーちゃん?」

「それは気にしなくていい。ほら早く呼んで来い」


 そう言いながら親父は俺の背中を叩く。

 いや、三葉さんをみーちゃんって呼んでる方が、すごい気になるんですけど……気にするなって方が無理じゃないか。


「はぁ……本当に俺が行かないとダメですか?」

「うん! 音彩も喜ぶと思うわ!」


 いや、絶対にアイツは喜ばねー。

 そう思いながらも俺は二階に向かった。


「末恒起きてくれませんか?」


 末恒の部屋の前で俺は立ち止まっていた。

 ドンドンッ!

 何度もノックしても反応は返ってこない。


「末恒起きろー」


 昨日、喋りかけるなと言われたが、今回は三葉さんに頼まれた緊急事態なのでセーフって事で……。

 末恒に何か言われたら後でこう言おう。


「お願いだ起きてくれ末恒」


 ドンドンドンッ!

 俺はドアを叩きながら大きい声で叫ぶ。

 しかし、何も返事は来ないままだった。

 コレは部屋に入るしかないって事か……

 三葉さんにも部屋に入っていいからねと言われたし……

 ごめん末恒、先に誤っとく。


「失礼します」


 ガチャ。

 俺は泥棒のように静かに末恒の部屋に入る。

 部屋の中は思ったよりも綺麗だったが、そこらかしこに昨日運んだと思われるラノベがズラっと塔のように積まれていた。

 本棚にも沢山のラノベが飾ってある。


「うお……これフィギュアケースか……」


 場違いな程に美少女モノのフィギュアが飾ってあった。

 この部屋を見たら誰もが間違いなく、オタク部屋だと答えるほどの出来栄えだ。

 そんな中、ピンク色のベッドでスヤスヤと寝ている末恒の姿があった。

 薄手の毛布をギュと両手で掴み、猫のように丸くなって可愛らしく寝息を吐いている。


「おーい末恒さーん」


 緊張のあまりかさん付けで呼んでしまう。

 眠ってる時は可愛いなコイツ。

 って何考えてるんだ俺……?


「冗談抜きで早く起きてくれー」


 末恒の肩を軽く叩き何度も呼びかける。


「う……ん…………すぅすぅ……」

「いや、本気で起きてくれないかな?」

「嫌だ……あと5分だけ……」


 末恒は小さい声で呟くとまた寝返りを打つ。


「もう子供みたいなこと言うなよ……クラス委員長だろ? 遅刻するぞ?」

「うっさいなー……眠いのよ私は……」


 何か感に触ったのか……

 末恒は枕元にあるジンベエザメのぬいぐるみを手に持ち、俺に向かって投げてきた。


「うおっ!? ちょお前ッ!?」


 見事に俺の顔面にクリンヒットする。

 コイツ寝ているよな!?

 もしかして起きてるんじゃないよな……?

 俺はジンベエザメを安全な所に置き、もう一度末恒の肩を揺らし呼びかけた。


「一生のお願いだから起きてくれ……」

「イヤ! 寝るの私は!」

「そう言わずにな? 起きような?」

「イヤだイヤだ! このクソやろう」

「お前起きてんだろ!? なんで会話が成立してんだよ!?」


 眠りが浅いレベルじゃねーよこれ。

 絶対に悪意があって言ってるに違いない。

 それでも表情だけは気持ちよさそうに寝てんだよな。

 ……この表情は反則だろ。


「はぁ……いい加減に起きろっ!」


 どっと疲れたようにため息を吐いた。

 俺は覚悟を決め末恒の毛布を豪快に奪う。

 そして、閉め切られていたカーテンを豪快に開き、俺は末恒に止めを刺した。


「んんぅ……あれ……もう朝……」

 

 末恒は、相当眩しかったのか光を嫌がりながら何度も目をパチパチと瞬きをする。

 寝惚けいるのかゆっくりと起き上がり、ベッドの上で可愛らしく女の子座りをしながら、辺りをキョロキョロと見渡した。


「おはよう末恒」

「ふぁ……ん……はよう」


 俺と末恒の視線が合う。

 すると、末恒は寝惚けながらも、三葉さんと同じ穏やかな笑顔で返事を返した。

 その行動に俺は意表を突かれ、戸惑いのあまり何をしていいの分からず立ち尽くす。


「……………………」

「………………ん?」


 末恒は俺の方を見ながら首を傾げた。

 俺を見ては何度も辺りを見返す。


「じゃあ俺はこれで……」

「待ちなさい」


 直ぐに去ろうとする俺の腕を末恒は力一杯引っ張り、俺が逃げないようにしてきた。

 冷や汗が首や背中から溢れる。


「まだ寝惚けてるのかな末恒? ほら、早くその手を離してね? ほーら」


 ブンブンと俺は腕を振り回す。


「ちょ!? 何逃げようとしてるのよ!」

「末恒も起きたから逃げていいだろ!」

「いいわけないでしょ! なんでアンタが私の部屋にいるのか説明しなさい!」


 怪しんだ目つきで俺を睨む末恒。

 決して俺は何もしてないし無実だ。

 俺は三葉さんに頼まれて起こしに来たと末恒に説明する。しばらく悩みながらも、俺を見てため息を吐き始めた。


「はぁ……ママなら言いそうね……」

「分かったくれたか?」

「アンタが変な事をしに私の部屋に入ったわけじゃない事は理解したわ」


 そう言って末恒は掴んでいた手を離す。

 俺は良かったと安堵しながら末恒の部屋を去ろうとすると、


「待って……」

「ま、まだ何か?」

「アンタこの部屋見たのよね?」


 俺は辺りを見渡して静かに頷いた。


「……私が言いたいこと分かるよね?」

「勝手に入った事は本当にごめん」

「そうじゃない。その、勝手に入ったことも許さないけど、それよりも私の部屋の事を誰かに言ったら承知しないから……分かった?」


 あー、そっちか……

 俺はてっきり部屋を勝手に入った事をガミガミとどやされるのかと思ってた。

 俺が末恒の部屋を見渡すと、末恒は少しだけ表情を暗くさせプルプルと震えていた。多分、末恒はこのオタク部屋を他の人に言われるかもという恐怖心があるのだろう。


「部屋の事は誰にも言わないから怯えんなって……」

「お、怯えてなんか……!」

「それより、お前なら分かってんだろ。俺の言葉なんてほとんど誰も信じない事を」

「それは……」


 気まずそうに末恒は黙り込んだ。

 今の言葉はちょっと大人気なかったな。

 俺は困ったように頭を掻きながら、


「まぁ、気にすんなって。信じる信じない以前に、俺は他の奴に話す気なんてないから」

「本当に?」

「当たり前だ」


 そう言うと末恒の表情が少し明るくなる。

 やっぱりコイツは元気にしてる方がいい。

 そんな事をふと思いながら時計を見た。


「…………」


 カチカチカチカチ

 時計の秒針が静かに動いている。

 急に表情を青ざめる俺を末恒は少し心配そうに見ながら、


「……アンタどうしたのよ?」

「…………時計」

「はぁ? 時計……」


 末恒は静かに部屋に置いてあった、何かの美少女キャラの置き時計を見る。すると、俺と同じで急に表情を暗くさせて首を傾げた。

 俺と末恒はどちらも頭が回らずその場に固まる。


「ーーって! もう時間やべえじゃねーか!?」

「ちょ!? なんで!?」


 俺は急いで末恒の部屋を飛び出し、自室に戻った瞬間に制服に着替え始めた。そして鞄を乱暴に持ち部屋を出ると、ちょうど末恒も制服を着崩しながら部屋から出てきた。

 末恒は俺を見るなり俺に指を刺して、


「なんでもっと早く起こしてくれなかったのよ!?」

「はぁ!? お前が起きなかったのが悪いだろ!?」

「そこを起こすのがアンタの役目でしょ!」

「無茶言うなよ!? この寝坊助が!」

「アンタ言ったわね! 覚えてなさいよ!」


 俺と末恒はしばらくガヤガヤと言い争った。

 一悶着付き……。


「今日の事は仕方ないとして、学校では絶対に話しかけないでよ!」

「分かってるから! そこどけって!」


 互いに時間の余裕はもうなく、洗面所でも2人で睨み合いながら歯磨きをしていた。

 先に末恒が終わり玄関の方へ駆け出した。

 俺も、もちろん後を追いかける。

 しかし俺は最後のチェックで鞄の中を確認すると、勉強道具が入ってなかった。


「マジかよ!?」

「ふっ……じゃ私は先に行くから」

「ーークソ!」


 そんな様子の俺を見て末恒は鼻で笑う。

 三葉さんと親父にに見送られ、


「音彩、気をつけて行くのよ」

「うん。ママ、海名さん行ってきまーす!」


 そう言い残し焦った様子で末恒は玄関を飛び出し、学校に向かって駆け出した。

 俺は自室に戻って最後の準備を終わらせた。


「末恒のやつもう行きやがったな!」


 俺も後を追いかけようと玄関を出ようとドアに手をかけると、焦った様子で後ろから三葉さんが声をかけてきた。


「待って海都君っ!」

「どうしたんですか三葉さん?」

「これ音彩が忘れちゃって……」


 三葉さんの手には今朝作っていたと思われる弁当箱があった。

 因みに2人とも、朝食を食べる時間などなかった為、何も食べていない。コレで昼抜きにもされたら辛すぎて地獄だろう。


「アイツ……三葉さん、俺がどうにかして渡しますね」

「ありがとう海都! じゃあこれを」


 俺は三葉さんから二つの弁当箱を貰う。

 しかし、片っぽは俺の使っているいつもの弁当箱よりも大きく、二倍くらいデカい。


「こっちって……」


 俺は馬鹿みたいに大きい弁当箱を見ながら言う。

 すると三葉さんが微笑みながら、


「そっちは音彩の分ね」

「マジですか……」

「うん、マジで」


 まさか末恒ってこんなに食べるのか……? 

 あの見た目でどうやってこんなに。

 そんな疑問を抱きながらも俺は丁寧に弁当箱を鞄にしまい玄関の扉を開けた。


「じゃ、俺も急がないとなんでいってきます! あと朝食食べれなくてごめんなさい……」

「いいの気にしなくで! それよりも事故とかないようにね海都君!」


 俺は三葉さんに見送られ学校に向かって行った。


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