第2話
引越しの荷物を全て受け取り、一通り末恒と三葉さんの荷物は片付け終えていた。
俺は一息つきソファー背をかける。
末恒はと言うと、俺に荷物を触られたくないのか、「絶対に触れないでよ!」と言い残し自室に戻っていった。
まぁ、確かにさっきまで、なんの関係性もなかった同級生には、普通に私物を触らせたくは無いのは当たり前だよな。
「ふぅ……さて夜ご飯を作るか」
俺は立ち上がり夜ご飯を作ろうとキッチンに向かう。すると、そこには三葉さんが既に何かを作ろうと立っていた。
「あれ? どうしたの海都君?」
「いや、夜ご飯を作ろうと思って……」
「海名さんから聞いたけど、本当に見た目とは違い何でもできるんだね」
だから見た目は余計だよ。
俺ってそんなに不良っぽい見た目か……?
逆に不安になってくるんだが。
俺は苦笑浮かべながらも三葉さんに、
「何でもは出来ないですよ。ただ、小さい頃から親父の代わりに家事をやっていたから、少し出来るってだけで……」
「家事を出来るだけでも凄いよ。音彩なんかほとんど家事なんかできないんだから……」
へぇ……アイツ家事できないのか。
なんか意外だ。
いつも学校では真面目な感じなのに……。
「俺、なんか手伝いましょうか?」
俺は、三葉さんの様子を見て、任せっぱなしは違う気がすると思い声をかける。
三葉さんはパッと明るい笑顔で、
「ありがとうっ! それじゃあ、海都君には、野菜切るのをお願いしてもいいかな?」
「はい!」
俺は三葉さんの隣に立ち野菜を切り始める。
こうして横で見ると、確かに三葉さんと末恒は家族なんだなと思うほど似ていた。
すると、ふと三葉さんと目線が合う。
そんな三葉さんは、何かを察したのか笑みを浮かべた。
「それで海都君は音彩の事どう思ってる?」
「どうって?」
「えっと……悪い子ではないんだけど……ほら、さっきあんなこと言ったでしょ。だから嫌いになったのかなって……」
「嫌いではないですよ。だけど、あそこまで露骨に嫌われるとは思ってなかったです」
あの嫌悪感は何か私情でもあるのだろう。
俺に恨みがあるとかではないと願いたい。
いや、本当に冗談抜きでね。
万が一そうだったら終わりだな。
そんな俺の不安がっている様子を見た三葉さんは、悩みながらも真剣に話し始めた。
「それはごめんなさい。その私の元夫が暴力を振る人でね……あの子は人一倍に暴力に嫌悪感を抱くの。それで海都君の過去を伝えてないから、海都君に嫌悪を抱くんだと思う」
「ーーそうだったんですね」
三葉さんは俺の過去を知っているのか……
親父が事前に話してくれたのだろう。
それよりも末恒にそんな過去があるなんて……あんなに俺を嫌うのも納得がいく。
「海都君。これだけは覚えてて。私は絶対に貴方の味方だから、何が起きても海都君の助けになるからね! 君にとっては烏滸がましいかも知れなけど……許してね」
「いえ、ありがとうございます。そう言ってもらえると俺としても嬉しいです」
三葉さんの温かみを身に染みて実感した。
末恒ともここまで話せたらいいと思うんだが、現実はそう簡単にはいかないもんだ。
しばらくして俺と三葉さんは夜ご飯を作り終わり、テーブルに料理を並べる。
どうやら今日はビーフシチューのようだ。
「あ、海都君」
「はい?」
盛り付けた皿を運んでいると、三葉さんがちょいちょいと手を振って俺を呼びつける。
どうしたと思い俺は三葉さんの側に駆け寄った。
「ちょっとコレを音彩の部屋に運ぶついでに、音彩にご飯できたと伝えてきてくれない?」
「えっとコレは……?」
三葉さんの指差した先には、何か重そうな段ボール箱が一つ玄関に残っていた。
その段ボール箱には大きく音彩と書かれていた。
どっからどう見ても末恒の私物だ。
「コレって俺が触ってもいいんですか?」
「大丈夫! 下着じゃないから安心して」
「は、はぁ……」
「じゃ、よろしくね海都君!」
そう言い残し、三葉さんは何故か楽しそうにニヤニヤしながら戻って行った。
俺はどうしたもんかと考えながら段ボール箱の前に立つ。
確かに三葉さんは下着ではないと言っていた。
だから、もしだ。
もし、開く事になってもBADENDにはならないだろう。
何が入ってるか気になるところだが、俺は決心して段ボールを持ち上げ二階まで運ぶ。
「お、重い……」
なんかコレ無駄に重いんだけど……
マジでナニが入ってるのコレ。
ギシッ、ギシッと階段を軋みませ、俺は体力の大半を使い二階まで辿り着いた。
「ハァハァ……疲れた……」
末恒の部屋の前には、『音彩の部屋勝手に入るな!』と手作りで作ったと思われる、ピンク色のドアプレートが立てかけてあった。
勝手に入られるのが相当嫌いらしい……
「おーい末恒」
俺は、末恒の部屋の前でコンコンコンと三回ノックし、聞こえる声で呼びかける。
中で何かゴソゴソと物音が聞こえた。
「痛っ!」
ドアの前にいる俺にすら聞こえる、何かが崩れたような音が響き渡った後、末恒は不機嫌そうにドアを開けた。
足を気にしている様子から、どこかに足でも打ちつけたのだろう可哀想に……。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だから……。それで何か用?」
俺は三葉さんに運んでとくれと頼まれた段ボールを末恒に渡そうと担ぎ上げた。
すると、末恒は段ボール箱を見て焦った様子で、
「な、なんでそれをアンタが持ってくるの!? ちょ、ちょっと触らないでよ!」
「ちょ、お前危ないって!?」
末恒は焦った様子を見せながら、無理やりに持っていた段ボール箱を奪おうとする。
そして、末恒は段ボール箱を奪い取った瞬間、バランスを崩したのか勢いよく倒れた。
「ーーきゃっ!」
「ち、ちょおい!」
ドンドンッーードサッ!
段ボール箱は見事に宙を舞い上がり、地面に落ちて中の物を撒き散らした。
俺はと言うと、転びそうになった末恒を間一髪のとこで手を引き助けていたのだった。
「おい、大丈夫か?」
頭などは打ちつけていないと思うが念のため末恒に確認すると、末恒は大人しくコクっと頷いた。
おいおい何だよその反応は……。
てっきり馬頭とか来るかと思ったよ。
俺は末恒を引っ張り体勢を戻すと、末恒はパッと俺の手を離し俺から距離を置いた。
「その……あ、ありーー」
「って何だこれ?」
何故か顔を赤らめている末恒。
そんな末恒を置いて、俺は段ボール箱から出てきたモノを手に手に取った。
どう見たって本のような気がするんだが。
それにコレってラノベだよな……?
ーーその時だった。
俺が末恒の私物だと思われる小説を確認していると、背後で照れていたはずの末恒から突如として殺気を感じた。
「何触ってるのよアンタっ!」
「えちょ!? お、おい!」
末恒は俺の手元から乱暴に小説を奪い去った。
「末恒……?」
「違うから! コレは私のじゃないから!」
「いや、でもどう見ても……」
「わ、私がこんなの持つわけないでしょ!」
……確かに。
学校の末恒は、どちらかと言うとラノベよりも、ミステリー小説とか読んでそうだしな。
本当に俺の勘違いなのだろうか?
だが、三葉さんは末恒の物って……
「本当にお前のじゃないのか?」
「はぁ? だからそう言ってるじゃない」
「でもコレ、三葉さんが……お前の部屋にって……」
そう言った時、末恒は直ぐに俺から視線を逸らした。
恥ずかしかったのか末恒はプルプルと震え始めた。
「…………」
「…………」
無言の時間が続く。
これはアレだな気まずいってやつだな。
言葉の選択をミスってしまったか……。
「じゃあご飯出来てるから降りて来いよ」
俺は即座に戦場離脱を試みる。
しかし、成功率が低かったのか失敗した。
「待って!」
「ほ、他に用件でも……?」
末恒は俺の手首を力強く握りしめる。
ちょ、コイツどんだけ逃したくないんだよ。
俺なんか捕まえても経験値美味くないぞ!
「アンタこの事は内緒にしなさいよ?」
「わ、分かってるから!」
「本当に? もし、私がコレを読んでいる事を学校でバラしたら……分かってるよね?」
ヤバイヤバイヤバイッ!
なんか負のオーラ出てんだけどコイツ!?
ここはちゃんと答えないとまずいな。
「約束する。絶対にこの事は言わないから」
「絶対だからね?」
ブンブンと俺は何度も頷く。
すると、末恒はもう一度「絶対だからね?」と念を押した後、俺を解放してくれた。
しかしアイツがラノベを読んでいるとは……
意外だけど、あまり驚いてない自分がいて怖いんだが。
まさかアイツ……いや、末恒の事だからそれは無いだろう。
階段を降りながら俺はそう考えた。
「あ、海都君おかえり。音彩は?」
「あーとょっとアクシデントが起きて……」
「ふーん。海都君、もしかして中身見た?」
なんでこの人はこんなにも感がいいのだろうか。
「はい、それでちょっと……」
俺は先ほどのことを三葉さんに説明する。
三葉さんはふふと微笑みながら、
「あの子ったら……ごめんね海都君。音彩はあー言うの隠しておきたい性格なのよ」
「でも意外でした。まさかあの末恒が……」
「そうでしょ。音彩は学校では猫被ってるから、家では凄いのよ? ずっと部屋でーー」
三葉さんが何かを言おうとした時、二階まで話が聞こえていたのか、末恒が階段をドタドタと駆け下りて三葉さんの口に手を押し当てる。
「ちょっとママっ! コイツにはダメッ!」
「いいじゃない。海都君も家族なんだから……」
「ダメったらダメ!」
末恒は俺を睨んだ後、三葉さんを連れて行ってしまった。
遠くの部屋からガミガミと何かを言っている末恒の声が聞こえてきた。
何なんだと思っていると親父が現れた。
「どうだ海都。音彩ちゃんとは仲良く出来そうか?」
親父は缶ビールを片手に、俺の髪をワシャワシャする。
俺はそんな親父の手を振り払い、
「仲良くはハッキリ言ってわからないかな」
「まぁ、音彩ちゃんにはお前の過去を教えてはないから仕方がないか……」
親父は缶ビールを開けてクビッと飲む。
「いつかは言ってやれよ家族なんだしよ」
「分かってる。いつかちゃんと話すよ」
親父の言う通りだ。
いつになるか分からないが、俺の過去をアイツに説明する日が来るのだろう。
そうこうしていると、説教でもされたのかシクシクと泣いている三葉さんが帰ってくる。
「……何したんだお前」
「別に」
ふいっと末恒は俺から視線を逸らし言う。
食事中に末恒と会話を交わす事はなく、視線が合うたびにアイツに睨みつけられた。
やっぱり末恒とは馬が合いそうにない。
何故か親近感を感じたのも気のせいだろう。
***
俺は自室に戻り中間試験に向けて勉強をしていた。
「はぁ、なんか勉強もやる気が出ないな」
頭では勉強しなければと思っている。
だが、一向にペンが進まない。
頭を使えば使うほど、勉強とは関係のない事。例えば末恒が今何してるか考えてしまう……。
「風呂でも入るか……」
今の気分をどうにかして変えたかった。
俺は教科書を乱雑にしまい風呂場に向かう。
その際に末恒の部屋を通ったが、末恒の部屋は静かだった。優等生のアイツのことだから、もしかしたら、勉強をして集中をしているのかも知れない。
「ふぁぁぁ……眠い……」
眠気に襲われながら俺は脱衣所のドアを開ける。
すると、脱衣所の方からもくもくと白い湯気が扉の隙間から溢れ出してきた。
その瞬間、俺は悪寒に襲われる。
突然と背中や頬から冷や汗が垂れてきた。
「…………ッ!」
今前で起きている光景に俺は、咄嗟に目を瞑った。
しかし、瞑るのが遅く間に合わなかった。
目を閉じたのにも関わらず、俺の脳裏には先程の光景が鮮明に何度も思い浮かんだ。
そうーー俺の目の前にはちょうど、風呂上がりと思われる末恒が立っていたのだった。
もちろん衣類などは着けていない。
この意味が分からない人はいないだろう。
「な、なななッ! 何でアンタがッ!?」
「……本当にごめん」
「ちょ、こっち見ないでよッ!?」
「み、見てないから!」
俺はなるべく末恒を見ないように土下座する。
だが、末恒は同様のあまり、手に持っていたタオルを地面に落とし震えていた。
あーコレはまずいな……。
さようなら新生活。さらば三葉さん。
俺は頭で三葉さんに謝罪をした。
「謝罪は後でしてもらうから、今は早く出てって! 外で待っときなさいよ!?」
「外で!?」
「当たり前でしょ! てか、早く出てけッ!」
俺は末恒に押されながら脱衣所から追い出される。しばらくすると、脱衣所の中から「本当にありえない」や「殺してやる」と憤怒してる様子が分かる言葉を何度も呟いていた。
それから数分が経過した。
ガチャっと脱衣所のドアが開いた。
末恒は静かに俺の目の前に現れる。
もちろん先ほどと同じ裸ではなく、パジャマらしき服を着ていた。
「その……俺が迂闊だった……ごめん……」
「アンタ、コレから分かってるよね?」
「はい、覚悟出来てます」
俺は目を瞑り頬を末恒に差し出す。
何度も殴られる覚悟は俺には出来ていた。
だが、実際は殴られる事はなかった。
「バカ、何よその顔。私が人を殴るわけないでしょ?」
「……え?」
「アンタと同じにしないで」
困惑して頭が追いつかない。
てっきり俺は殴られると思っていた。
「じゃ、何を……」
「そうね」
末恒はしばらく「うーん」と唸り考える。
そして閃いたのかニヤッと笑みを浮かべ、
「そうだ。金輪際、私に用もないのに話しかけないでね? いい? 家でも学校でもよ?」
「そんなんでいいのか?」
「当たり前でしょ。アンタの声を聞かなくていいと思うと気が楽だわ。あと、もし次に私に触れたり、その……見たりしたらママに襲われたって言いつけるからそのつもりで」
末恒はそう言い終わると、スッキリしたのか俺をゴミを見るような目で睨んだ後、二階に上がって行った。
俺は風呂に入ろうかと思ったが、先程の末恒の姿を思い浮かんでしまい、罪悪感に駆られ風呂は明日に入ろうと決め部屋に戻った。
その後、勉強に集中する事は出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます