第1章

第1話

 肌暖かくなり始める春の季節。

 桜は満開に咲き乱れる。

 俺は桜を見下ろせる窓側の席から、静かに中学生時代の頃を思い出しながら更けていた。


「はぁ……なんでこうなるんだろうな……」


 ボソッとため息と共に言葉が溢れる。

 俺は暴力沙汰を起こした張本人とされ、不良としてこの学校では恐れられていた。だが、それだけではなく、俺のこの灰色に近い髪色にも原因があるのだろうから仕方がない。

 何度も桜を見る度に過去の事を思い出す。

 その度に憂鬱になりため息を吐いた。


海都かいとぉぉ! ねぇ、海都っ!」


 短めのショートヘアの少年が、昼休みになった瞬間に俺の背後から手を回してくる。

 コイツの名前は若桜わかさ 采加さいか

 俺の幼馴染であり小学校からの知り合いだ。

 特殊な見た目をしており、少年と言うよりも少女に近く、采加を知らない人からして見れば、10人に9人は女子と答えるほどの容姿だった。

 こう見ても可愛いと思えてしまう。


「どうしたんだ采加?」

「ご飯食べよ? ご飯っ!」


 コイツは小動物か何かなのかな……

 いつもそう感じてしまうのは俺だけなのか。


「ちょっ、引っ張るなって采加」

「ほら、早く行くよ!」

「たくお前は……」


 俺は采加に引っ張られ連れて行かれる。

 それをまたかと思いながら、周りのクラスメイトは静かに見守っていた。

 どうやら俺と采加が幼馴染の事をクラスメイトも知っており、采加だけは俺が起こした暴力沙汰の事の真相を理解しているのだった。

 采加に連れて行かれるがまま、俺は弁当箱を片手に持ち教室を去っていく。その時、クラス委員長の末恒すえつね 音彩おとねがコチラを見ていたように感じたが、たぶん気のせいだろう。

 末恒 音彩は見た目も清楚系の美少女で、体型も少し身長は小さいが華奢であった。

 この学校でも1、2を争う美少女でもある。

 そんな高嶺の花が、こんな不良の俺なんかを気にする事なんてないだろう。

 強いて言えば、敵対しているからとかだろうな。

 まぁ、俺には関わりのない人間だ。


 その後は何もなくいつも通りに授業が終わる。俺は采加と共にカラオケか何かデザートでも食べに行こうかと考えていた。

 そんな時、プルルルルと携帯が鳴り響く。


「お、采加ちょっとすまん電話来たわ」

「うん、少し先で待っとくねー」


 采加は可愛くチョコチョコと先に歩く。

 俺は携帯を取り出し通話を始める。


「もしもし海都だけど?」

「お? 海都か?」

「なんだよ親父おやじ? 珍しく電話なんて……」


 親父からの電話は久しぶりだ。

 何か休養な用事でもあるのだろうか……?


「大事な話があるから今日は早く帰れよ?」

「ん……大事な話? ここではダメか?」

「あぁ、家で言った方が分かりやすい」

「分かった。今日は早く帰るよ」


 俺はそう伝えた。

 すると親父はテンション高めに


「サンキュー海都! じゃ、気をつけてな」

「おう」


 親父との通話を切り携帯をポッケに仕舞う。

 先に歩いていた海都に一言謝り、俺は親父の言う通りに家に向かって歩き出した。


「采加には申し訳ないことしたな」


 明日にでも何かケーキでも奢ってやるか……

 そんな事を考えていると直ぐに家に着いた。

 見慣れない引越し業者が家の前で作業しているのを疑問に思いながらも玄関に進む。

 誰かうちに来ているのか……?

 恐る恐るだったが玄関の扉を開いた。


「親父……? ただいま」

「海都君お帰りっ!」

「ーーッ!?」


 だ、誰なんだこの女性!?

 俺は急に現れた綺麗な女性に驚きを隠せず、間違ったのかと思い玄関の標識を見る。

 しかし、そこにはちゃんと日野と書いてあった。俺は間違えていない。間違えているのだとすれば、この女性が間違えているはずだ。


「あ、あの……」


 俺が言葉を言い淀んでいると……

 察したのか目の前の女性は、


「そうだ! 自己紹介まだだったね!」


 と元気よく言い海都に歩み寄る。

 そして優しく母のように微笑んだ。


「私は末恒すえつね 三葉みつば。えっと海都君のお父さんの海名かいなさんから聞いてると思うけど、海名さんと再婚して海都君の義母になるのかな」

「ち、ちょっと待って下さいっ!」


 全然頭が追い付かないんだが……。

 つまり、この三葉さんは親父と再婚して、俺の母親になる女性って事なのか?

 いや! なんで俺に伝えなかったし親父!?


「つまり……俺のお母さんって事ですか?」

「そうなるね! だからよろしくね海都君」

「あ、よろしくお願いますっ!」


 俺は照れながらペコっとお辞儀をする。

 その様子を見てふふと三葉さんは微笑んだ。

 しかし、何故か見覚えがあるなこの人。

 初めて会う気がしないんだが……


「お? 海都早かったな」


 後ろから親父が頭をポンっと叩いてくる。


「親父! なんで三葉さんの事を俺に教えなかったんだよ!?」

「まぁ、いいじゃねーか細かいことは」


 はぐらかすかのように髪をわしゃっとする。

 俺は、そんな親父の手を軽く振り払う。

 しかし、怒りが湧くよりも、やっぱり親父だなっと言う呆れたため息が出た。


「で、この事が伝えたかったのか親父?」

「そんなとこだ。後一つあるんだけどな」

「ん? 後一つ?」


 これ以上何があるって言うんだよ。

 さっきは不覚にも驚いたけど、もうこれ以上は驚くことなんてないだろう。

 どうせ親父のことだしょうもない事だろう。

 この時の俺はまだ甘かった。

 この後に起こる事が生活を大きく変える事になるなんて、誰が予想できた事だろうか。


「海都君ちょっと待っててね」

「は、はい」


 三葉さんが可愛らしく人差し指を立てる。

 俺は三葉さんの言う通りに少し待つ。


「ちょっと降りてきて音彩!」

「待ってよママ! これ置いたら行く!」


 二階の方から聞き覚えのある子が聞こえた。

 俺は嫌な予感を感じた。

 まさか、まさかそんなはずはない。

 この声がアイツの声のわけが……

 だが、俺の淡い期待は崩れ去った。


「ママ何かあったの?」

「ほら、音彩も挨拶して。えっと歳的には海都君の方がお兄ちゃんになるのかな?」

「……え?」


 音彩と言われる少女はゆっくりと俺の方を向き、2人の視線が合い静かに時が止まる。

 その少女は首が隠れる長さの髪を靡かせ、顔立ちは三葉さんと同じでモデルのように整っており、瞳が大きいところなどもそっくりだった。

 沈黙が続き三葉さんはアレっと戸惑った。

 いや、三葉さんだけではない。

 俺と目の前にいるアイツも戸惑っている。


「な、なんでアンタがここにいるのよ!?」

「それは俺の台詞だ!」

「ママ! 聞いてないんだけど! コイツがお兄ちゃんになるなんて嘘でしょ!?」

「おい親父! どう言う事なんだよ! アイツが妹になるなんて聞いてないぞ!?」


 俺とアイツは驚き言葉を吐き捨てる。

 末恒は三葉さんに訴えかけ俺に指を指した。

 俺も末恒と同じように親父に訴えた。

 しかし親父はさも平然かのように、


「なんだ知り合いなのかお前ら」

「いや! 知り合いではあるけどさ! なんで学校の同級生。それもクラス委員長のアイツが、俺なんかの妹になるんだよ!」


 親父にそう言うと嫌そうに末恒が睨む。

 うわ、完璧に嫌がってんじゃん。

 確かに俺も嫌だけどアイツ顔に出てるって。


「ママ! なんであんな不良が私の兄なんかになるのよ! 絶対に嫌なんだけど!」

「ダメでしょ音彩。海都君は見た目が不良だけど、中身は不良ではないから安心して!」


 見た目が不良は余計だ。

 悪かったなこんな目つきでよ……。

 そんなことを思いながら、俺は嫌々だったが顔を惹きつかせて末恒の方を向いた。


「な、何よ……」

「いや、なんだその……」


 何なんだよこの間はよ……!

 早く終わりテェ。

 てか、よく見るとコイツ顔整ってんな。

 そんなどうでもいいことを考え、俺は現実から逃避しようとするが、そう簡単にはいかなかった。親父や三葉さんに仲良くしてと言われ、渋々俺は音彩に向かって拍手を求めた。


「これからよろしくな……末恒」

「うえ……」


 おい!

 うえ……は酷いだろ!

 こちとら人間だぞ。泣いちゃうぞ。

 そんな態度の末恒を三葉さんは強みに叱り付け、末恒も渋々だったが俺の手を握った。


「コレだけは覚えて! 絶対に私はアンタなんか兄とも、家族とも認めないから!」

「はいはい分かったよ」


 どうやら俺は相当嫌われているようだ。

 これが俺とアイツの出会いの始まりだった。

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