第8話:抗え!

 俺たちは屋上へつながる踊り場で、様子を伺っていた。


「しかし……いまだに信じられないな。武田先生でしょう?」


 協力を仰いだ先生も半信半疑だ。武田先生は普段優しい人だから疑うのも無理はない。けど俺は実際に体験して、被害者ゆりやさんから話も聞いた。


「嘘言ったって仕方ないっすからね。まぁ見ててくださいって」


 壁に張り付く俺たちの視界の先から、武田先生が歩いてきた。息を殺して様子を伺う。扉の先には百合谷さんがいる……。


 作戦はこうだ。と言ってもかなりシンプル。武田先生が扉の向こうに入ったら扉前で待機。襲われた百合谷さんが叫び声を上げるか、メッセージを送信するかしたら突入して、確保。予め文面は打ってあるから送信ボタンを押すだけだ……成功するといいんだけど。


 涼介のスマホが鳴った。先生に声をかけて、突入だ!




+++




 屋上から見る空は、いつもオレンジ。絶望の色。

 でも今日私の心が染まることはない。だって助けに来てくれる人がいるから。


 喉を掴まれ絞められる。体に力が入らなくなる前に、スマホをタップした。

 すぐに屋上の扉が開かれ、3人が入ってくる。涼介くんに先生……そして、佐伯くん。

 涼介くんと佐伯くんはイケメンコンビとしてクラスでも有名だ。明るい涼介くんに暗めな佐伯くん。2人に初めて声をかけられた時はびっくりしたっけ。


『ねぇ、百合谷さんだっけ? 一緒にご飯食べよーぜ!』

『人付き合いめんどいでしょ? いい場所、知ってるから』


 マスコットみたいに小さい私の周りには、昔から人がよく集まる。煩わしく思っているのを見抜かれたのは16年生きてきて初めてだった。

 そのご飯の後から涼介くんとは何度か話したけど、佐伯くんとは1度も話してない。クラスのグループラインでも全く発言しないし、本当に人間関係がめんどくさいんだなと思った。


 でも私は知ってるよ。君がいろんな人のために影で頑張ってること。表舞台に立つのはいつも涼介くんだけど、提案するのはいつも佐伯くんだよね。誰かの辛いのを見つけるのも、それをほっとけないのも、全部全部佐伯くん。そんな君が、私はとっても、大好きなの。


 ね? だからそんな不安そうな顔しないで。君にもう1度見つけてもらえただけで、私はすっごく幸せだから。たとえこれから死ぬことになったって・・・・・・・・・・・


 風が吹いてる。じりじりと扉へと向かい始める武田……。佐伯くんが何かを涼介くんに耳打ちした。

 驚いたのはそこからだ。佐伯くんが突然、絶望した表情を浮かべた。涼介くんはそれを気にすることもなくこっちに話しかけてくる。


「武田先生……あんまりがっかりさせねぇでくださいよ。あんたのこと、嫌いじゃなかったってのにさ」


 煽るような口調。わざとなんだろうか? 耳元で怒鳴られて鼓膜がキーンってなる。


「ウルセェ! お前みたいなチャラ男にはなんもわからんだろうな!」


「あぁわっかんねぇよ! あんたみてぇなクズ野郎のことはな!」


 ギャイギャイと口論を続ける武田の腕が緩んできた。抜けられそう……でも、抜けていいんだろうか? 佐伯くんはどこか遠く見てるし、涼介くんはこっちを見ずに話してる。先生はおろおろするばかり。ねぇ、私はどうしたらいいの?


 とその時。佐伯くんが戻ってきた・・・・・


「武田先生……」


「アァ⁉︎」


「奥さんと娘さんに、逃げられたんですか?」


 武田が固まる。そこからは早かった。


 涼介くんのタックル。先生が取り押さえ、私は肩を支えられて屋内へと連れて行かれる。

 脱がされたスカートと下着を渡され──連れてきてくれた佐伯くんは見張りをしてくれるみたいだ──大人しく着替える。


 お礼が言いたい。でもありがとうじゃ何か足りない。

 どう言おうか悩んでいた私の口から飛び出たのは、ずっと思っていたことだった。







「佐伯くん……大好きだよ」

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