ふわふわさん

雨世界

1 こんにちは。ふわふわさん。

 ふわふわさん


 プロローグ


 こんにちはふわふわさん。


 本編


 こんにちは。赤ちゃん。(生まれてきてくれて、……本当にどうもありがとう)


 私がふわふわさんに出会ったのは、私がまだ高校生だった子供時代のことだった。


 私はふわふわさんと公園で友達になった。


 最初は、軽く挨拶をするくらいの間柄の関係だったのだけど、次第によく顔を合わせようにようなって、(私は、日曜日にランニングを、ふわふわさんはいつもその時間に緑色の公園の中で一人で散歩をしていた)それからたまに声をかけるようになって、そして、私たちは少しだけお話をするようになって、そうやって私とふわふわさんはだんだんとその距離を縮めていった。


 私たちはそうやってお友達になった。


 その当時、ふわふわさんは二十代中盤くらいの年齢をしていて(ちょうど、今の私と同じくらいの年齢だった)当時の高校生だった、制服をきていた私の目からは、白いワンピースを着たそんなふわふわさんがとても遠くにいる、大人な女性に見えていた。


 そのことを私がふわふわさんに言うとふわふわさんは「そんなことありませんよ。私は子供です。本当に全然、私は子供のままなんです」とふふっと笑って私に言った。


 私たちは公園にある小屋のような休憩所でよくお話をした。


 そこから緑色の公園の風景を眺めて、気持ちのいい風を体に感じながら、たわいのない泡のように消えてしまう、お話をして、少しの時間を過ごした。


 私はふわふわさんとした会話をほとんどなにも覚えていないのだけど(それは日常の会話であり、なにが美味しいとか、どんなものが流行っているのか、とか、そういった話ばかりだった。それに今、考えてみると、ふわふわさんは意識的に自分の個人的な話をあまりしないようにしていたように思えた。そのせいか、私もあまり自分の個人的な話をふわふわさんにはしていなかった)そんなふわふわさんとの話の中で、一つだけ、とても強い印象を持って、今も私の中に残っている話があった。


「私ね、昔、命を救ってもらったことがあるんです」

 ふわふわさんはそう言った。


「命を? ……ですか?」ふわふわさんの綺麗な横顔を見て(私の憧れた、透明感のある真っ白な横顔だった)私は言う。


「はい。命を助けてもらいました。そのことについて、今も私は本当に感謝をしているんです」ふわふわさんは私の顔を見て、にっこりと上品に笑った。


「それはどういう状況だったんですか? 雪山で遭難でもしたんですか?」と私は言った。

 

 そんな私の言葉を聞いてふわふわさんは少し驚いたと言った顔をした。(確かにこのときの私の表現は少し不自然だった、と今は思った。病院でとか、川や海で溺れて、とか、車にひかれそうになってとか、いろんな命の危機はあるのだけど、このときの私はなぜが雪山という表現をした。そういった映画やドラマをその話をふわふわさんとしたときに、どこかで私は見ていたのかもしれない)


「そうですね。確かに私は、雪山で遭難していたのかもしれませんね」とくすくすと笑ってふわふわさんは言った。


「雪山で遭難していたのかもしれない?」


「はい。一人ぼっちで、吹雪の中にいたのかもしれません。一人ぼっちで雪の中にいながら、山小屋の中で小さく丸くなりながら、誰かの助けがやってくるのをずっと、ずっと待っていたのかもしれませんね」とふわふわさんは言った。


 私はふわふわさんがどんな人なのか、お話をして少しは理解することができていたので、「その雪山に助けはきたんですか?」と聞いてみた。


 するとふわふわさんは「はい。助けはきてくれました。私はその人に命を救われて、今この場所にいるんです」と本当に嬉しそうな顔をしてそういった。


「それは、本当によかったですね」と私は言った。

「はい。本当によかったです」するとふわふわさんは、本当に子供っぽい顔をして、とても嬉しそうな声で私に言った。


 その日、私たちは雨上がりの空の下でさよならをした。


 いつの間にか、雨は上がっていたのだった。(そう。あの日は確かに雨が降っていた。雨上がりの虹を、ふわふわさんと一緒に見たのを私は今もちゃんと覚えている)


 それから少ししてふわふわさんは「実は私、今度引越しをすることになったんです。とても、とても遠いところに」と、(とても申し訳なさそうな顔をして)私に言った。

 私はふわふわさんと会えなくなることが、とても悲しかったのだけど、それは仕方のないことなので、「……そうですか。じゃあ、もう会えないってことですよね?」と私は言った。


「はい。せっかくお友達になれたのに、とても残念ですけど」と本当に残念そうな顔をしてふわふわさんは私に言った。


 それからふわふわさんは公園にこなくなった。


 ふわふわさんはどこか遠い、とても遠い場所に行ってしまったのだ。


(それ以来、私はふわふわさんとは一度もあっていない。ふわふわさんはいなくなってしまった。私はそのことを、本当に寂しい、悲しいことだと思った)


 大人になった私は、今もときどき、ふわふわさんとお話をした緑色の公園に行って、ふわふわさんの座っていた場所に一人で座って、じっと周囲の風景を見て、優しい風を感じたりして時間を過ごしたりした。


 ときどき、そんな私の目の前をきらきらと輝くような、高校生たちが歩いて行ったりもした。


 そんな眩しい(本当に目の眩むような)太陽のように、生き生きとした高校生たちの姿を見て、まるであの子たちはあのころの私たちのようだ、とそんなことを私は思って(いなくなってしまったふわふわさんのことを思い出して)小さく笑ったりしたのだった。


 ふわふわさん 終わり

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ふわふわさん 雨世界 @amesekai

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