同じ目をしている

麻城すず

同じ目をしている

 夏の午後の教室は息を遮るほどの熱に満たされ、あたしの頭の中を空っぽにする。

 そんな空っぽの頭でも後藤を見て無意識に溜め息を吐くのなんか別に珍しくない。だって嫌いなんだもん。

「新田、テメェまた俺見て溜め息吐いただろ」

「悪い?」

「いいわけあるか」

 隣の席のこの男は、あたしの仕草に逐一反応。それこそこんな小さな溜め息にだって敏感すぎるくらいに気付く。

「はいはいごめんね」

 適当にあしらって、あたしは教壇に目を移す。

 視界に入るのはすらりとした背中。ワイシャツ越しに見えるその肩の骨の動きが、あたしの目を釘付けにする。

 不毛でもいい。

 子供の思い込みだと思われても構わない。

 あたしは、先生が好き。

 だけど告白なんて考えられない。その背中を、肩を、チョークを握るゴツゴツした手を、あたしは見つめるだけで精一杯。愛しい気持ちに押し潰されそう。

 報われたいんじゃない。酔いたいだけ。あの人を見つめて感じる恋の気配に溺れていたい。

――あ、先生困ってる。

 澱みなく紡がれていたカツカツと言う筆記音が少し乱れる。チョークで黒板を二、三度つつく、それは先生が考えている証拠。

「あー、ごめん。この計算間違えた」

 あたしは頭が悪いから、先生の間違えなんか気付かない。ただ、気付くのはこの音だけ。照れたように生徒の方に向き直る、滅多に見られないその表情が好き。

 先生のことが大好きなの。

「ばーか。教師にその目はやめろっつーの」

「うるさい、ばか」

「ああ? ばか返しかよ!」

「ばか返しよ」

 わざわざ定規でつついてきてまであたしに話しかける後藤は嫌い。だってその目はあたしと同じ。

 あたしが先生を見るように、後藤はあたしを見ているから。

 お互い不毛だって分かってる。応えて欲しいわけじゃない。ただ、恋に浸りたいだけ。相手の気持ちを置き去りにして、恋する自分に酔いたいだけ。

 だからこんな他愛ないことが胸に染みる。

「新田、この問題前に出てやって」

「はい」

 さっぱり分からない問題なのに、返事だけは優等生。

「指されてやんの」

「うるさいわね」

 先生に名前を呼ばれただけで嬉しいあたし。

 あたしと言葉を交わすだけで満足そうな後藤。

 いつか、報われないことに気付いて夢から覚める瞬間を想像出来てしまうから、あたしは自分と同じ目をしている後藤のことが大嫌い。


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同じ目をしている 麻城すず @suzuasa

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