第11話 お客様→紳士的な(皮を被った)悪魔さん
「やあ、店長さん」
「いらっしゃいませ。クラウズさん」
夕日が差すころに来店したのは、悪魔であるクラウズさんだ。
彼は悪魔ではあるが、紳士的でどこか上品だ。紳士的に振舞う悪魔は珍しいというか、クラウズさんだけではないだろうか。
彼はいつも、契約者であるヒロさんと口喧嘩(と言ってもヒロさんが一方的に罵っている)しながら店に入ってくるのだが今日はヒロさんの姿が見えない。
この前のように、どこかに置き去りにしてきたのだろうか。
そうならば、またヒロさんが怒りながら来るだろうな。ここに。
「あの、ヒロさんは……」
「ヒロはあまり体調が良くないようでね。私はおつかいを頼まれたのさ」
やれやれ、という風に肩をすくめた。
ヒロさんがいないのは、体調が悪かったからなのか。
今日のクラウズさんは、ネギが飛び出た袋や文房具屋のロゴが入った紙袋など、沢山の袋を持っているあたり本当におつかいを頼まれているようだ。
「その、本当におつかいしているんですね」
「ああ。悪魔がおつかいなんて笑えるだろう?」
確かに、悪魔がおつかいなんて聞いたことがない。
というか、契約しているとはいえ悪魔におつかいをさせる人なんていないだろう。普通。前代未聞だ。
色々と怖すぎて笑えないのだが……。
「ヒロさんって度胸があるというか、怖いもの知らずというか」
「まあ、ヒロは私と契約するつもりはなかったはずだからね。私の方が当然立場は弱くなるさ」
クラウズさんが言っている通り、ヒロさんは好き好んで契約したわけではなさそうだった。店に来るたび、不当契約を結ばされたと話すからだ。というか、悪魔にここまで強気な態度を取る人なんてヒロさんぐらいなのではないか。悪魔に毒づいたり、買い物をさせたり。色々と凄すぎる。
今日は、クラウズさんはおつかいとしてここに来たわけだ。
ということは、まさか。
「ヒロさんが予約した商品を代わりに受け取りに来たんですか」
「その通り。流石は店長さんだ。話が早くて助かるよ」
そう言ってニッコリと笑うクラウズさん。
流石だ、じゃないよ。ヒロさん、クラウズさんの事をこき使いすぎでは!?
これでもかというくらい買い物とか、仕事とかを頼み込んでいる気がする。
私はヒロさんが取り寄せた商品を後ろの棚から取り出す。
割れ物なので慎重に。
「こちらが商品となります」
「これは、マグカップ……?」
「そうです。耐熱ガラスのマグカップで丸いフォルムが可愛らしいんですよね。薄いし軽いから、人気が高くて……ってどうかしましたか」
クラウズさんはマグカップをじっと見つめていた。隅々まで観察するように。
傷が付いていたのだろうか。
そう思って私は声を掛けたのだが。
「いや、ヒロもなかなかに可愛い所があると思ってね」
「はあ」
予想外の答えが返ってきてしまった。
どこら辺に可愛い要素があるのかは分からないが、どこら辺が可愛いんですか、と聞いてしまうと次にヒロさんが来店した際に恨めしい目でこちらを見てくることが容易に想像できてしまうため聞かないでおく。気になるけれど。
「ところで、交換する商品は」
「ヒロさんから既に頂いています」
そうか、とクラウズさんは短く言った。この反応だと商品を交換したことも伝えてなかったのかな。
「ところで店長さん。この店には、それはそれは様々なお客さんが来るのだろう?」
「ええ。幅広いお客様がこの店にはいらっしゃって下さいますね」
「それなら、もう全ての種族に出くわしているのかもしれないな」
「いや……まだお会いしていない種族の方はいますよ」
「へえ。それは驚きだ」
クラウズさんはさほど驚いてもなさそうだ。
まあ、悪魔、天使、獣人、宇宙人……。個性豊かなお客様に会ってきたわけだが。
会ったことのない種族か。
「死神とか……」
「死神ときたか!死神が見えたら店長さんは死んでしまうよ」
「本当ですね!」
目の前にいるクラウズさんは手を叩いて笑っている。
いや、確かに考えれば分かることだ。死神は死に際にしか見えないんだから。
考えれば分かることなのに。
私は途端に顔が熱くなるのを感じた。
クラウズさんは、未だにツボに入っているらしく笑いすぎて出た涙を拭っていた。
いや、そんなに笑わなくてよくない!?
ようやく収まったらしいクラウズさんは口を開いた。
「いや、今のは面白かったよ。店長さんは死神のことはどこまで知っているのかな」
「ええと、魂を奪われたら死ぬのは知っています。あと、死に際でないと見えなくて、黒っぽい服を着てる……多分」
「そうそう。黒い服は彼らの象徴だ。彼らは魔力で自由に服を変えることができるんだ。便利だろう」
確かにそれは便利かもしれない。自分だけの夢のコーデが自由自在ってことだ。
いや、これはもしかして商品化とかできたら滅茶苦茶儲かるのでは?
共同開発して私が先駆者になるしかないのでは?
その前に死神は姿が見えないから難しいか……。
「その、死神は人間以外には見えるんですか」
「ああ。普通の人間には見えない呪いが掛けられているだけだからね。彼らは、奪おうと思えば悪魔であれ天使であれ、魂を奪えるからむやみに干渉しようとは思わないけど」
「じゃあ、悪魔と天使の天敵ってことに」
「いや、そうではないさ。死神は天界にいる神が作り出すものだからね。ここで質問だ。単純に、死神が増えるとどうなると思う?」
「ええと、死亡者数が増えすぎる……人間が滅ぶ……」
「その通りだ。だからね、死神はある程度の魂を集め終えたら消されるのさ」
「消されるって……」
クラウズさんはさらりと言った。流したようにも聞こえた。
でも、私は聞き流せなかった。
だって、本当にそうだとしたら。そんなの、まるで。
彼らは人の命を奪うためだけの。
「君が思っている通りだよ。彼らはあくまで天界が産み出した人間の命を狩る道具だ。だから首輪を付けているんだ。死神の鎌と連動しているそれは、魂を狩った量が一定数を超えると生命機能を停止させるシステムを起動する。方法は爆破、電撃など様々。悪趣味極まりないだろう?だから、我々悪魔のビジネスが捗る」
「それはいったいどういう」
「悪魔は代償と共に願いを叶えることができる。それは知っているかい」
「ええ」
現代社会において、悪魔と契約する人は多くいる。悪魔と契約すると、代償と引き換えにどんな願いでも叶えてくれるからだ。地位や名誉を得たり、理想の彼女や彼氏を作ったり、誰かを生き返らせたり……。どんなことでも悪魔は叶えてくれる。まあ、代償は契約者の魂や寿命など物騒なモノらしいのだが。その上、代償だけでなく願いが叶う期間も悪魔が自由に設定できるそうだ。だから、1日にして夢がはかなく散るということもあるらしい。
ハイリスク・ハイ?リターンだ。
クラウズさんは恍惚の表情をうかべ、嘲るように口を歪めていた。
普段の彼からは想像もつかないような、悪魔のような、そんな表情で。
「死神が願うことを叶えるのさ。別の存在になりたい、平和に暮らしたいとかね。死神の魂は希少性が高いから我々も喜んで応じる。願いを叶える代償はこちら側が自由に設定できるからね」
「それ以外に助かる方法はないんですか」
「あれは天界の神が作ったものだ。何の代償もなく外したり、壊したりできるのは魔王とか女神とかそのレベルの者にしかできないだろうね。まあ、そんな上手くいった話は聞いたことがないから結局悪魔に縋るしかないのさ」
どうしようもないのか。
死神は、人の命を唐突に奪ってしまう、理不尽な存在だと思っていた。
まあ、実際そうなのだが。
唐突に生まれ落ち、唐突に終わりを迎えてしまうのは何処か人間に似ているのかもしれない。
どうしようもないものを追い求め、縋りついてしまうのも。
「……なんだか残酷な話ですね」
「まあ、残酷なのが世の常。仕方のないことだ」
クラウズさんはハッキリと言った。
迷いなんてないような、それが当たり前であるような。
「それでも、ひどい話だって、思ってしまいますね」
「私のような悪魔、死神、天使……。これらの全種族に共通することがある」
「なんですか」
「変に同情しない方が良いということ。覚えておいて欲しい。私のような悪魔にも、店長さんは優しく接してくれる。感謝してもしきれないくらいだ。有難いよ。ただ、店長さん。キミは優しすぎる。それに付け込む奴は必ずいるだろう。だから、心のどこかで理解しきれないものはしきれないものとしておくことも大切だ」
「ご忠告ありがとうございます。気を付けてはみます」
「なに、悪魔の気まぐれさ。店長さんにはお世話になっているからね。変なことになってからでは夢見が悪いのさ」
そう言うと、クラウズさんは踵を返した。
まあ、少し話し込んでしまったからな。貴重な話を聞けて、勉強になった。
死神のお客様が来た時ーというか、もしかするともう会っているかもしれないな。
気が付いていないだけで。
自由になって、自由に暮らしている死神のお客様はいるかもしれない。
まるで人間みたいに。
「今日はありがとう。またくるよ」
「あの」
「なんだい」
「ヒロさんに、お大事にとお伝え下さい」
「全く、本当に優しいな。店長さんは」
少し困ったような表情で、クラウズさんは店を出ていった。
帰りが遅いとヒロさんに怒られないかが心配だ。私と話して遅くなって、怒られたなんて申し訳なさすぎる。
まあ、クラウズさんはヒロさんに怒られてもいつものようにニコニコしているんだろうな。
混沌と共に 五月雨の気まぐれ @samidare05
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