エピローグ「本当に、俺を追放できると思ったのか?」


 正直、開いた口が塞がらなかった。


 だって、そうだろ?

 今まで俺に散々嫌味や憎しみ、時には理不尽な要求すらしてきた目の前の幼馴染。勇者の――ロイが俺に謝るなんて……とてもじゃないが信じられない。


 俺は動揺で揺らぐ瞳で何とかロイの紅い双眸を見る。


 そこから感じ取れるのは、純粋な謝罪と後悔の色。

 もちろん、その奥底には俺に対する様々な感情が見て取れるが、しかし――やっぱりハッキリと認識出来るのはその二つの想いだった。



「マジか……」



 この返答もどうかと思うが、俺から出た素直な気持ちはまさしくこれだ。


 正直、今までで生きてきて一番の衝撃と言ってもいいだろうこの状況に俺の頭は破裂しそうになる。



「てめぇ……人が素直に謝ったのに、そんな答えなのかよ。やっぱり合わないなオレ達」


 さっきの殊勝な態度はどこへやら、再び目に映った金髪の青年は今まで通りの憎たらしい表情を浮かべていた。


「フフフ……」


 正直、前ならここで俺も嫌そうな雰囲気を醸し出していたが、何故か今この瞬間はロイの態度が面白く思えてしまい、口から自然と笑みがこぼれる。


「っな!? おまッ! 何笑っていやがるんだよッ!!!」


 いつもらしい乱暴で強気な口調。

 ああ、やっぱりコイツにはこういう態度や口調が似合う。


 嫌だったはずの彼の態度にどこか安堵を覚え、それがまたおかしくて俺は思わず吹き出す。


 そんな俺の態度に激怒したロイは顔を真っ赤に様々な罵倒を浴びせる。



 何というか……こんな状況だからこそなのか、あるいは少しお互いの距離を置いたからなのか、正直どっちかは分からない――


 けど、少なくとも俺はロイに対して、どんな想いを、感情を、持っているのか。


 それが、今、この時、初めて分かった気がした。



 そうだ。

 昔から変わってなんかいなかったんだ。

 ロイはずっと、俺にとって前を歩いて行く存在で、立場や状況は違っても俺の中ではその事実はずっと変わってなかった。


 でも、おそらくはロイにとって、あの日俺が魔法を使える様になった日から、コイツの守るべき存在から俺は外れた。


 多分それが、ロイにとって一番ショックだった事で……。

 他にも俺の知らない様々な出来事が重なって、最終的にはあの”勇者ロイ”が出来上がったのだろう。


 でもそれはあくまでロイの中だけの話。


 俺にとってロイはずっと憧れで、常に共にありたい、横に並んでいたい存在だったのだ。


 だからこうして俺に対し、怒り、不満を漏らすこの姿は、とても滑稽で――俺を”認めてくれてる”様な気がしてとれも嬉しかった。




 周囲にはいつの間にかパーティの皆が集まる。


 しかし、それぞれの口からは言葉が発せられず、ゆっくりと、静かな時間が流れていく。



 おそらく皆は俺あるいはロイの言葉を待っているのだろう。


 少し、横のロイに視線を送ると相変わらずそっぽを向いたままでその表情は分からない。

 でも、纏う雰囲気は今までの刺々しいモノは無くなり、どこか清々しさを感じた。


 そして、気付けば自然と俺の口が開き、言葉を紡ぎ出す。



「……本当に、俺を追放できると思ったのか?」


「ッチ……」



 たったそれだけの短いやり取り。

 会話にすらなっていないそんな言葉。


 でも、こんな不思議なやり取りが俺やロイ、そして仲間達にはしっかりと伝わっていて――


 気付けば、”皆んな”笑顔を浮かべていたのだった――。







□□□□□□□□□







 遠い、遠い、未来のお話。



 空には無数の星が煌めき、流星の様に軌跡を描いて流れる。


 夜なのに月と星の輝きで草原は明るく。


 焚かれる炎は揺らめき、夜空の光と相まって周囲を照らす。



「はーくん! つづきはどうなったの!」


 金髪にウェーブをかけた少女がぐい、と一人の青年へと詰め寄る。


「え、続き? いや、これに続きは載ってないかな……」


 古く擦り切れた手帳の様なモノを、白髪の青年は困った様子で見やる。


「ないのっ!? えー! やだ! ききたいよつづき!」


 少女は青年の腕に抱き着き、激しくその身を揺らす。

 青年を覗く紅い瞳の上目遣い。

 愛くるしいその仕草に少し絆されるが、何とか堪える。


 何度か頭を掻き、青年は改めて手帳を開いた。


「いや、やっぱりないぞ……。多分ここまでしか書かれてないんだろうな」

「ぐぬぬっ、このわたしにきょうみをもたせておいてこのしうちとは……さすがはーくんの”せんぞ”だね! やることがきたない! さいてー!」

「いや、今はそれあんまり関係ないだろ!!」

「あるもんっ! はーくんはさいてーだもん!」


 もうめちゃくちゃである。

 少女の理論はとっくに破綻し、何を以て青年が最低なのかさっぱりだ。


 しかし、こんな少女の駄々にも既に慣れた青年は、何度か慰める様に目の前の金の髪を撫でる。


「っ、あ、あ、そういうのは……ひきょうだよぉ~あふぅ~……」


 思わず蕩けた吐息を出す少女。


 青年がこの一年で学んだ少女の慰め方の一つだ。

 とりあえず優しく頭を撫でておけばこの金髪少女は落ち着く。

 ある意味とても単純な生き物である。


「さて、と」


 青年は少女を撫でるので忙しい右手の代わりに、左手で置いてある手帳を手に取る。


「うぉっと……」


 しかし、利き手ではないその手では上手く手帳を掴む事が出来ず、あえなく地面へと落としてしまう。

 すると、落ちた手帳の隙間から何か紙の様なモノがはみ出していた。


「ん、なんだこれ?」


 はみ出た一枚の紙を手帳から引き抜く。



 その一枚の紙は、”写真”だった。


 酒場の様な場所で撮れたモノで、

 数人の男女が写っている。


 一人は紅い髪の褐色の女性。

 木のグラスを持ち、満面の笑みを浮かべている。


 一人は青い髪の眼鏡を掛けた男性。

 褐色の女性に肩を組まれ、嫌そうにしながらもどこか楽しそうだ。


 一人は灰色の短髪の少女。

 周りの喧騒は全く気にせず黙々と目の前の食事を食べている。


 一人は黒髪の胸が大きい少女。

 白髪の青年の腕を抱き、顔を綻ばせている。


 一人は桃色の髪の女性。

 こちらもまた白髪の青年のもう片方の腕を抱き、強張った表情ながらも頬を染めている。



 そして、中央にいる二人の青年。


 一人の白銀の髪の青年は、苦笑いを浮かべていながら、纏う雰囲気は温かく、思わず見ている方も安らぐ様な表情だ。


 もう一人の金色の髪の青年は、何か不満げな顔で鋭い視線をこちらに向けている――が、その口元は緩んでおり、口角が少し上がっていた。




 いつ撮られた写真か、青年には分からなかったが、見た瞬間にどこか懐かしい気持ちになる。


 そんなちょっと不思議な気持ちを覚ます様に、青年は空を見上げた。


 相変わらず空には無数の星が瞬き、とても綺麗だ。


「ほら、ミリア? 空を見てみな?」

「ふぇ……?」


 撫でられた感触にまだ若干惚けている少女は、星空を見て、目を輝かせた。


「すごいすごいねはーくん!」


 興奮した様に何度もその場で跳ねる。


 夜空には先程とは比べようもないくらいの流星が流れていた。


「あぁ、これは凄いな、ホント……」

「うんっ!!」


 自然と二人は手を繋ぐ。



 青年の名前は――ハヤト・ゼルディア

 少女の名前は――ミリア・スタンフィール


 遥か遠い未来の勇者とその仲間である。



 かつての勇者達は今は既に過去となり、伝説となった。

 しかし、今現在のこの綺麗な世界があるのは、紛れもなく彼らが死力を尽くして世界を救ったからだ。


 様々な苦難と試練を乗り越えた先にのみある、平和。


 それはとても尊く、儚い。


 でも決して幻想や嘘ではなく、確かにそこに存在しているモノだ。



 二人の青年と少女はこれから冒険に出る。

 そう、世界を救う冒険に――。


 これから先いくつもの苦境が彼らを苦しめるだろう。

 しかし、思い出して欲しい。

 そして、隣に視線を向けて欲しい。


 そこには、きっと自分が頑張れる理由があるから――




~「英雄と勇者のすれ違いは追放という形で始まる」完~

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英雄と勇者のすれ違いは追放という形で始まる 星屑 四葉 @sikiha

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