第11話「英雄は遅れてやってくる」


 アルスがロイ達の元へ辿り着く少し前――



「いや、ちょっと待てよ……?」


 洞窟に足を踏み入れようとして踏み止まる。


「え、行かないんですか!?」


 俺の少し後ろを歩いていたモモは驚きの声を上げた。


「ふと思ったんだが……このまま道なりに進んでもアイツらの元に辿り着くまで相当掛かるよな?」

「う、うん。洞窟内は入り組んでるし、ここに来たみたいにアルスさんの風魔法で移動速度上げるのは結構危険かも?」

「だよな」


 俺は改めて頭に浮かんだ案を具体的に思い浮かべる。


 まずは、モモの言った通りこの精霊の洞窟は非常に入り組んでいるという事。

 そして二つ目に、道中に魔物がいる可能性。

 洞窟内はいくつかの大きな空洞が存在しているが、その殆どが狭い岩で囲まれた通路だ。

 なので魔物に遭遇すれば倒すか、逃げるかの二つしか選択肢が無く、それだけでかなりの時間を取られるのは明白。

 モモと俺の感知魔法を合わせて仲間の居場所を把握しても結局はかなりの時間が掛かり、最終的には間に合わなくなるかもしれない。


 だったら――


「なぁ、モモ。魔物――影の王の気配は分かるか?」


 モモは少し考え込み、頷く。

 早速、目を瞑り探知を開始する。


 俺が自分ではなくモモに探知をお願いしたのには理由がある。

 それは、闇属性を持つモモが異常に魔物の探知が得意だからだ。

 俺や他の皆も魔物の探知は出来るが、その精度や範囲には到底敵わない。



 そして、僅か数秒でモモは閉じた瞼を開ける。


「おーピッタリだね! アルスさん下だよ!」

「え、下……?」

「そう、この真下にね、大きな魔物の気配があるの! しかも複数!」

「複数? 影の王って一体だけだよな……?」


 モモの言葉に一瞬思考が働く。


 が、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 まさに一刻を争う状況だ。


 俺も今度は目を瞑り、探知魔法を発動する。

 もし、これでその魔物と同じ位置にアイツらがいるなら――


 周囲が黒い闇に包まれ、人間の魔力を蒼い炎の様に感じる。


 魔物の探知はモモが遥かに上だが、人間の探知に関しては俺の方が精度が高い。

 そのため、少し手間だが俺がこうして改めて探知し、仲間達の居場所を探る。


 そして、蒼い炎はモモが言った複数の魔物と”同じ場所”つまり真下に確認できた。


「なら、やるしかないな」

「え、えっと……アルスさん何やる気か聞いていい?」

「ん? そんなのもちろんこの真下を一気に掘り進めるんだけど?」

「いや、それ……ええぇぇっ!?」

「ほら、時間もないしモモも手伝えよ」

「でもなんか落盤とかそういうの大丈夫かな……?」

「ここは精霊の洞窟。そんな柔には作られてないさ」


 アルスはそう言うと自ら銀の剣を鞘から引き抜く。

 抜いた銀剣は陽光に反射し、眩い光を発する。


「モモ、俺の詠唱に合わせろよ?」

「う、うん! 任せといてっ!」


 アルスの言葉にモモは頷き、お互いに詠唱を始める。


「風の遊戯、旋盤の戯れ、無数に踊り、集まる加護――纏え、風神!!」

「闇は永久に、花は枯れ、黒き薔薇を顕現させよ――咲け、黒の円舞曲!!」


 二人の言葉から紡がれた詠唱は、無数の土煙を発生させた。


「ここからキツイけど、気合い入れろよモモッ!」

「あ、アルスさんこそね!」



 互いに笑みを浮かべると、同時に大きな轟音が辺りに響き渡った。




□□□




 時間は戻り、現在へ――




 風の魔法と共に俺は洞窟の内部へと降り立つ。


 周囲はかなり広い空間で、おそらく直径百メートル近くはあるだろうか?

 ぐるりと周囲を見渡せば、既に怪しい七つの影がこちらを見ている。


 どうやら俺は、かなり危うい場面で来てしまったらしい。



『アルス(さん)ッ!?』



 まだ一週間と少ししか経ってないのにどこか懐かしい声が耳に届く。


 あぁ、そうだ。この声……仲間の声。

 影に阻まれ、こちらからはハッキリと姿が見えないが、しっかりと彼らの魔力を感じる。

 ジェストの常に安定した静謐を思わせる魔力。

 ベシアの魔力は相変わらず激しく荒ぶり。

 セリナの穏やかなで心安らぐ魔力。

 フェイは、少し魔力が弱っているがちゃんと感じる。


 そして、ロイの鋭く全てを威嚇するかの様な魔力も――ん? いつもと少し魔力の感じが違うような……?


 ほんの少し前に比べて違うロイの魔力に違和感を覚える。


 ――が、今はそんな事に気を取られてる場合じゃないな。



 俺は抜いた銀の剣――至剣『メイストル』を天へとかざす。


 俺とモモが今さっき開けた大穴から日の光が差し込み、目の前の影達と俺を照らす。

 光を受け輝く銀の刀身。


「――短縮詠唱カットスペル――風を纏え、至境を超えろ、フロウマーザスッ!!」


 銀の刀身を包み込む様に、緑の風がゆっくりと周囲を周り始め、その速度を次第に速くしていく。



 そして、十秒程が経つと、銀の刀身は薄く緑色に包まれ、その刃から圧倒的な気配を感じさせる。


 俺が使った魔法はフロウマーザス。


 独自に生み出した魔法の一つで、剣の刃に張り付いた風はあらゆるモノを斬り裂き、剣の強度や切れ味を数十倍にも向上させる。


 俺が戦闘で毎度使うお馴染みの魔法だ。



「おい、モモッ! 早く降りてこい!」


 俺より少し遅れて上空を黒い雲の様なモノに乗り、降りて来る黒髪の少女へ声を向ける。

 

「無茶言わないでくださいよぉ~! アルスさんみたいに風魔法使ってパパッと降りてこれないんですからねこっちは!」


 空中で怒鳴りつける様な声と共にモモが言う。

 まぁ、確かにこの少女が言う様に、本来ならそんな急かすべきではないんだろうけど……。


 改めて周囲に視線を向ける。


 既にこちらの準備が整うのを待つ気はない影達が無数の手を張り巡らせ、こちらへと向かっていた。


「ったく、仲間と感動の再開をする暇すらないな」


 視界の端に映る彼らに少し後ろ髪を引かれる感覚を持ちながら、俺は銀の剣を振るう。


 ヒュン、という風を斬る音が数度鳴る。


 ――ッ!!?


 魔物から伝わる明らかな動揺。

 どうやらこの影達にも意思というモノがあるらしい。


 俺の眼前まで迫っていた手は細切れになり、その場で消失する。


「っと、まだまだ来るよな当然」


 相手は休む暇を与えてくれない。


 地面、上空、前方、後方、左右――全方位から無数の影が一気にこちらへ向かってくる。


 力業で何とか出来なくもないが……それをやるとかなりの魔力を消費する。

 おそらくまだ戦いは続くだろうし、ここで俺がリタイアするわけにもいかない――なら!


 俺はすぐそこまで迫った影に対し”何もしなかった”



 そう、何もする必要なんてない。


 俺は今”一人”で戦ってるわけじゃないんだから。



「やらせません!」

「ッケ、アタシの仲間に手出しはさせねぇ!」

「アルスさんはモモが守りますっ!」

「ッチ!!」



 三人――いや、四人の攻撃が俺に迫った影をそれぞれの技と魔法で一層する。


 紫電の電流が目の前を横切り、

 紅い斬撃が地面を穿ち、

 黒い銃弾が上空の闇を晴らし、


 そして、光の残滓が周りを照らす。



「ッチ、言っとくが……仕方なく、だからな」


 前に聞いた時よりも、明るさを感じる声と共に金の髪が視界の端に映る。


 服は破け、身体中のあらゆるところから血を流す勇者――ロイが俺と背中を合わせた。


 そして、それに続けとばかりにジェスト、ベシア、モモも影の間を縫い、こちらへとやってくる。


「おいおいアルス! なにカッコいい登場の仕方してんのさ!」

「ですね。タイミングを計ったような感じでした」

「あー! ベシアさん私のアルスさんに気軽に触れちゃダメだよー!」


 ベシアは俺の頭を掴み、自らの胸へ寄せ。

 ジェストは相変わらずの冷静な瞳でこちらに視線を送る。

 モモも何故か俺の左腕に引っ付き、ベシアから引き剥がそうと非力な力を込めていた。


 懐かしい感覚。

 ほんの少し前まではこんな感じで仲間と接していたのに、先程と同様にとても懐かしく感じる。

 

 たかが一週間、されど一週間という事なのだろうか。


 それだけ俺は彼らと共に過ごしていた時間を大事にしていた。


 ……という事なんだろうな。



「おい、あんまり気を抜くなよ。まだ敵は七体残ってるんだからな」


 ロイの緊迫した声が、俺達の意識を引き戻す。

 相変わらず周囲には七体の影が立ち並び、こちらを囲むような形で佇んでいる。


「ジェスト、作戦を」


 珍しくロイからジェストへ指示が飛ぶ。

 いつもなら何も聞かずこのまま突っ走るロイ――なのに今日はどこか変で妙に落ち着いているというか、どこかスッキリした雰囲気を感じる。

 よく分からないが、俺の知らないところで何かあったのだろうか?


「それでは、手短に。目の前の魔物は影の王で、おそらくこの七体全てが”同一個体”でしょう。なのでやる事は単純シンプルです――全てを同時に倒します」


 ジェストの声が届く。


 丁度いい事に目の前の影達はジッとその場で静止し、動かない。

 先程の俺の攻撃や仲間の攻撃を受け、どうやら警戒しているようだ。


 全員が周囲に警戒を張り巡らせたまま、ジェストの声に耳を傾ける。


「ここらは全て予想になりますが、この影の王が持つ性質……それは複製です」

「複製?」

「確か、影の王自体が魔王の複製じゃなかったっけ?」


「ええ、その通りです。魔王の複製が影の王――そして、影の王は皆それぞれ魔王が持ちうる能力の一つを何かしら継承しています。文献に載っている破壊、浸食、暴走などです。目の前にいるこの『影の王』は複製という特性を持っているのでしょう。そう過程すれば何故先代の勇者が倒したはずの影の王がまだいるのか、そして何故その数を今増やせたのか、その全てに説明がつきます」


 とても説得力のある仮設。

 流石というべきか、ジェストのこういった博識さと冷静で素早い状況判断、そして予測考察には相変わらず目を見張るモノがある。


「つまりコイツラは際限なく増えていくってのか! それは流石にキツイぞ!」

「考えただけで眩暈が……」


 ベシアが明らかな動揺を見せ、モモがフラフラとその場にへたり込む。


「いえ、複製なんてそう簡単に出来るわけありません。よく考えてください、もし彼らが際限なく増殖出来るなら魔王が弱っていたこの長い間でもっと増えているはずでは?」

「つまり、増えるのにもかなり時間が掛かるって事か?」

「はい。まぁ全部推測なので断言は出来ませんし、間違ってる可能性も十分にありますが……」


 珍しく少しだけ自信の無い表情を浮かべるジェスト。

 流石に全然情報が足りないこの状況では殆どが予想や推測になる。

 いくらジェストと言えど――


「お前の予想が外れた事はねぇだろ。……だから、オレはお前の予想を信じる」


 いや、本当に、どうしたんだロイの奴?

 ここまで殊勝な奴だっただろうか?

 人の説明をこんなしっかり聞いてる彼を見るのはいつ以来――それこそ子供の頃まで遡らないといけない気がする。


 しかし、ロイの言った事は正しい。


「俺ももちろんジェストの意見を信じるぞ」

「アタシも」

「私も!」


 俺に続き、ベシアとモモが頷く。


「ありがとうございます。それでは早速担当を決めます。僕は左の一体、ベシアさんとモモさんは右の二体、そしてロイさんは後方の二体、最後にアルスさんが前方の二体をお願いします」


 ジェストの言葉に俺達は頷く。

 俺とロイは他よりも一体多い二体か。

 さっきの影を斬った感触を信じるなら、いけるという確信は得られる――少なくとも俺は――。


 でも……。

 チラリ、と後方に視線を送る。


 セリナが傷を癒してもらったであろう跡が残るロイ。

 いくつかの場所は未だに流血しており、今いるこの中では一番疲労の色が濃く見える。

 いつものロイなら二体も倒せるだろうが……今のロイには、少し無茶かもしれないな。


 俺はロイに気付かれない様に”保険”を掛けた。



「それでは、皆さんご武運を。次会う時はこの『影の王』を倒した時です!」



 ジェストの言葉と共に俺達は一斉に駆ける。


 視界の端に映ったモモは、詠唱を唱え周囲に黒い小さな球体を無数に出現させる。

 彼女が使う闇魔法――ソウルボール。

 触れたモノから魔力を奪う、奪う魔力が無ければ肉体を、肉体が無ければ魂を奪う死の玉。

 先程俺に迫った影を消し去ったのもこの魔法だ。

 この魔法を使うなら万が一もないだろう。


 俺は自らが倒すべき前方の二体の影へと意識を移す。


 巨体。

 おそらく十メートル前後はあるであろうその影。


 二体いる影の内の片方から無数の黒い手がこちらへ近付く。


 ――短縮詠唱カットスペル――同時詠唱オールスぺル――


 頭の中で俺が持つ二つの能力スキルを発動させる。


 短縮詠唱カットスペルは本来必要な魔法詠唱の呪文を十分の一まで短縮し発動する事が可能で、

 同時詠唱オールスペルは二つの魔法を同時に詠唱、発動を可能にする能力だ。



水を仕えし風を纏いし精よ集え大気よ満ちよッ!! 水衝破風裂斬ッ!!」


 短く唱え、同時に発動する魔法。


 こちらへ迫ってくる影の手を水の衝撃破が打ち返し、

 その間を縫う様にして無数の風の刃が片方の影を切り刻む。


 ――ッ!!!!!!!!!!


 影は静かな絶叫と共に崩れ落ちる。


 まずは、これで一体目。



 俺はすぐさま視線をもう一方の影の王へと移す。


 すると、そこには影の手が集約され、一本の剣の様なモノを生み出した影の王が佇んでいた。


「剣と剣で、勝負か。悪くないな」


 俺は銀の剣を強く握りしめる。


 ロイが持つ聖剣の様に魔法を吸収して形を変えるといったそういった特殊能力はこの剣には無い。

 しかし、この剣は魔を寄せ付けない退魔の剣でもある。


 もちろん、高位の魔物であればある程効果は薄いが、決して魔物相手では”折れる”事も”錆びる”事もない絶対の剣。


 だからこそ俺は今この瞬間、この銀剣に絶対な信頼を置ける。


――短縮詠唱カットスペル――


「無を纏いし、至極の剣ッ! 無翔剣ッ!!」


 無属性の魔法を纏わせ、俺は剣を振るう。


 対する影の王もその巨体を揺らし、影の剣をこちらへと振り下ろした。


 ――ッ!!!!!


 ぶつかり合う剣と剣が衝撃を生み、周囲の空気を撥ね退ける。


 流石魔王の複製体というだけあってその力と魔力は流石だ。


 銀の剣が押され、身体が少し沈み込む。


 負ける――そんな言葉がほんの一瞬だが頭を過ぎるが、すぐにその言葉は消え失せる。


 何故なら周囲で戦う仲間の魔力を今この瞬間も感じているから。


 仲間が共に戦っている。

 それだけでこの化け物影の王に負ける想像なんかは消し飛んでしまう。


「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」


 声を張り、全身の力を剣の一点に集中させる。


 ――ッ!?


 徐々に、徐々に剣は押し返し、そして一定の距離まで戻したその時――


 俺は剣に纏わせた無属性の魔法を発動させた。


 その瞬間、影の剣は一瞬で消し飛び――


 銀の剣が勢いをそのままに影の王の巨体を斬る。


 ――ッ!!!!!!!!!!!


 真っ二つにされた身体は何度も小刻みに震え、影の王はその場で、消失した。



「ふぅ」


 俺は少しの息を吐き、周囲を確認する。


 確かに前方の二体は倒せたと確信し、やっと安堵が訪れた。


 見渡せば、

 こちらに笑顔を向けるモモ。

 鼻を擦るベシア。

 眼鏡を上げるジェストが視界に映る。


 どうやら三人も無事影の王を倒したらしい。


 ならば、あと残すところは……


 そうして俺が振り返ると、そこには丁度一体の影の王を滅するロイの姿があった。




□□□




「うらああああっ!!!」


 腕から、足から、血が流れるのを気にせずオレは光の剣を振るう。


 目の前にあった影の巨体が光の斬撃を受け、一瞬で消える。


 一体目は苦なく倒せた。

 正直最初相対した影の王に比べてあまりにも手応えが薄い気がするが、まぁいい。

 今は、次だ!


 オレは震える足に喝を入れ、全身全霊で地面を蹴り上げ、宙に舞う。


 空中でオレは光の剣を横へ薙ぐ。


 よし、これで二体――


「ッ!?」


 影にもう少しで届く――そう思った瞬間にオレの光の魔法は消えた。


 全身が脈打つの様に痛む。

 どうやらこの短期間でのダメージの蓄積と、高位魔法の連発により魔力回路が限界を迎えたらしい。


 オレの剣は一瞬で元の大きさへと戻り、横薙ぎの一戦はあっけなく空振る。


 ッチ、あともう少しだってのによぉッ!!


 身体に鞭を打ち、無理やりにでも魔法を発動させようとするが――魔法は発動せず、目の前にはこの隙を待っていたとばかりに影の手が覆いつくしていた。


「ッチ!!!」


 大きな舌打ち。

 ここまで――そう直感し、諦めかけた瞬間


「やっぱりお前はオレがいないとダメじゃんか!!!」


 真後ろに聞き慣れた男性の声が聞こえた。

 その声を聞くだけで力の抜けた全身が一気に沸き立ち、どこからかとてつもない力が湧いてくる。


「おめぇにそれだけは言われたくねぇよ!!! ”アルス”!!!」


 いつの間にか後ろから真横までやってきた白髪の青年”アルス”にオレは鋭い視線を送る。


「だったら俺より先にコイツ《影の王》を仕留めてみるんだな!」


 彼が握る銀剣が緑と青の光に包まれる。


「ったりめぇだッ!!!!」


 脈打ち痛む身体を無視して、オレは魔法を無理矢理”発動”させる。


「今求め、今感じ、今目覚めよ、光は器、光は正義、光は理――はぁあああ!!! 至光斬ッ!!!」

「緑と青の演武、風は流れに、水は溜まり、無数に存在する万象の理――うおおおお!!! 風神水連ッ!!!」


 オレとアルスの今出せる最大出力の魔法斬撃がお互いの剣から撃ちだされる。


 ゴォォ、という腹の底に響くような音共に、斬撃は見事に影の王へと到達する。



 ――ッ!!!!!!!!!!!!!


 影の王は悲鳴を上げる暇なく、まさに一瞬で消滅する。



 やったのか……?


 今度こそ全身から力が抜ける感覚を感じ、オレは真っ逆さまに地面へと落ちる。


 「――ッ! …………?」


 落下の痛みを受けると思い、目を瞑ったが……いつまで経ってもその痛みはやってこず、ゆっくりと瞼を開ける。


 すると、オレの身体は風の魔法に覆われてゆっくりと地面へと下ろされていた。


「はぁ、最後まで世話が焼けるな」


 昔から聞き慣れた声。

 そう、この風魔法は奴の――アルスの魔法だ。


 オレは今の状況を認識し、全身から噴き出そうなくらいの羞恥と嫉妬、憎しみといった様々な感情が織り交ざる。


「――ッ!! て、てめぇ、アルスッ!」

「おいおい、そこは助けてくれてありがとうじゃないのかよ……」

「はぁッ!? お前に感謝とか死んでも絶対するかよっ!!」


 本当は言いたい言葉、言ってみたい言葉、そしてしないといけない言葉がたくさんあるはずなのに、オレの口から出るのはそんないつもの様な反発的な言葉ばかり。


 正直言って自分が嫌になる。

 他の仲間には少しは素直に慣れたと思ったらこれだ……。


 まともにアルスの顔が見れず、オレは顔を逸らす。


 洞窟内に差し込む日差しがとても眩しく。

 どこか温かい。


「はぁ……」


 倒れ込むオレの横に、溜め息吐いてアルスが座る。


 二人の間には微妙な空気が流れ、少しの沈黙が生まれた。



「あ、……あ、……あ、のよ……アルス……オレ、その……」


 何度も喉に出掛かる言葉を飲み込んでは吐き出そうとする。


 今一番オレがコイツに言わなければいけない言葉。


 そう、それは――




「わ、悪かった……」


 謝罪。


 今までの、そして最近の、全てに向けた言葉。


 オレはこうして人生で”初めて”幼馴染の青年アルスに謝った。



 これでやっとオレ達の物語は始まりを迎える。

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