第5話

 私の愛おしい息子へ。

 あなたが無邪気に笑っていた幼い頃から、ずっとずっと傍で見守っていました。

 本当はお父さん欲しかったよね? 私には相談できないことも沢山あったのでしょう?

 あなたが不治の病を患ったと知ったあのとき、私はとても絶望したの。この世にたった一人の大切家族が、私の視界から消えてしまうことが怖かったわ。片時も目を離したくなかった。あなたにとって、きっとそれは鬱陶しくて堪らなかったよね? こんなお母さんでごめんね。

 でも、もしも許されるのならば、私はまだあなたと過ごしたい。あなたの成長を見届けたい……。



 救急車が迎えに来て、目を開けてくれない我が息子が乗せられる。慣れているはずなのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするの? まるで、救急車があなたをそのままあの世に連れ去ってしまいそうで怖い。


「奥さん落ち着いて! 大丈夫。大丈夫ですから気をしっかり持ってください!」


 どんなに励まされたって、原因すら解明されていない病気が治る保証なんてどこにもない。良い歳した親が情けないと思うかもしれないけど、視界がかすんで横たわるあなたが見えないの。


「奥さん、奥さん!」


 いつから眠っていたのだろう。白衣の男性に呼び掛けられて、目が覚めた場所は真っ白な部屋だった。

 白衣の男性には見覚えがある。そう、リョウちゃんの担当医師の方だ。私はどうして病室で眠っていたのかしら……。


「良かった。救急車の中で奥さんがショックのあまり気絶してしまったらしいです。覚えていますか」

「えっと……」


 思考を巡らせてみても、なぜか思い出せなかった。首を傾げて先生を見つめると、深刻な顔をした先生が私に目線を合わせて屈んだ。


「朝食の際に息子さんが倒れられたんですよ。酷く動揺した様子で連絡が来たんです。ショックで記憶が曖昧なんでしょう」

「そ、んな……。リョウちゃんは? リョウちゃんは無事ですか」


 先生の言葉に耳を疑った。でも、私が病院にいる理由なんて一つしかない。納得せざるを得ない状況だからこそ、状況把握よりもリョウちゃんが心配だった。


「起きたばかりの奥さんに話しにくいのですが……。亮太くんは一命は取り留めました。しかし、病状は悪化しています。最善は尽くしましたが、このまま目を覚まさない可能性があります。残念ながら、あとは彼の気力次第なんです」


 俯いた先生の言葉が突き刺さる。鋭利な刃物で刺されるよりも鋭く、心を抉られるようだ。

 愛する夫を癌で亡くし、今度は愛しい息子まで失うの?

 どうしていつも、病気が襲うのは私じゃないのかな……。


「彼に生きる気力があれば必ず目覚めます。しっかりとした事例があります。克服した人たちによれば、眠りの底で患者は生きる意味を探すそうです。選択肢を狭まれて死を選ぶか、生を選ぶかは亮太くん次第なんです」

「リョウちゃんの、生き甲斐?」

「きっと大丈夫ですよ。彼にはあなたがいるじゃないですか」


 あぁ、神様はなんて残酷なのでしょう。お医者様の話が正しいのなら、リョウちゃんがもし息絶えてしまったら、彼にはこの世に生き甲斐がないということ。

 つまり、私が生き甲斐になってあげられなかった証ということでしょう?

 母親なら自信を持たなければならないのに、どうして絶望が頭をよぎるの……。

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