第4話
エルザはあの日、僕の存在に気付いてからというもの、毎日あの洞窟でハープを奏でるようになった。
僕がどれだけ応答しなくても、エルザは毎日曲の前後に僕に語り掛けてくる。その諦めの悪さを見習いたい。こんな簡単に人生を諦めようとしている僕とは大違いだ。
神様、幽霊、人狼、人魚……。人間の想像から生まれたとされる生き物だ。中には信じている人もいるだろうが、基本は迷信と捉えて終わる。でもそれが実在していたとしたらどうなる?
見つかった瞬間、保護という名の拘束をされるだろう。良くされているように見えて不自由な日々。下手をすれば動物園や水族館のような鑑賞対象になってしまうかもしれない。
僕は母と担当医師やナース以外とあまり接点がないとは言え、誰にもつけられないという保証はない。もし、僕の行動が怪しまれたとき、洞窟に行くのを止めれば、大事には至らないだろう。でも、近くでエルザと会話を交わしてしまったら、きっと後には引けなくなる。
そもそも病人の僕が毎日散歩している時点で不思議がる人もいる。しかも、母は極度の心配症だ。その内散歩に同行すると言い出すかもしれない。
勝手に人魚のことを心配するなんて
悩む必要はないのだが、エルザを危険に晒したくない一方で、彼女を深く知ってみたいと思う自分がいる。
「まいったな」
月が窓越しに僕を見守る中、ベッドに寝そべり呟いた。あぁ、今夜は無駄な葛藤を強いられて眠れそうにない。
そんな僕の予想を超え、睡魔は当たり前のように襲ってきた。いつ眠ったのか記憶がないほどに……。
翌日。目が覚めたときにはお天道様が空に上がっていた。結局眠れたじゃないかと思いながらリビングに向かった。
あぁ、やけに視界が定まらない。まだ、寝足りないのかな。
「おはよう。朝食できているわよ」
「ん、おはよ」
不安定な足取りでなんとか椅子に座った。体重を椅子に掛けられたからか、少し楽になった気がする。目の前に座った母もどうやら朝食を取るらしい。
僕もさっさと食べて散歩に行こう。そう思って箸を持とうとしたのだが、空間認知がうまくできない。箸を掴もうとしても、中々手に収まらない。
「どうしたの?」
不思議そうに僕を見つめるお母さんがぼやけて見えて、返答しようとしたら睡魔が再び襲ってきたみたいに意識が遠退いた。
「リョウちゃん!? ねぇ、お願い目を開けて! リョウちゃ──」
暗い視界に夢なのか現実なのか区別がつかない。ただ、なんとなく一生懸命僕を揺さぶって呼び掛ける母の声が聞こえた気がした。
強張った声色に、大丈夫と答えてあげたかったな……。
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