第2話

 太陽の光に反射して、宝石のようにキラキラと輝く白い砂。じっと見つめれば小さな貝殻が落ちていて、その中でも綺麗だと思う貝殻を探すのは、宝探しをしているみたいで楽しい。


 波打ち際まで歩き、浜辺に腰を下ろして海の向こうを眺めた。田舎町で一番高い建物といえば、僕がお世話になっている病院だ。その病院の上から数えて三階までが木々の隙間から見えている。


 浜辺に寝そべり、右腕で顔を覆う。そうすると僕の視界はなにも見えない真っ暗な世界に変わる。


 耳でさざなみの音を聞き、自分が海の中にいるんだと想像する。鳥のさえずりが聞こえてきて、まるで海の中に空の生き物がいる気分になった。いつも通りの自然が奏でるハーモニーを聴くことだけが僕の生き甲斐になっている。


 そのまま、自然のハーモニーを子守唄代わりにして、僕は眠りの底に落ちた。意識が夢と現実を彷徨っているのか、相変わらず波の音が聞こえる。


 どれくらい彷徨っていただろうか。夢のような現実のような世界に翻弄されていた僕を、聞きなれない音が現実に引っ張り出した。


「……なんだこの音?」


 自然とはかけ離れた音がした。正確には音色というべきか。

 その音は荒んだ心を浄化する魔法のようだった。まるで水の上を歩いてリズムに乗っている神秘的な感覚だった。


 それにしても誰が楽器を奏でているのだろうか。この付近は人が近寄らないから僕のお気に入りだった。音が聞こえる範囲に人がいるとは思えないが、僕みたいな一人が好きな人が来ているのかもしれない。


 聞いたこともない透き通った音を頼りに浜辺を歩く。音が少しずつ鮮明になって、徐々に近付いていることを実感した。


 当たり前だが波打ち際に沿って歩いているせいで、音が偶に掻き消される。そのとき初めて好きだった漣の音に嫌悪感を抱いた。もし今ここに僕以外の第三者が居たのなら、確実にじゃあそこから離れろよ、と突っ込まれていたことだろう。


 永遠に辿り着ける気がしなかった。近いようで遠い音を辿る内に、元いた場所が遥か遠くになってしまった。

 気が滅入りそうにながら歩き続ける。神様は努力したものには笑い掛けてくれるらしい。洞窟の前に辿り着いた。


「中から聞こえてくる!」


 暗がりの洞窟に、恐怖よりも期待で胸が高鳴った。水滴が定期的に落ちる音を聞きながら、一歩一歩奥へと足を踏み入れた。

 行き止まりまであと少しというところで、見てはいけないものを一瞬見た気がして、足を止めて岩の壁に隠れた。


「人魚……?」


 岩陰からこっそり再度見つめ、思わず小声だが声が漏れた。

 洞窟の奥には小さな湖があった。その中心に浮き出た岩があって、そこに腰掛けてハープを奏でる少女がいた。彼女の足は宝石のように輝くあの浜辺のように、美しく幻想的な光を放つ魚の尾だった。

 薄暗い洞窟でも目立つ煌びやかな金髪に、赤いヒトデの髪飾りを着けている。


 人魚は目を瞑って滑らかな動きでハープを奏でている。岩陰で聴き入っていた僕は、突然音が止まったことに驚き思わず姿を見せ掛けた。

 一度深呼吸をして冷静になったあと、バレないようにそっと人魚を見た。ミント色の瞳を輝かせ、無邪気に笑う彼女がどこか愛おしい。


「まぁ、大変! もうこんな時間だったのね。早く戻らないとお母様に叱られてしまいますわ」


 無邪気な笑顔が焦った顔に変わった。彼女は貝殻でできたポシェットを持ち、ハープを置いて湖の底へと消えて行った。

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