ハープの音色
星々来
僕を引き寄せる音
第1話
黒を基調とした僕の部屋。
一番大きな窓に沿って置かれたベッド。その隣には焦げ茶色の机があって、右端にパソコンとペン立てがある。それから本棚が一つと、押入れには服が無造作に入っている。
シマウマ模様のカーテンが、外から入る風に吹かれて大きく宙に浮いた。風が治まると、ゆったり元の位置に戻った。
部屋を出ると目の前に玄関がある。そのまま外出したいところだが、玄関を無視してリビングに向かった。
キッチンで夕飯の仕込みをする母の背中が目に入る。リビングの方では独りでにテレビが語り掛けていた。
「ちょっと散歩してくる」
「あら、リョウちゃん。気を付けて行ってらっしゃい」
作業を止めて僕を振り返った母は、見るからにやつれている。やせ細った体で一生懸命働いて、毎日家事も
「なにかあったら周りの大人に声を掛けるのよ? 少しでも体調悪くなったらすぐに戻っていらっしゃい」
玄関に戻って靴を履いているときだった。急いで駆け付けた母の手は、ちゃんと拭かずに来たのか、濡れていた。
靴を履き終わったあと、僕を過保護に扱う母に思わず溜息を溢した。散歩をするだけなのに、心配そうに僕の顔色を
「大丈夫だよ。ただの散歩だし、無理はしないさ」
「えぇ、そうね。行ってらっしゃい」
ぶっきらぼうに答えた僕に、母はなお心配そうな顔をしている。僕はそれに気付かぬふりをして外に出た。母もサンダルを履いて着いてくる。
僕が見えなくなるまで玄関扉の前で手を振って見送ってくれた。歩きながらも時折振り返っては彼女に大きく手を振った。
家が見えなくなったところで振り返るのを止め、もう一度、今度は大きく溜息を吐いた。
「母さんは心配しすぎなんだよ。みんな揃って腫れ物扱いしやがって」
僕のことを思って心配していることは理解しているつもりだ。でも、過度な心配は正直鬱陶しい。
もちろん母が過剰に心配する理由は分かっている。
女手一つで僕を育ててくれた立派な彼女は、飴と鞭を使い分ける母親の見本だったと思う。でもそれは、僕が原因が解明されていない病気を患うことになった、小学校高学年までの話だ。
僕の病気が判明してから、環境の要因を考えた母は念のために引っ越しを決意した。都会からこの田舎に引っ越してかれこれ三か月は経っている。それだけ日が経てば、近所の人たちは僕の事情に気付く。そして、一番嫌いな腫れ物扱いに成り下がった。
「このまま死ねたら楽なのに……」
そんな言葉家では絶対口にできない。僕自身がどれだけ死を望んでも、懸命に治療方法を探してくれる医者と、心配する母を見ると言えるはずもなかった。
僕の散歩コースは決まっている。誰もいない浜辺が折り返し地点になっている。その場所は僕を癒してくれる唯一の世界だ。
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