トイレと神様

すでおに

トイレと神様

 馴染みの居酒屋で夕飯をすませ、田中はひとり家路を歩いていた。半袖のワイシャツからのぞく腕に夜気が触れている。勤務しているのは小規模の印刷会社で、出勤すると作業着に着替えるから、通勤にジャケットを着なくてもどうこう言われることはなかった。


 この日は夏の暑さも小休止といった様相で朝から気温が上がらず。おかげで汗っかきの田中も心地よく過ごせたが、代わりにいつもよりトイレが近かった。普段通りに水分を摂取してしまうのが拍車をかけ、こういう日の尿意は意地の悪い姑のように前触れもなく訪れる。仕事中何度もトイレに駆け込んだ。


 いましがた飲んだビールがすでに膀胱に到着したようだ。サーバーからグラスに注がれるが如く尿意が込み上げてきたが、公衆便所は見当たらない。背に腹は代えられず、田中は周囲に人がいないのを確認するとそばの壁に向かい、ズボンのチャックに手を掛けた。

 しかし見上げた壁の上に瓦が乗っていた。それで田中は気が付いた。そこは神社に違いなかった。


 こんなところで立小便なんぞ罰が当たる。


 あわててチャックを上げて壁に向かって会釈をし、この場を離れとっとと小便をすませようと身を翻してから思い直した。


 果たして他所にするべきか。神様はそれをお望みだろうか。


 神社に立小便などけしからん、と神様は腹を立てるだろうか。ここではなく、よそにしろと、別の民家の壁にでもしなさいと仰せられるか。


 神様ならば、よそにひっかけるくらいならここへしなさいとお引き受けくださるのではないか。どうにもならない尿意をお赦しになるのではないか。


 無礼にかわりないのだから、やっぱり罰が当たるのだろうか。見通しの甘かった己の責任か。無難に民家の壁にしておくか。しかしたまたま居合わせた場所が神社というのも因縁めいている。


 そんなことを考えているうちに尿意はどこかへ行ってしまった。

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