最終話 救いの手


 次の日、朝早くから宿を出ることになった。少しでも早く、この王都から離れるとのこと。確かにここにいてはいつ追手が来るかわからない。


 朝早くからやっているお店で、固いパンと水を買う。決しておいしくはないけれど、でも食べ物は必要。それにこのパンは持ちが良いらしいから、これから旅をする私たちにはちょうどいいのだ。


「昨日から申し訳ございません……」


「気にしないで!

 むしろこんなことに巻き込んでしまってごめんね」


 これは落ち着いたら、ちゃんと働かないとね。お金は有限!


 ひとまず食料は手に入れた。後はひたすらここから離れるだけ。私はどこに向かっているのかさっぱりわからないけれど、カナリアには目指すところがあるみたい。本当に頼もしい。


「おい、あいつら……」


 乗合馬車を探していると、そんな声が。私たちのこと、ではないよね? 顔隠しているし。でも、カナリアが痛いくらいに手首を握る。そしてそのまま走り出した。もう、気づかれた?


「あ、おい、待て!」


 なんで追いかけてくるのよ! ひたすらに走る。朝早くから働いている人たちが何事だ、とこちらを見ているけれど気にしていられない。あ、避けてくれるから、助かる。


「ちっ!

 誰だよ、傷つけるなって言ったやつ」


「下手に剣を使うこともできない」


 相手はどうやら、思うようにこちらに仕掛けられないよう。これは好都合だ。でも、さすがに体力が違いすぎる。しばらくすると私たちのスピードは明らかに落ちてきていた。とはいえ、なぜか私の体力は前よりも上がっている。なんとかまだ走れそうだ。


 でも、カナリアは……。もうかなり息が上がっている。足も動かしづらそう。そう思っていたいとき、ふいに私の手をつかんでいたカナリアの手が、緩んだ。そのまま離れていったかと思うと、背中を強く押される。


「行って!

 逃げて、美琴様!」


「え、でも……」


「私は大丈夫ですから!」


 行って、と必死に重ねるカナリア。私の足は自然とまた動き出していた。そして、そのまま走り出す。


「あ、おい、暴れるな!

 おい、あっちを追いかけろ」


「え、あ、っちょ!」


 うまくカナリアが足止めをしてくれているのか、叫び声が聞こえるだけで、こちらに迫ってくる様子はない。本当にカナリアは大丈夫なの? やっぱり戻ったほうがいいのかもしれない。でも。


 もう、無理。足を止めたのはどこかくらい路地裏。ここなら、きっとすぐに見つかることはないよね。上がった息を整えつつ、水をぐびぐびと飲む。落ち着いたら、カナリアを助けに行こうかしら。でも、傷つけるないようにって言っていたし、きっと無事よね?


 よし、少し休めたから多少は回復した。行こうかな。


「おいおい、こんなとこにきれいな姉ちゃんがいるぞ」


 誰……? 思わず振り向いた先。酒瓶を持った酔っ払い二人が、こちらをニヤニヤと見ている。二人のこちらを見る目に、逃げないと、ととっさに思っていた。それなりに足は速い方。なのに、なぜかこの2人の方が足が速い。


 すぐに追いつかれて髪をつかまれてしまった。


「痛い!

 離してよ!」


「つっかまえた」


「おい、離すなよ」


 ああ、もう! こっちの話を一切聞いていない。どうしよう。腕力では敵わないのに……。私、どうなるの?


「……だ、誰か、助けて!」


「あ、おい、叫ぶなよ」


「いや、誰も来ないだろう」


 がばっと口を押えられる。ああ、もう声を届けることもできない。カナリア!


 どうして、こんなことに。思わず涙がこぼれそうになった時、不意に口を押えられた苦しさも、体を抑えられていた痛さも軽くなる。近くで聞こえたうめき声に、やっとあいつらが飛ばされたことに気が付いた。


「ご無事ですか!?」


「トークラナ、様……」


「ああ、よかった……。

 あなたがいなくなったと知ったとき、どれほど!」


 ぎゅっと、痛いほどに抱きしめられる。本当に、助けに来てくれた。黙って勝手に出ていったのに。


「あ、トークラナ、さまぁぁぁ!」


「み、美琴様!?」


 もう駄目だった。幼子みたいにトークラナ様に抱き着いて、泣きまくる。後から思い返すと、恥ずかしいほどに。


 トークラナ様はそのまま、なにも聞かずに私を抱きしめて頭をなでていてくれた。やっと落ち着いたときに、ようやく口を開く。


「どうして、城を抜け出したのですか?」


「あの王子が、自分の部屋に来いって。 

 絶対に、一緒になりたくなかったから」


「なるほど……。

 あの王子が手を出せないのなら、あなたは戻ってきてくださるのですか?」


「え、ええ、まあ。

 本当はあの城に戻りたくないけれど、でも、あそこが一番安全みたいだもの」


 ちらりと伸された男性に視線を向ける。つい苦い顔になるのは仕方ないよね。そんなことを思っていたら、さっと体を向けて視界から遠ざけてくれた。


「わ、私と一緒なのは、平気なのですか?」


「え、ええ」


 トークラナ様と一緒? それはもちろん大丈夫。今だってこんなにも安心できるのだもの。すると、なんだか嬉しそうな顔をして、トークラナ様が立ち上がる。歩き出すとかすかなしんどうが伝わって、それが眠気を誘ってきた。


***********


「というのが、私と旦那様の馴れ初めなの」


「お母様は、違う世界の人?」


「ええ、そうよ。

 あなたにもその血が流れているわね」


「えへへ、僕ね、お母様と一緒なこの髪、大好き。

 ……お母様は、元の世界に戻りたいと思わないの?」


「元の世界に? 

 そうね、たまに戻りたくなるわ。

 でも、あなたたちがここにいるから」


「そっかぁ」


 にこり、と笑う愛おしい我が子。私は結局この世界で生活することを選んだ。


「聖女様、そろそろお仕事の時間です」


「まあ、もう? 

 いい子に待っていてね」


「うん!」


 『聖女』がどういう存在なのか、未だによくわからない。でも、私は聖女としてこの国の人々の憂いや悩みを聞いている。そうそう、あの王子は結局あの後城を追われて、離宮で暮らすことになったとか。


 不意に始まった生活だけれど、旦那様と息子と、カナリア。愛おしい人たちと幸せな日々を送ることができている。この人たちと出会うために、私はこの世界に来たのかもしれない。


****************

「ああ、今回はそういう結末を描いたのだね」


「ああ」


「ふふ、ゲームの中の世界とも知らずに実に幸せそうな顔で」


「まあ、それだけあなたの作り出す世界の完成度が高いということでしょう」


「そうかな? 

 まあ、満足してくれたのなら、製作者としては嬉しい限りだよ」


「で、どうします? 

 こっち戻ってくる気配ないですよ」


「目覚めるまで、己の望む幸せな夢を見ているといいさ……」



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いきなり異世界に落とされて、いきなり聖女と呼ばれても… mio @mio-12

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