第9話 深夜の逃走


 急いで戻ってきたカナリアは、腕に懐かしい制服を抱えていた。それと、重そうなバッグも。


「お待たせいたしました。

 夜を持って、ここを抜け出しましょう」


「ほ、本当に……?」


 こくり、とうなずくカナリア。どうしてだろう。私は望んでいたはずなのだ、ここを出ることを。でも、ここは私を守ってくれていたことは確か。身一つで、というのがこんなに怖いなんて。でも、独り、ではないよね?


「カナリアは一緒に来てくれるのよね?」


「美琴様が望まれるのでしたら」


「当たり前じゃない」


 がしっと、カナリアの腕をつかむ。って、どうしてそんなに嬉しそうに笑っているのかしら……?


「では共に。

 でも、念のためこちらをお持ちくださいね」


 ぎゅっと握らされたのは、何か固いもの。手の中を覗いてみると、まるでお金のようなものが。でも、見慣れたものとは違うみたい。


「これは?」


「この国のお金です。

 こちらが銀貨、こちらが銅貨です。

 銅貨百枚で銀貨一枚ですね」


「な、なるほど」


 あまり自信はないけれど、簡単な計算は大丈夫。文字もここに来てから、ちゃんと教えてもらった。読めたら、きっとちゃんと買い物ができるはず。さぼらずに言葉を学んでいてよかった。


「護衛が交代するとき、一瞬隙が生まれます。

 その隙にここを抜け、城を抜けます。

 いいですか、何があっても足を止めないでください」


「う、うん」

 

 何があっても。そんな怖いこと言わないでよ……。でも、カナリアのあまりの真剣さに思わずうなずいていた。そのまま、夜まで待機することに。本当にここから抜け出すんだ……。私の心臓は、ばくばくと音を立てている。さすがにもう少し落ち着かないと。


「紅茶をお入れしましょう。

 落ち着きますよ」


「カナリア……。

 ありがとう」


 ああ、よかった。カナリアがいて。独りだったら、きっともう駄目だった。うん、温かいお茶を飲んだら、なんだか落ち着いた。そのまま他愛のない話をしていると、意外なことに時間はあっという間に過ぎてくれた。


「では、行きましょう」

 

 声を低めてカナリアがそう言う。外では人が扉の前から離れていく音がしていた。


 ガチャリ、とかすかな音を立てながら扉があく。そっと扉の外に出て、すぐに扉を閉める。なるべく音をたてないように廊下を走る。ずっとカナリアの後を必死に追った。


 間もなく外に出ると、見回りをしている兵が何人かいたが、その死角をカナリアはうまくぬっていく。そして、かなり狭くて植物が好き勝手に成長したのか? というところを抜けていく。そのまましばらく走ると、建物が密集した地域に出てきた。


「ここって……」


「もう城の外ですよ。

 ほら、あちらに城が」


 カナリアが指し示す方を見てみる。すると、暗闇の中、幻想的に浮かび上がる城が。ああ。あそこはあんなにもきれいなところだったのか。とても、きれい。


「行きましょう、美琴様」


「え、ええ」


 そしてカナリアが入っていったのは、とある建物。外にも声が響くくらい、中はがやがやとしていた。ここは、酒屋……?


「すみません、今晩二人泊まれます?」


「ん?

 ああ、一部屋なら泊まれるよ」


「ではそれで」


「あいよ。

 食事は?」


「結構です」


 じゃ、銀貨二枚ね、という店番にカナリアがお金を出す。そしてそのまま部屋へと案内してもらった。ここには外からかけられる鍵なんてなくて、内側からスライドしてかけられるものがかろうじてついている感じ。あまり安全そうではない……。


「申し訳ございません。

 今日はこちらで我慢していただいてよろしいですか?」


「あ、うん。

 大丈夫!」


 どんなに豪華でも、絶対に第二王子のところに行くなんて嫌。だったらこれくらい我慢できる気がする。もう深夜だったこともあり、今日はそのまま休むことになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る