第8話 等身大の私


「全く、多少はマナーというものを理解したようですが、イーサンに口答えしていたとは。

 カナリアではだめなのかしら」


「申し訳ございません。

 初めてのお茶会に緊張してしまったようで」


 一日開いて今日、急に王妃が訪ねてきた。昨日は疲れているだろうから、と授業もなく久しぶりにのんびりとした時間を楽しめて、楽しかったのに……。


「まあ、それはそうでしょうけれど。

 くれぐれも気を付けなさいね。

 もうしばらく様子を見てあげます。

 それでも改善しないようなら、イーサンを指導してくださった先生に頼もうかしら」


 え、それは逆に楽そう。ちゃんと指導してもらって、まともな口もきけないなら、きっと先生か殿下、どちらかが決定的にだめだったのだろうし。殿下がだめだったとしても、そんな人を受け入れてくれるような人だものね!


「あなたは聖女なのでしょう?

イーサンのためにも、早急にどうにかなさい」


 ふん、とそれだけ言うと部屋を去る王妃。ちなみにあの王妃、平民が使っているようなもの、不潔だわみたいなことを言って、椅子に座りもしなかった。いや、あの、あくまで私は聖女、この国に幸福をもたらす存在なのでは? 認めないけれど。


 それに殿下のために? いやいやなんの冗談ですか? あのぼんくら殿下のために私が努力するなんてありえないのですが。努力するなら、せめてアルクレッド殿下、とか、トークラナ様、あとカナリアのためくらいだわ。


「大丈夫ですか?」


「うん!

 誰も訪れていない、だから大丈夫」


「え……?

 あ、はい!

 そうですね、どなたもいらっしゃっていませんね」


 互いの目を見てほほ笑む。うん、ここに王妃なんて来なかった、ということで。


「ねえ、どうして聖女は、異世界からの人は国を幸せにすると言うのかしら?」


 ボフっとベッドに倒れこむ。いつもならドレスを着て寝転がらないで! と怒られるけれど、何も言わない? ちら、とカナリアの方を見ると、何か考え込んでいる様子。どうしたんだろう。


「どうして、でしょう。

 あの、ご気分を害されましたら申し訳ないのですが……。

 美琴様は良くも悪くも、どこにでもいる少女です。

 特別な、力をお持ちになっていらっしゃるわけでもない。

 それでも、美琴様と同じ境遇の方は皆『聖女』と呼ばれるのです」


 どこにでもいる少女。特別な力を持っているわけでもない。それは事実だ。でも。


「それでも、カナリアは側にいてくれる……?」


「もちろんです。

 私は美琴様の侍女ですから」


 力強くうなずいてくれるカナリア。ああ、私はこの言葉が欲しかった。等身大の私を知って、それでも認めてくれる言葉が、ずっとほしかった。


「み、美琴様!?」


「ありがとう、カナリア」


 ああ、抱きしめてしまったから、涙がカナリアの服にしみてしまった。ご、ごめんカナリア。


「美琴様、これだけは知っていてほしいのです。

 美琴様の味方は、私以外にも確かにいますよ」


 カナリア以外の、味方。どうしてだろう、真っ先に浮かんだのはトークラナ様だった。そして、アルクレッド殿下。きっとあの晩に、手を差し伸べてくれたから、よね。ああ、でも。もう少しだけ、ここで頑張ってみようかしら。


***********


 と、思ったこともありました。が、もう無理……。


「だからな、お前はもっと僕を尊敬するべきだ。

 僕のおかげで王妃になれるのだぞ?」


「ソウデスネ」


「ふふん、少しはわかってきたようではないか。

 そうだ、お前明日から僕の部屋に来ればいい」


「……は?」


「いい案だろう」


 まただ。ぞっとする目で、こちらを見てくる。これが威圧感とか、そういうタイプのものなら、まだ腐っても王族か、と思うのだけれど。なんというか、貞操の危機といったタイプのぞっ、なのだ。つまり、絶対にこいつの部屋に行ってはいけない。


「ご、ご冗談を。

 王妃様には、まだ教養が足りないと言われておりますし」


「ああ、僕が教えてやろうじゃないか。

 ふふん、感謝するといい」


 あ、こいつだめだ。もう自分の考えに浸っている。気持ち悪い……。


 なんとか笑顔だけはキープ。ひとしきりしゃべって満足したのか、そのうち殿下は帰っていった。え、今晩迎えをよこすって冗談、だよね? 冗談であってほしいんだけれど。


「み、美琴、様……」


「あはは、何でそんなに顔を白くしているの?

 じょ、冗談だよね?」

 

 お願いだから、とすがる思いでカナリアを見る。でも、カナリアは力なく顔を横に振るだけだった。本当に? 本当にあいつが迎えに来るの?


「逃げましょう、美琴様」


「え?

 何言っているの?」


「美琴様がお召しになっていた服、すぐにとってまいります。

 気が付かれないうちに、城から逃げないと」


「え、あの、そこまで?」


「あの方は、この国の王妃の子なのですよ? 

 本気で何かをなそうとなされば、誰にも止めることはできません。

 ましてや、『聖女』と王子の婚姻は国中に望まれること。 

 誰が止めましょうか」


だれも、止めてくれない。思考がフリーズする。そ、そんなの嫌だ。私、あいつへの愛情なんて、かけらも持ち合わせていないもの。いやだ。


「少々お待ちください」


 そういうと、カナリアは部屋を出ていく。ああ、どうしてこうなってしまったの? 王妃も、ぼんくら王子もいらない。知らない世界だけれど、せめて平穏な日々が送れればって、そう思っていたのに。



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