第9話 【チームとしての武器選び】
「この中から、自分が使えそうなものを一つ選べ。種類は問わん。ただし、一人にひとつだけだ」
前に立つ帝国兵が僕たちにそう言ってくる。
だが……実際問題、今までの人生で武器などまともに使ったことのない僕が何を選べばいいのか、正直わからなかった。
「やっぱり私はこれね」
そんな中、イリスは迷いなく長剣の一振りを樽から取り出す。
そして鞘から剣を抜くと、鮮やかな波紋が日光を照らした。
「ふむ……補給品にしては、悪くないわね」
何度か頷いて、剣を鞘に戻すイリス。
その何気ない仕草が様になっていて、思わず見つめていると、彼女が僕たちの方を見て言ってきた。
「私は終わったわ。あなた達は?」
「まあ、オレにはこいつが一番馴染むぜ……へへっ」
次にエダンが、樽から短剣を拾い上げて懐に仕舞う。
それをイリスが眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「そんなもので魔物と戦えるの?」
「良いんだよ別に。他のものは、正直使える気ぃしねぇしな」
薄ら笑いをして答えるエダンから視線を移して、イリスは未だ悩んでいるルシの方を見て話した。
「ルシは? まだ選べない?」
「わ、わたしは……武器なんて、使ったことなくって……」
ルシはずっしりと並ぶ武具の山を見て戸惑いの表情を浮かべる。
こうやって見ると、武器と無縁の生活を送ってきた人間には、何かを殺めるための道具が大量に目の前にあるだけでも、威圧される光景かも知れない……そう思えてくる。
そしてそんなルシを見て、エダンが肩を竦めて言ってきた。
「そういやルシちゃんて魔術師だっけかぁ……。なんなら、オレと同じ短剣にしたらどうだ? 軽いから持ち歩きも楽で、小回りも利くからな」
「そ、そう、ですね……」
そう提案してくるエダンの話に、ルシも納得したように頷く。
でもそこに、イリスが横槍を入れてきた。
「それは却下よ。確かに護身用としてみれば短剣がいいけど、今選ぶべきものは魔物と戦うための武器なんだから」
そう言って、自分の長剣を腰に差して近づいてくるイリスに、エダンが抗議の声を出してくる。
「なんだよ、じゃオレも短剣じゃダメなのかよ?」
「あなたは短剣に馴染みがあるようだけど、ルシの場合は違うわ。ルシ、あなた……この短剣で、目の前で動き回る生きた相手の心臓を突き刺せる?」
短剣を拾い、ルシの前に出してそう聞くイリスに、ルシは一歩後ろに下がりながら首を激しく振る。
「い、いえ……いきなり、そんなこと言われても……!」
そしてそんなルシの反応を予想していたのか、イリスが短剣を樽に戻しながら言ってきた。
「技術云々以前に、短剣の短い間合いの中で、生きた何かを突き刺したり斬りつけたりするのは度胸がいる。血肉が飛び散り、返り血を浴びるのは当然として、自分もその危険な間合いの中に身をさらけ出す事を意味するわ」
そう話したイリスは、横の樽で弓を引っこ抜いてルシに手渡してきた。
「だから、あなたはこれを使いなさい? 弓なら遠くからも狙えるし、比較的に安全な場所に身を置けるからね」
「あ、はい……! ありがとうございます!」
慌てて弓を受け取るルシを見て一度微笑んだイリスが、無言で成り行きを見ていた帝国兵に言ってきた。
「矢の方は? 補給とか、どうなってるの?」
「……矢は必要な時に我々に話せば、その都度補給する。もちろん、無駄遣いは厳禁だが」
その答えを聞いてルシに目配りをするイリスに、エダンが疑問を投げかける。
「でもよ、ルシちゃんて、弓も使ったことないんだろ? そんなんで、そう簡単に矢が敵に当たるのかよ?」
「そ、それは……」
自信なさげに俯くルシに代わり、イリスが胸を張って答えた。
「私たちが戦う紅月の日は、それこそ魔物の軍勢、大規模の群れが相手なのよ? 遠くの小さな的を当てるような芸当は必要ないわ。たぶん、この砦の周りは全て魔物で埋め尽くされる……適当に射ても魔物に当たるはずだし、仮に当たらなくても牽制にはなる。全然問題ないわ」
確かにそう言われれば、一理ある話だった。
実際どのように紅月の日が進行するのか、噂程度しか僕も知らないが、たぶんこの砦内での防御戦になるはず。だったら別に的を絞る必要もない。
それに……別に僕たちには、武勲を挙げるために魔物の討伐数を競う理由もなかった。
「ガルム、あなたはどうするの?」
「僕は……」
急に話を振られて、僕は置かれた武具を見渡す。
だが何かを選ぼうにも、どれにするべきなのか、正直検討もつかなかった。
「武器を使った経験は?」
「……ない」
続けて聞いてくるイリスに、軽い苛立ちを覚えながら答える。
すると彼女は僕と武具、両方を交互に見て言ってきた。
「ん……ガルムは結構力ありそうだし、ハンマーにしなさい? 武器の扱いを知らないなら、剣よりは振り回して殴る叩くの方が使いやすいはずよ」
彼女に指示された通り、ハンマーを一つ樽から抜いて掴み上げる。
結構な重量だが、僕にとっては手慣れた重さでもあった。
「どう? 使えそ?」
「……ああ」
素直に彼女の言葉に従うのは癪だったが、元々木こりで、食料プラントでも農機具ばかり使っていた僕には、慣れてない剣よりかは、こっちの方が手に馴染む感覚だった。
「お前はガタイいいからなー。そうして構えてると、中々威圧感あるぜ?」
エダンが茶化すようにそう言ってくる。
一方、イリスは僕をじっと見ては、また何かを注文してきた。
「ガルムって、それ……片手で振り回せる?」
「……あ、ああ。できるにはできるが」
木こりの時に使う斧よりは少し長さが短い分、精度は落ちるが片手で使おうと思えば使えなないこともない。
実際に片手で軽く振ってみると、体が流されることもなく問題なく扱えた。
「なら、ガルムは盾も持った方がいいわね」
「盾……?」
武具が置かれた壇上の片隅に、高く積まれた盾の山を見る。
それは大きさからして全身盾で、武器を選んでいる他の志願兵たちは、あまりそこには近寄らない状態だった。
「おいおい、イリスちゃん~。あれはいくらなんでもなぁー……。あんなの持って動き回ったら、いくらガルムでもすぐバテてしまうぜ?」
肩を竦めて冗談めかしに話すエダンの言葉にも、イリスは僕を見て言ってきた。
「確かに大きさのせいで立ち回りが悪くなるけど、その分、防御力を考えたら確実な手段でもあるのよ? 至近距離で、変に避けたり躱したりすることを考えるよりは、盾で受け止めるのが安全だわ」
そこまで話したイリスは、僕たち全員を見回しながら話を続ける。
「それに敵は武器を持った同じ人間ではなく、魔物の群れ。どんな攻撃手段を持っているかなんて、魔物の種類によって千差万別だから。その点、あの大きい盾は、少なくとも班の中に一人は持っているのが理想的だと私は思うんだけど……どうかしら?」
イリスの言葉を聞いて、皆が押し黙る。
彼女を除けば、元木こりに泥棒、魔法学園の学生と……戦闘には素人ばかりと言える集団だ。
どうしても、彼女の言葉の方が信憑性のあるものとして聞こえてしまう。
「…………」
人混みをかき分けて、積まれている盾の中の一つを持ち上げてみる。
それは背の高い僕でも、ちょっと屈めば全身を隠せるくらいの高さと横幅を持っていた。
「おいおい……これ、下手するとオレたち全員隠れられるんじゃないか?」
エダンが僕の隣に来て、同じく盾の陰に隠れてみせる。そしてイリスが僕に聞いてきた。
「どう? 持てる?」
「ああ……でも、さすがに移動するときは邪魔だな」
重さはなんとかなるが、大きさのせいでどうしても動きに制限が掛かる。
これでは戦闘の最中はなんとかなっても、もし長距離を移動したり、走り回ったりするのは無理があるように思えた。
「……部屋にある補給品の中に細縄も入っていたわね。それで盾の取っ手に輪を作って、移動する時は背中に担いていけば良いんじゃないかしら」
イリスは盾と僕を見比べて、そんなことを言ってきた。
「お~、さすがイリスちゃん! 頭いいわー冴えてるわー」
それにエダンが茶々を入れていると、前の方から帝国兵が声を張り上げてきた。
「選び終わったら奴は、さっさと後ろの方に下がれ! 他の連中の邪魔だ!」
明らかにこっちを見て言っている彼らに、イリスが僕たちに目配りをしてくる。
「行きましょ」
そんな彼女の後をついて人混みから抜け出し端っこの方に移動すると、まだ込み合っている壇上で帝国兵の声が練兵場内に響き渡る。
「武器を貰った班は各々訓練を始めろ――! 訓練の仕方は自由だ! ただし、武器を使っての私闘や対戦形式は禁止とする!」
「…………はあ~~?」
少し間を置いて、心底呆れたようなイリスの声が彼女の口から出てきた。
「へぇ~……自由だってよ。どうする?」
いきなり訓練とか言って、武器を持たせた後は即放任とは……帝国軍はいったい何を考えているんだ?
「訓練って言っても……何をすればいいのか……」
ルシが貰ってきた弓を持って所在なさげに僕たちを見てくる。
それで先に口を開けてきたのは、やはりイリスの方だった。
「それじゃあなた達に聞くけど……この中で魔物と戦った経験のある人っている?」
その問いに僕たちは互いに顔を合わせる。そしてエダンがバツの悪い顔で頭をかきながら言ってきた。
「いや……オレは帝都出身だからよ。帝都の周りには魔物とか全然ないんだわ」
「わ、わたしも……都市部に住んでいましたから。学園で、実験に使うスライムとかなら見ましたけど……本とか、記録以外にはさっぱりです……」
続くルシの言葉に、イリスは今度はこっちを見て聞いてきた。
「そう……。ガルムは?」
「僕は……一応ゴブリンとかなら見たことあるが、実際戦ったことはない」
そんな僕の答えにイリスは深いため息をつく。
そして頭を何度か横に振っては、僕たちに言ってきた。
「まあ予想はしてたけど、みんな魔物との戦闘は素人みたいね……わかったわ」
「そういうお前は魔物と戦ったことあるのかよ?」
「ええ。私もそう多くはないけど、何度かはね。元々私は騎士団所属だから、ね?」
聞き返すエダンの言葉に、イリスは片目を瞑って事もなげにそう答える。
「そういやイリスちゃんて騎士団長とか言ってたな……なんか今さらだけど、すげぇ偉い人なんだなぁー」
馬鹿みたい笑いながらそう話すエダンを見て、思わずため息が出る。
ここにいるとどうにも感覚が麻痺しがちになるが、目の前にいるこの女は紛れもなく一国の王女で、僕にとっては……帝国と同じく、ある意味ではそれ以上に殺したいほど憎い相手でもあった。
「いい? 多分、私たち志願兵を班として分けたのは魔物と戦うとき、班ごとに固まって戦闘するようにこうしたと見るべきよ。決して一対一で戦うのではなく、私たち4人で一体の魔物を囲んで屠る……それが確実で一番安定する方法だわ」
「ほうほう、それで?」
感心したように頷きながら続きを促すエダンに、イリスが僕たちをゆっくり見回しながら説明する。
「そうね……仮にガルムが盾役で正面に立って、その横から私とエダンが斬り込み、後ろからルシが支援する……こんな形が理想的ではあるわね。もちろん、実戦はそう簡単な話でもないけど」
それはそうだ。言葉にすれば簡単だが、混乱する戦場でそうやって役割をこなせるのは容易ではない。
……僕の故郷でも、食料プラントでも、慌てふためいて動き回っていた人間から確実に死んでいた。
それを知っているのと、緊迫した状況でも意識してそれを実践するのとでは、大きな差があることを僕は身をもって知っている。
「まあ、今はとにかく、自分の武器に馴染むことから考えましょ? いざという時に思うように扱えないんじゃ、話にならないからね」
そう言って鞘から剣を抜いて、宙に向けて素振りをしてみせるイリス。
空気を切り裂く軽快な音が周りにまで聞こえると、自然と周囲の志願兵たちの視線が彼女に集まってきた。
「ひゅひゅー、やっぱサマになってらぁ。孤高で可憐な姫騎士……ってか? へへっ」
イリスの素振り姿を眺めて、口笛を吹くエダン。
そんな彼から目をそらして、僕は自分の持つハンマーに視線を落とす。
その無骨で凶悪な形を見ていると、どうしても今の自分がいるここが、この場所が現実なのだと……否が応でも認識させられてしまうのだった。
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