第12話 【偵察隊、初の仕事】

「事務官、人員は?」

「はっ。志願兵88名、及び正規兵36名、全員確認しました」


 役回りの取り決めが終わってすぐ、各宿舎の志願兵たちは、自分の持ち場と役割の確認のためバラバラになった。

 北宿舎は外壁と砦内施設の巡察コース確認のため出て行き、東宿舎は食堂の方へ移動して、今の練兵場には僕たち西宿舎の人間だけが残されていた。


「装備の確認は済んだか? ……それでは、我々偵察隊の仕事について説明する」


 生憎と言うべきか、偵察の担当官は他でもなくゼラド兵士長だった。

 そのゼラドは、不安そうにしている志願兵たちの顔ぶれをゆっくり見回しながら話を始める。


「今お前たちがいる第七砦は、俗名『荒野』と呼ばれる地域と『死者の森』の間にある。そして我々の仕事はこの砦周辺をまわって、もし逸れた魔物や『魔力の渦』を発見したら、それを処理するのが役目だ」


 ゼラドの話で、志願兵たちが再びざわめき始める。

 言ってしまえば、この偵察任務が最も危険な役回りのように聞こえたからだ。


「まあ言葉で説明するより、実際に行ってみればわかることだ。今から出る、ついて来い」


 そんな志願兵たちの反応を意にも介さず、ゼラドは言うだけ言ってそのまま練兵場の出口へ向かう。

 それに続き、周りにいる帝国兵たちが声を張り上げてきた。


「何をしているお前ら、さっさと歩け!」


 その催促の声に尻を叩かれ、皆々重い足を動かす。僕もこの前もらった全身盾を背中に担いで、肩にはハンマーをかけて歩き出した。 

 練兵場を出て外壁に近づくと、城壁の上には他の帝国兵と北宿舎の連中が見えた。

 そして僕たちはこの砦に到着して初めて、砦の外へ足を踏み出す。


「前々から思ったけどよ。なんでこんなに城門が小せぇんだ?」


 やっと馬車が通れるくらいの城門を通る最中、エダンがそんなことを言ってきた。

 それを、少し前の方で歩いていたイリスが答える。


「……当たり前でしょ? 戦闘中に城門が突破されたら、それが大きければ大きいほど、敵も多くなだれ込んで来るのよ?」

「あぁそうか、なるほどなー」


 納得したように何度も頷くエダン。

 そんな僕たちに、後ろの方からついて来る帝国兵の一人が言ってきた。


「もう砦の外だ。無駄な口を叩くな。周りを警戒しろ」


 その言葉に僕たちだけではなく、他の志願兵の雑談の声も消えてなくなる。

 だがすぐエダンの不満げな声が漏れてきた。


「つってもよ……なんもないんだから、警戒するもクソもねぇんだよなぁ……」


 エダンの言う通り、砦の外は殺風景な荒野と、岩場だらけの荒れた土地が続いていて、魔物はおろか、生き物が存在しているのかすら怪しく見えた。


「そういえば、魔力の渦ってのは?」

「さあ……オレも知らね」


 さっきゼラド兵士長が言っていた偵察の目的、その一つでもある魔力の渦ってものが気になって僕が聞くと、エダンが首を傾げて薄く笑う。 

 そして自然と僕たちの目は、隣でおどおどしながら歩いているルシの方に集まる。


「えっ、わ、わたし……ですか?」

「へへっ、ルシちゃんなら知ってると思ってな。マリョクのウズって……なんだ?」


 エダンの質問にルシは少し慌てた様子で視線を彷徨わせて、前にいるイリスに縋るような視線を送る。

 それでイリスがため息をついて言ってきた。


「はあ……常識のないそのバカ二人に、ルシが教えてあげたら?」


 常識? それって常識なのか? それよりもイリスの奴……馬鹿とか言ったのか? 

 そりゃ、学のない山村育ちではあるけど……なんとなく、エダンと一括りに数えられるのは納得がいかなかった。


「へへっ、まあ実際にバカなんだけどよ。ってガルム、お前なんで不満そうなんだ?」

「……なんでもない」


 真面目くさった顔でそう聞いてくるエダンから視線を逸らす。

 そしてルシの方を見ると、彼女は少し戸惑いながらも説明を始めた。


「前にも話したことがあると思いますけど、ここフォルザの壁の外側は魔力の流れが不安定で、だから魔界の領域と呼ばれているんです」

「ああ~。確かに言ったな、そんなこと」


 エダンが思い出したようにそう呟くと、ルシも頷きながら続きの言葉を言ってきた。


「そして、その不安定な魔力の力場が一箇所に溜まりすぎると、ごく限られた場所で渦のような可視化された魔力の流れが発生して、それが魔力の渦と呼ばれる現象なんです」

「なーるほど。でも、なんで偵察までしてそれを……処理? しないとダメなんだ? 放っておけばいいんじゃね?」

「バカね、そこから魔物が発生する可能性があるからよ」


 エダンの疑問に、イリスが呆れた顔で口を挟む。


「そうなのか?」


 僕がルシの方に確認を取ると、彼女も頷きながら補足を加えてきた。


「ええ……渦の種類や規模によって様々ですけど、魔力の渦はそこから自然生成される魔物や、場合によっては任意なゲートの役割りをして、魔界の領域の奥からモンスタを送るような場合もあるそうです」


 ……正直、彼女の言葉を全部理解したわけじゃないけど、魔力の渦とやらから魔物が出るってことだけは理解した。

 まあ確かに、そんなものが砦の周りに出来たら、おちおち眠ることもできないだろ。


「いや、これって常識の範疇だから」


 概ね理解した顔をしている僕とエダンを見て、イリスがまたため息混じりにそう言ってくる。


「いや、普通この外側で起きる現象なんか、誰も知らないんじゃないの?」

「なに言ってるのよ。私たちが住むアジール大陸の内側でも発生する現象よ、魔力の渦って」


 エダンのささやかな抗議の言葉に、イリスが首を横に振ってそう答える。


「そうなのか?」

「えぇまあ……こっち側で発生する頻度が圧倒的に多いだけで、アジール大陸でもたまに発見するようです」


 なるほど、そうなのか。

 なら昔、自分が村の裏山で見たゴブリンの集団も、その魔力の渦ってものから出てきたのか?


「しかしまあ、改めて思うとすげぇ話だよなぁ……。まさか、そんなおかしなことが起きる大陸の果ての地に、今の自分がいるってことがよ」


 頭の後ろに手を組んで、相変わらず荒れた風景が続く周りを見ながらエダンがそう呟く。


「世界の果て、か。……それはどうかしらね」


 その何気ない独り語を拾って、イリスが吐き捨てるような口ぶりでそう言ってきた。


「えっ、ここってアジール大陸の北西にある最果だろ? いくらオレでもそれくらいは知ってるぜ?」


 薄ら笑いをして聞き返すエダンに、イリスは一呼吸を置いた後に低い声で話した。


「それはあくまで推測としてね。この魔界の本当の果て、地面が終わる場所まで踏破した者は誰もいないわ」

「……ん? それってどういう意味だ?」


 そう言って首を傾げるエダンに、ルシが代わりに答える。


「イリスさんのおっしゃる通りに、わたしたちが住むアジール大陸より、ここ魔界の領域の面積が大きいと見る説もあるんです」

「えっ、ますますわからなくなったぞ? それってどういう……」

「バカね。だからアジール大陸の端に魔界の領域があるんじゃなくて、魔界の領域の端に、私たち人類が住むアジール大陸がくっついているかもしれないって話よ」


 理解が追いつかないという顔のエダンにイリスがそう説明すると、エダンはしばらく考えてからやっと合点がいったように頷く。


「あは! なるほどな、そういうことか!」


 そんなエダンの様子に苦笑いしたイリスは、視線を正面に戻してひっそりとした声で言ってきた。


「まだまだこの世界には、私たち人間が知らない謎が多すぎるわ。……空に浮かぶ三つの月もそう。それになぜ赤い月が一番前に来る紅月の日に、魔物がアジール大陸へ押し寄せてくるのか。また、海域を包む抜け出せない霧とかもね……」


 独り語のように呟くその言葉を聞いて、僕も考える。

 実際に当たり前のように存在しているものが、なぜそうしてあり続けるのか、なぜそのような現象が現れるのかと問われれば、その答えに窮してしまう。


「そろそろ『水辺』だ。今までの道順をちゃんと覚えておけ」


 そんなことを考えなら歩いていると、先頭に立つゼラドがこっちに振り返ってそう言ってきた。


「水辺だぁ~……? ゼラドの旦那、そんなんどこにもないっスけど」 


 だが辺りは相変わらず岩場だらけで、水が流れるような音も聞こえてこない。


「もう少し行けばわかる」


 だがゼラドは、ただ短くそう答えて歩く速度を速める。

 そして彼の後について大きな岩場の間を抜けると、開けた空間に大きな湖が目の前に広がっていた。


「岩場の陰に隠れて見えなかったのね……」


 辺りを見回しながらイリスがそう呟く。

 そこにエダンも加わり、湖を凝視しながら顔をしかめた。


「確かに湖で、水辺……と言えなくは、ないけど」

「……色が紫だな」


 驚いている他の志願兵の行列に混じって、僕もその湖を眺める。。

 湖の色はまさしく毒々しい紫色に染まっていて、見るだけでもそれが普通の状態でないことは一目瞭然だった。

 確か砦に来た初日に、近くに水場はあれど飲める水はないと、帝国兵が言っていたことを思い出す。

 その話に出てきた水場が、多分ここなんだろ。


「くんくん、くんくん……。匂いは、なんもしないけどな」


 湖に近づいて匂いをかぐエダンに、ゼラドが注意を飛ばす。


「あまり近づくな」  

「平気ですって。さすがにこんな水、飲んだりしませんてば」


 笑いながら頭をかくエダンに、ゼラドは自分もその湖へ近づいてきた。


「……よく見ろ」


 そう言ったゼラドは、地面に転がる小さな石を掴み上げ、それをおもむろに湖へ投げ入れる。

 そしてその石は水面に触れた瞬間、白い煙を出して溶解しながら水の中に沈んだ。


「うへぇぇぇぇ……どうなってるんだ、こりゃ」


 その光景を見ていた志願兵たちがポカンと口を開けて驚く中、ゼラドはまた行列に戻って歩き始めた。


「行くぞ、もうすぐ偵察コースの折り返し地点に到着する」


 ゼラドの後を追いながら、戻ってきたエダンが隣のルシに小声で言ってきた。


「なぁなぁルシちゃん。あの湖ってなんでああなってるんだ?」


 横に見える湖をちらっと見てそう聞いてくるエダンに、ルシもまた湖の方に視線を向けて答える。


「多分、魔力を含みすぎて水が変質してしまったんだと思います。過度な魔力は毒にもなりますから」


 ルシはそう話して興味深そうに湖を眺める。

 ……しかし、あんな状態で水の中に生き物なんて存在するのかと疑問を感じる。


「ついたぞ。ここまでが偵察ルートだ」


 脇に湖を挟んで大きな岩場を迂回すると、先頭を歩いていたゼラドが足を止めて、僕たちの方に振り返る。

 そのゼラドの後ろは断崖絶壁になっていて、その先には果てしなく続く荒野が広がっていた。

 そして地平線の端に、森地帯が薄っすらと見える。


「あの先に見えるのが『死者の森』だ。……まあ、お前たちがあそこまで行く機会はないと思うが」


 そう説明するゼラドの話を聞いてか聞いてないのか、エダンはその森の姿を見て首を傾げる。


「ってか、なんか森が……灰色? まだ昼だってのに薄暗くて気持ち悪い感じだな」


 エダンの言う通り、その森は普通の緑色ではなく灰色……正確には、黒に近い色をしていた。

 遠くてはっきりとは見えないが、その木々も葉っぱも、同じく暗い色で彩られていて、それがどことなく薄気味悪い印象を与えてくる。


「帰るぞ。……もうそろそろ日が暮れる。その前に砦に帰還する」


 空を見上げ、雲間に隠れた太陽の位置を確認したゼラドが、先頭に立って来た道を戻っていく。

 そんな彼の後に続き、我々も歩き出した。

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