第13話 【初陣】
「改めて見ると、ここって本当になんもないよな~」
偵察からの帰り道。エダンが、ふいにそんなことを言ってきた。
「……まあ、そうだな」
実際に魔物はおろか、動物や植物すらも、この荒野地帯には何もなかった。
初めて砦を出る時はそれなりに緊張感もあったが、今ではすっかり散策気分になって、志願兵たちの空気も緩んでいた。
「結局、アリの一匹すら見えなかったもんな」
そしてエダンもその中の一人で、今まで何もなかったことにホッとした様子でそうぼやく。
「そもそもよ、こんな大人数で偵察する必要なんかあんの?」
「さあな……僕に聞かれてもな」
そんなくだらない雑談をしながら歩いていた時だった。
足元にわずかな違和感を感じた僕は、足を止めて地面に視線を落とした。
「うん? どうしたんだガルム?」
急に立ち止まった僕を見て、エダンがそう聞いてくる。
「いや、今……なんか、足元が揺れたような」
その時、今度はさっきよりも大きく、偵察隊の全員が感じ取れるほど大きな振動が地面から伝わってきた。
「な、なんだっ!?」
「まさか、地震か!?」
志願兵の間に動揺が走る。
そしてその揺れは段々激しくなり、一部の地面が膨らむように隆起してきた。
「違う。これは……地中ワームだっ!」
ゼラドの焦った声。それと同時に膨れ上がった地面を突き破って、甲羅に覆われた巨大な虫が外に飛び出てきた。
「うああぁぁ――っッ!?」
その虫が出てきた真上にいた志願兵の一人が突き飛ばされて宙を舞い、地面に落下する。
強く体を打ちつけたその男は、そのまま気を失って動けなくなった。
「で、でけぇ……ッ!」
隣でエダンの、呻きに似た声が聞こえてくる。そしてそれは僕も同じだった。
見上げただけでも、人の身長の3倍はありそうな高さまで頭を突き出しているその虫は、まだ地面に埋もれた胴体を含めると、いったいどれくらいの大きさなのか想像もつかなかい。
そして虫はありえない角度まで口を開けて、その頭ごと僕たちの方に突っ込んできた。
「うわわっ!? な、なんだッ!?」
呆然とそれを見上げていた志願兵たちが慌てて逃げ回る。
だが足が竦んで思うように動けなかった何人かが、虫とぶつかって吹き飛ぶ。
幸いその口の中に飲み込まれた人はなかったが、その急な出来事と続出する被害に、志願兵たちは完全にパニック状態に陥る。
「散開しろ! 一箇所に固まるな!」
ゼラドの声に、また慌てて隣の人と距離を取ろうとする志願兵たち。
だが互いに距離を測り損ねて、また同じ方向に転換して志願兵同士でぶつかったりと、さらなる混乱を招く。
「貴様ぁ――――ッ!! よくも!」
その最中、怪我した人の中に同じ班の仲間でもいたのか、一人の志願兵が長剣を握り締めて突撃をしかける。
「くたばれっ!!」
虫から死角になる場所にいたのが幸いしたか、無事に接近を果たした男が、虫の背中に向けて剣を振り下ろす。
――カカンッ!!
そして聞こえてきた、金属と硬い何かがぶつかる耳障りな音が岩場の間に響く。
続いて、苦悶の表情の男が後ずさりしながら、手から剣を振り落とした。
「くっそ……ッ、なんて硬いんだっ」
あの甲羅のような背中の殻は、刃物も通さないほどの強度なのか!?
ハンマーと全身盾を握り締めた自分の手が、一気に汗ばんでくるのを感じる。
……いったい、どうすればいい?
「ああ、見てられないわね」
そんな暗雲立ち込める状況に似合わない、余裕綽々な声がすぐ横から聞こえてくる。
その声がした方へ視線をやると、そこにはイリスがゆっくり鞘から剣を抜き取る最中だった。
「…………んッ!」
イリスはゆったりした動作で剣を構えたかと思うと、今も大暴れしている虫の方へ真っ直ぐに走り出した。
「お、おいっ!?」
あいつ、どうするつもりだ……!?
彼女は、慌てふためく志願兵の間を縫って走りぬけ、瞬く間に巨大な虫の後ろに回り込んだ。
そして虫の背中へと、剣を振りぬく。
「あのバカっ!」
さっきの男の剣が弾き返されたことを見てなかったのか!
何を考えているんだ、あいつは……!?
「はああぁぁ――――ッ!」
だがイリスが振り下ろした剣は、信じられないほどあっさり虫の皮を斬り裂き、その傷口から緑色の体液が吹き出してきた。
「す、すげぇなおいっ!?」
その光景に、興奮したエダンの声が聞こえてくる。
……でも何でだ? なんであいつは、斬りつけることができたんだ?
イリスの剣も、さっきの男と同じ、砦で支給された普通の長剣のはず。なのに、何で?
「甲羅の隙間を狙え! 闇雲に戦うな!」
続くゼラドの号令を聞いて、僕はハッとなる。
そうか……硬い殻を避けて、その縫い目に刃を突き入れたのか。
でも言葉にしたら簡単だが、動き回る相手に、正確にそのわずかな隙間を狙ってやってのけるのは容易ではない……それくらいは僕でも理解できた。
「おっ、なんか苦しみだしたぞ!?」
体液を撒き散らしながらもがく虫を見て、エダンがそう叫ぶ。
そして隣でおどおどしているルシに言ってきた。
「よし、今だルシちゃん! なんか魔法でもぶちかましてヤレや!」
「む、無理ですぅ~! わ、わたしは攻撃魔法は使えないと、前にも言ったじゃないですか~!?」
急にエダンからそんなことを言われて、ルシは涙目になって激しく首を横に振る。
その間に虫は、その頭を地面に突っ込んで、また地中に潜って姿を隠した。
「に、逃げた……のか?」
激しく揺れる地面と、その上で戸惑う志願兵たち。
そこにゼラドの声が響き渡る。
「動くな! その場でじっとしてろ……一歩たりとも動くなよ」
その警告に、皆が疑問に思いながらもその場で立ち止まる。
急に静まり返った岩場で、地中で動き回る虫の土を削る音だけが聞こえてくる。
「…………まさか」
自分の真下を、巨大な何かが通る感覚が足の裏から伝わってくる。
まるで何かを探しているようなその動きに、僕の中で一つの推測が立つ。
どうやらさっきの巨大な虫は、地面の振動や音で、僕たちの位置を把握しているのではないか?
だから誰も動かない今、我々の位置がわからなくなって戸惑っている……?
「……弓、構え」
静かな声でゼラドが号令を出す。その合図に、周りの帝国兵たちが各々弓に矢をつがえて射撃体勢をとる。
その手馴れた動きは、我々志願兵とはあまりにも違いすぎていた。
「…………」
そしてゼラドが足元から石を拾い、それを遠くの誰もいない場所へと投げる。
――地面にぶつかって、転がる石の音。
それを聞きつけ、岩場を削り大きな穴を開けてさっきの巨大な虫が外に飛び出てきた。
「撃て……!」
ゼラドの声に合わせて、帝国兵たちが放った矢が一斉に宙に飛び交う。
そして甲羅で覆ってない腹の部分を、飛んできた数十個の矢が一気に貫く。
「やったのか!?」
その惚れ惚れする連帯に、エダンが感嘆の声を上げる。
だがその巨大な虫は、苦しみもがきながらも倒れることなく、未だその場に踏みとどまっていた。
――ササッ!
何かが、僕を横切って走り抜けていく。
金色の髪をなびかせ、巨大虫の正面から突っ込んでいくその後ろ姿を見て、思わず僕の口から声が漏れる。
「あいつ、また……ッ!?」
最短距離を駆け抜け、暴れている虫の腹の真ん中に、イリスの剣が深々と突き刺さった。
「はあ――っ!!」
柄の部分の手前まで突き刺した剣を、イリスは気合の声と共に横へと斬り裂く。
その大きく薙ぎ払われた巨大虫の土手っ腹から、噴水のような緑色の体液が噴き出した。
「あ、危ねっ!?」
深い傷を負った巨大虫は、狂ったように体を捩りながら暴れだした。
それは頭を地面に打ちつけ、自分に深手を負わせたイリスを叩き潰そうとする。
それで焦って叫ぶ周りの声とは裏腹に、彼女は難なくその攻撃をかわして、巨大虫の甲羅の出っ張りに飛び上がった。
「す、すごい……」
その曲芸のようなイリスの身のこなしを見て、隣でルシが固唾を飲み込む音が聞こえてくる。
そしてイリスは虫の背中を走り、その天辺……頭の上まで登り詰めた。
「いい加減、静まりなさい――ッ!!」
イリスがそう叫びながら、彼女の剣を逆手に掴んで脳天深くに突き込む。
暴れだす虫の動きにも振り落とされることなく、イリスは更に剣をひねって傷口を広げた。
――やがて巨大虫は急に動きを止めて、そのまま横へと倒れる。
舞い上がる砂煙……その中から、遂に力尽きた虫の姿と、その前に立っているイリスの後ろ姿が現れた。
「……お、お~~っ!? あいつ、やりやがったぜ!? キャハハッ!?」
その光景を息を殺して見つめていた志願兵たちに、イリスがゆっくり振り返ると一斉に歓声が立ち上がる。
まるで英雄かなにかを見るような彼らの視線に、僕が思わず唇をかみしめていた時だった。
「お、おい……なんだ? 急にまた、下が……ッ!?」
またも震え出す地面に、皆が不安な顔で倒れた巨大虫を見る。
だがその虫はもう息を止めて、今はビクリとも動かない。
「……まさか、もう一匹いるの?」
少し焦ったイリスの声に続き、彼女の横から地面が膨れ上がり、さっき倒されたのと同じ種類の虫が飛び出てきた。
それに巻き込まれ、イリスの近くにいた何人かがまた宙に突き飛ばされる。
「危ない! そいつから離れろ!」
ゼラドの叫びと、厳しい顔のイリスがまた剣を構え直した時――横から飛んできた矢が、その新たに現れた虫の頭に突き刺さった。
「な、なんだ……ッ?」
帝国兵たちが放った矢とは違って、それはたったの一発の矢……しかも通常の矢とは異なり、格段に長く太いものだった。
そしてその一発だけで、巨大な虫の動きが明らかに鈍くなってくる。
「今だ! 仕留めろ!」
すかさず飛んできたゼラドの指示に、今度は帝国兵たちが射た無数の矢が飛んできて巨大虫に刺さっていく。
結局、その巨大な虫はハリネズミのようになり、地面に倒れ伏した。
「よう――、大丈夫か――?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます