第7話 【身勝手な女】
結局その日のうちに城壁の修理が終わり、僕たちはそのまま食堂で夕食を食べた後、自分たちの部屋に戻っていた。
「オレに感謝しろよー? 勝手に持ち場から離れやがって……看守たちに言い訳すんの大変だったぞ?」
「……ああ、わかっている」
先に食事を終えた僕とエダンは、ベッドに寝転がって雑談を交わす。
正確にはエダンが一方的に話しかけてきて、それに僕が答える形になっていた。
この3日間で思ったが、このエダンという男……一刻でも喋らないと死ぬ病気にでも掛かっているんじゃないのかと思える。
「それにしても、あのイリスって王女……? あの女とお前の間にいったい何があったのさ?」
「……………」
またも話しかけてくるエダンに、僕は口を噤む。
僕の身の上話なんて、別に大したことのない……よくある話だ。少なくともエドルン地方では特に。
でも、それを口から出して語るほど心の整理がついてるわけでもないし、あの日の事をまた思い出しそうで、あまり語りたくはなかった。
「答えたくないってか? ククッ」
僕の沈黙に、真上のベッドからエダンがケラケラと笑う。そしてこっちに顔を覗かせて言ってきた。
「なんでそんなピリピリすんのかわかんねぇけどな。とにもかくにも、これから同じ部屋で生活することになるんだ。……仲良くする必要はねぇが、あんま険悪な空気作るのは止めておけよ?」
……それは僕だってわかっている。
だがあの女の顔を見ていると、むくむくと体の内から苛立ちが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。
その時、多少乱暴に部屋の扉が開いて、イリスが中に入ってきた。そしてその後をルシが続く。
「まったく、何なのよあの食事は? それにあの帝国兵たちの態度……ムカつくわね」
入ってくるなり悪態をつくイリスに、エダンが声をかける。
「よう、遅いご帰還だなー。部屋を間違えなくて安心したぜ」
「えぇまあ、昼にあのゼラド? って男に部屋の案内はされていたし、ルシと一緒だったからね」
「それで? 看守たちにはなんて?」
「全然。聞く耳を持たない感じね。あれじゃ壁に向けて話した方がまだマシってレベルね」
エダンの問いにイリスが肩を竦めてため息をつく。それでエダンも薄ら笑いを浮かべて言ってきた。
「そりゃそうだろうな~……オレらが最初に来た日も似たようなことを散々言っていた奴らがいたが、全くダメダメだったしな」
僕とエダンがメシを食べている間、イリスは食事の内容に文句を言って帝国兵たちに食いかかっていた。それで先にメシを済ませた僕たちだけ部屋に帰ってきて今に至る。
でも、周りに文句ばかり言って、それで何が変わるんだ?
……そう言いたくなるのをグッと堪える。
エダンの言う通り、嫌でも顔を合わせることになるんだ。こんなくだらないことで無駄な体力を使う必要はない。
「なに? ……言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」
そう思った矢先に偶然イリスと目が合ってしまい、彼女が僕を見てそう言ってくる。
それに対して僕は……何か言い返すことなく、彼女から目線を逸らした。
「……別に」
それで一瞬だけ会話が途切れて静かになった部屋に、外から帝国兵の声が聞こえてきた。
「今日の補給品だ! 部屋の中に入れておけ! なくなっても責任は取れないからな!」
「おっ、待ってました~っ」
いつもの補給品を配る兵士の声に、エダンが真っ先にベッドから飛び降りて部屋を出る。
そして扉の前に置かれた補給袋と水桶を持って戻ってきた。
「なに、それ」
イリスが不思議そうにその袋と水桶を見て聞いてくる。それでエダンが得意げな顔で説明を始めた。
「言葉通り補給品だよ。今日使う分の飲み水と、生活用品が入ってるんだ」
袋を開けて中身を見せるエダンに、イリスは顔をしかめて話す。
「なに? ここって水も満足に使えないの?」
「まあな。なんでもここじゃ水が貴重だと言うしな」
不満そうな顔のイリスに、エダンが頬をかきながら返事を返す。それで更に眉間に皺を寄せてイリスが聞いてきた。
「じゃ、体はどうやって洗うの? まさか、これぽっちの水で洗えなんて言わないわよね?」
「そ、それは……水で濡らした布で、体を拭く、とか……」
イリスの質問にルシが消え入るような声でそう答える。それを聞き、イリスは大きくため息をついた。
「はあ~~~~。……信じられないわね、ここの環境は」
「まあ、あんたみたいなお姫様には確かにそうかもな、へへっ」
至って軽い感じで軽薄に笑うエダンを睨みつけるイリス。そこに外からまた帝国兵の声が聞こえてきた。
「傾聴――――ッ! お前ら、よく聞け! 今日でお前らが砦に来て3日が経つ! そろそろ各班のリーダーを決めて、今日の消灯時間前までに我々に報告しろ!」
そう言ってきた声は、同じ内容を繰り返しながら段々遠くへと離れていく。そして部屋の中には再び沈黙が降りた。
「私がやるわ、リーダー。いいわね?」
そして突然、僕たちを見回してイリスがそう言い出してきた。
「……はあ?」
思わず聞き返すように声を出してしまった僕に続き、エダンも口を挟んできた。
「なに新参がナマ言ってんだ……って言いたいところだが、お姫さんなんだし、別によくね? よく知らんけどあんた、強ぇんだろ?」
へらへらと笑いながらそう言ってくるエダンに、イリスは自信ありげな笑みを浮かべて答える。
「そうね。少なくとも騎士団長を勤めるくらいには強いわよ、私」
…………強い、か。
その言葉で真っ先に思い浮かんだのは、食料プラントで僕が見た、あの名も知らぬ黒い鎧の女騎士の姿だった。
それはまさしく、
「わ、わたしも、それが良いと思います」
僕がそんなことを考えている間に、ルシも賛同する言葉を述べる。そしてイリスが僕を見て言ってきた。
「あなたは? 私がこの班のリーダーで問題ない?」
勝手に出てきて、強引に決めにかかって……正直気に食わないことだらけだが、だからといって、正面切って反対する理由も……残念ながら僕にはなかった。
「……ああ、勝手にしろ」
僕のぶっきらぼうな返事に一度苦笑いしたイリスは、僕たちを見回して言ってきた。
「よし、それじゃ決まりね。すぐ兵士長に言ってくるわ」
そう言い残して部屋を出て行くイリス。その彼女が出ていった扉をしばらく眺めていた僕は、またベッドの上で横になった。
「なんだか、嵐みたいなヤツだなぁー」
そんな感想を言いながら、エダンも自分のベッドに戻る。
……なんだかんだ言っても、今日も今日とで重労働を強いられた。
溜まった疲れのせいか、すぐ部屋の中で対話が途切れ、僕も布団をかぶって寝る準備をしていた時だった。
――また扉が開いて、イリスが戻ってきた。
「申告してきたわ。これで今日から私がこの班のリーダーね。改めてよろしく」
生き生きとしてそう話すイリスに、2階のベッドでエダンが片手だけを振って答える。
「お――う、お疲れさん――。今日も疲れたし、もうそろそろ寝ようや」
だがイリスは返事の代わりに部屋の中を一度見回して、補給袋の中から大きい目の布を取り出し、それを3日間補給された布と繋ぎ合わせる。
「ルシも手伝って」
「あ、はい……」
そしてしばらく女二人でせっせと布を繋げていくと、それはちょっとしたカーテンのように大きくなる。
それをイリスは部屋の真ん中に糸を通して垂らし、僕たち男のベッドと、イリスたちが使う女のベッドを区分けした。
「な、なにしてるんだ?」
上のベッドから、エダンが少し戸惑いの声でイリスに聞いてくる。それを彼女は、壁の方に布を固定しながら言ってきた。
「女と男が同じ部屋を使うのよ。これくらいの区分けは必要でしょ? ……というより、今までルシ一人の時はどうしてたのよ? 着替えとかは?」
「そ、それは……」
そのイリスの問いに恥ずかしそうに視線を逸らすルシ。それでイリスが僕たち男の方を睨んできた。
「まさか、あんた達……」
「あ、いや、誤解すんなよ! そりゃ着替える時とかは、後ろ向いていたり部屋の外に出ていたり……な? そうだろガルム!?」
慌てて僕に同意を求めてくるエダンの話を聞いてか聞いてないか、イリスはため息をついて話してきた。
「これからは、もうちょっと私生活を守るようにして。着替えもそうだけど、これからも色々とあるだろうから……わかった?」
「はいはい、了解したぜー」
そう言って垂れ幕の向こうに消えるイリスに、エダンがダルそうな声で答える。僕は再び目を閉じで眠る準備に入った。
……本当に自分本位で、身勝手な女だ。
お偉い人間ていうのは全部そうなのか、それともあの女が特別なのか。
いきなり出てきて、我が物顔でああだこうだ言うのが気に食わない。あんなに周りを引っかき回さないと気が済まないのか。
……そんな考えの迷路から中々抜け出せず、目を瞑ったまま、時間だけが過ぎていく。
そして消灯時間もとうに過ぎて周りが暗くなった中、上のベッドから人の動く気配がしてきた。
「……おぅ、起こしちまったか? 悪いな、へへ」
梯子から降りてくるエダンが、目を開けた僕を見て小声でそう言ってくる。
「こんな夜中に、何だ……?」
怪訝そうに僕がそう聞くと、エダンは薄らと笑みを浮かべて話した。
「なーに、隣の部屋で賭場があるんだ。ちょっくらそこに行ってくる」
「……賭場? ……金もないのにか?」
同然ながら、この砦では、僕たち志願兵に金など与えない。
夜中こっそり賭場が開かれているのも驚きだが、いったいどうやって博打が成立するのか疑問だった。
「へへっ、毎日配られる配給品を賭けてやるんだよ。他にも水とか、飯のオカズとかな」
「おい、勝手にそれを賭けるな」
配給されるものは班の共用品だ。勝手に持ち出されては困る。
そんな僕の言葉に、エダンは軽く手を振って言ってきた。
「大丈夫だって。ちゃんと自分の持ち分だけにしている。それによ……別に博打したくて行くんじゃねぇよ、オレは」
「なら、なにしに行くんだ?」
聞き返す僕に、エダンは意味深な顔で笑いながら言ってきた。
「へへっ、昔から賭場ってのは人が集まる所だ。そして人が集まる場所には、情報も集まる。その情報こそ金なりってな。なんならお前も来るか?」
情報……か。
確かに僕と違って、エダンは何かしら他の班や、宿舎の人間ともちょくちょく話をして歩き回っていたのを思い出す。
「……いや、遠慮する」
「へへっ、そうか。じゃぁな、日が昇る前には戻ってくる」
僕が布団を被り直して顔を背けると、エダンがそう言い残して遠ざかる。
やがて部屋の扉が開かれる音が聞こえて、またその扉が閉まる音がしたあと、部屋の中には……垂れ幕の向こう側から微かに聞こえる、女たちの寝息だけが残った。
――そして僕は、中々眠れない自分に、内心悪態をつきながら目を閉じた。
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