第4話 【修復作業】
実際に身につけてわかったが、単に皮を重ねただけの防具は、鎧と呼ぶにはあまりにもお粗末な出来だった。
胸と肩、関節辺りを最低限守るだけのそれは、当たり所がよければ流れ矢を防げる程度で、そもそもそれが魔物相手に意味があるのかもわからない。
そんな気休め程度しかならない防具をつけ、僕はさっきの広場――練兵場の方に向かう。
一応通路と入り口に帝国兵が立っているが、開けっ放しの鉄格子はその気になればいつでも通れるような状態だった。
そして覇気もなにもない顔をした多くの志願兵たちが、ゾロゾロと練兵場に集まってくる。
ルシとエダンを含む僕たちの班も、練兵場の隅で周りを眺めていると、本城と繋がる門から何人かの帝国兵たちが出てきた。
「――ついて早々だが、今から壊れた城壁の修復作業に取り掛かる」
静かな、だがよく通る声でそう話したその帝国兵は、僕を宿舎部屋に連れて行ったあの兵士だった。
確か名前がゼラド……兵士長と言っていたが、立ち並ぶ帝国兵の位置からすると、この砦でも随分偉い立場の男のように見える。
「おいおい、さっきやっと到着したばっかりだろ? そりゃねぇぜ~。まずは飯を食わせろよー」
集まった志願兵の間で不満の声が漏れてくる。
だがそれを聞いてか聞いてないのか、ゼラド兵士長は横に立つ兵士に指示を出してきた。
「連れ出せ」
「はっ。お前らさっさと動け! ここに来るとき見ただろ! 練兵場を出てすぐ右の方だ。グズグズするなっ!」
すぐ声を張り上げて命令する帝国兵たちに、練兵場内で一層不満の声が高くなる。
「マジかよ……勘弁してくれやー」
「そうだそうだ! なんでそんなこと、おれたちがしなきゃならねぇんだ!」
駄々をこねて中々動こうとしない志願兵たち。その前列に立つ何人かを帝国兵たちがいきなり蹴り飛ばした。
重い軍靴で蹴られたその男たちは、腹を抱えて地面に転がり呻き声を上げる。
「フォルザの壁に志願すると署名したその時から、お前たちは我々レシド帝国の軍属となった! 軍属の人間が命令に従わないとどうなるか、知りたい奴は今すぐ前に出ろ!」
その帝国兵の声に、練兵場のざわめきが一気に静まる。
もちろん前に出てくる命知らずの人間も存在しなかった。
「自分の立場を弁えろ! 何をしている、さっさと歩け!」
それで練兵場に集まった志願兵たちは、渋々と門から出て移動を始める。
僕たちの班も、その移動する列に混ざって歩き出した。
そしてすぐ横っ腹に大きく穴が開いた城壁の前に到着する。
「やることは簡単だ! ここにある石を、粘土と石膏を混ぜて積み上げる! 階段状に台を作って高く積み上げるんだ!」
壊れた城壁の横には、相当重そうに見える石材と砂山、そして粘土や石膏が入った大きな桶が乱雑に置かれていた。
「わかったんなら、今すぐ作業に取り掛かれ!」
催促する兵士の声に、志願兵たちは互いに顔を見合わせながらも作業に入る。そしてその周辺を帝国兵たちが遠巻きに監視していた。
「しゃーない。オレたちもやるかー」
隣でエダンが肩を竦めてそう言ってくる。
……まあ、やれと言われたらやるしかない。もたもたしていると、また蹴り飛ばされるのがおちだろ。
僕もエダンに続き積んである石材を運び始めた。
「……おれたちは一応、兵隊としてきた『志願兵』だろ? ……なんでこんなことしなきゃならねぇんだ?」
急な大工仕事に戸惑いながら作業をしていると、近くで他の班の人間が話す内容が聞こえてきた。
「名前が志願兵ってだけで、囚人と大差ないだろ俺らは。どうせ志願兵なんて、体のいい使い捨てだ。肉壁と同じだぜ……ッ」
小声でそう話したその男たちは、重い石を運ぶのに荒くなった息を吐き出して、ちらっと壊れた城壁の外を見て言ってきた。
「フォルザの壁も、相当ヤバイ場所だってのに、さらにその外にいる砦まで飛ばされてんだ。どう見ても魔物が攻めてきた時の囮みたいなもんじゃねぇか……!」
城壁の開いた穴から岩場だらけの荒野が見える。そしてその果てには、僕たちが通ってきたフォルザの壁の城壁がその威容を誇っていた。
馬車で数時間。歩きなら半日以上はかかる距離のそれを一度見て、僕は持ってきた石を台の上に積み上げた。
「貴様ら――! 手を抜こうとするなよ! その城壁が貴様らの命綱だと思え! 『紅月の日』に脆い部分を破って魔物がなだれ込んだら、ここにいる全員お陀仏だ!」
後ろの方から監視する帝国兵の声が聞こえてくる。それで作業する志願兵たちは彼らに聞こえない声で文句を垂らす。
「ちっ……。だったら見てないでテメェらも手伝えってんだ……っ」
だが僕は、帝国兵たちに対して腹が立つより、別のことが気になっていた。
さっきの帝国兵の言葉――それってつまり、この前の『紅月の日』にはこの砦の城壁が破れて全滅した……ってことなのか?
だから今、この砦に古参の志願兵が誰もいないのか。
「あ、あぁっ!?」
そんな事を考えながら石を積み上げて、また新しいのを取りに行く途中、隣で小さな悲鳴が聞こえてくる。
振り返ると、ルシが自分の腕にやっと収まる大きさの石を持って悪戦苦闘していた。
そしてそんなルシの足元には、彼女のメガネが落ちていた。
「……ほら」
僕は彼女が持っている石を代わりに持ち上げ、足元を顎で示した。それでルシは慌ててメガネを拾い、頭を下げてくる。
「あ、ありがとうございます……」
メガネを外したルシの顔は結構印象が違って見える。
……僕がついまじまじと見てしまったせいか、ルシが慌ててメガネを掛け直す。
「石運びより、お前はあっちで石膏塗るのをやった方がいいんじゃないか?」
実際持ってみると石は結構な重量で、力仕事にはそれなりに慣れている自分でもきつく感じる。
現に大きい方の石は、男が二人で運んでいる姿もちらほら見えた。
「あ、そ、そうですね。迷惑かけて、すみません……」
「いや……別にそういうわけじゃないけど」
また頭を下げてくるルシに、妙な居心地の悪さを感じて僕はそう答える。
むしろこんな重たいものを彼女みたいな小柄な女性が今まで何往復していたのをみると、意外と根性ある方ではないかと思えた。
「それじゃわたし、あっちの方で仕事してますね」
そう言ってもう一度頭を下げて石膏を塗るほうに走っていくルシの後ろ姿をなんとなく眺めて、僕も持っていた石を適当な場所に積み上げる。
「うん? ……そういや、あいつは」
ふと、いつの間にかエダンの姿が見当たらないことに気づいた僕は周辺を見回した。
「……あいつ」
そしてすぐ見つかったエダンは、城壁の修復作業をする場所から少し離れた所で帝国兵となにやら雑談に興じていた。
「なにやってるんだ……」
遠くて話の内容は聞こえないが、主に話をしているのはエダンで帝国兵はあまり喋らない。
でもエダンをあしらうでもなく薄ら笑いをしたまま話を聞いてる姿を見ると、別に帝国兵の方も雑談自体を嫌っているわけではないように見えた。
「堂々とさぼりか……」
自然と口からため息の混じった愚痴が出る。
よく見るとエダンの他にも、適当に手を抜いてる人間や、さぼり気味で自分たちの班で固まって駄弁っている奴らもいた。
「余所見してる暇があるなら手を動かせ」
その時、後ろから聞こえてきた声で我に返る。
振り返ってみると、そこにはゼラド兵士長が立っていた。
「……あんたは」
「不満そうな面だな。言いたいことがあるなら言ってみろ」
ゼラドは僕というより、周りでせっせと石を運んでいる他の志願兵たちに向けてそう言い放つ。
それで志願兵たちは自然と彼から目線を外して、何か言い返してくる人間はなかった。
「……こんな作業、僕たちみたいな素人に任せて大丈夫なのか、あんたらは」
台の上に運び込まれた石を持ち上げながら僕が質問する。
すると、ゼラドはちらっと僕の方を見て低い声で言ってきた。
「毎月魔物が押し寄せてくる『紅月の日』のことは知っているだろ。毎度城壁が壊れる度に大工をここに連れてきて、作業して、また壊れたら大工を連れてくる……それで割に合うと思うか?」
「……合わないだろうな」
確かにこんな辺境、地の果てまで専門の業者を連れてくるのは容易ではない。そこに掛かる金も相当なものになるはず。
仮に僕だったら、いくら金を積まれようがこんないつ死ぬかわからない場所になんて来ようとはしないだろ。
「毎度毎度人を呼んで修理しては埒があかん。大規模な補修作業は年に一度、真紅の夜を乗り越えてからする決まりだ」
……なるほど。だから僕たちのような使い勝手のいい奴らに任せるわけだ。なぜなら、どうせまた壊れるから。
僕は持ってきた石をまた積み上げて、できた隙間に粘土を埋め込んだ。
「わかったなら仕事に専念しろ。一日でも早く終わらせた方が、一日長く生きることに繋がる。少なくとも貴様らにとってはな」
そう話したゼラドは、他に仕事があるのか本城の方に戻っていく。
そして最後に彼が残した言葉が、僕の頭の中で妙に引っかかっていた……。
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