第一章 《第7砦》
第3話 【部屋割り】
グスタフ将軍の演説の後、僕たちは広場と隣接する宿舎へ案内された。
西、東、北の方向にある三つの宿舎のうち、西側にある宿舎――その建物の中へ足を踏み入れると、巨大な鉄格子が僕を迎える。
持ち場に立つ帝国兵に促されるまま歩を進め、鉄格子を通り、どこか饐えた匂いが漂う通路を歩かされる。
「名前がガルム・クラン――で合ってるか」
「ああ。……あんたは?」
隣で書類を見ながら歩く目付きの鋭い帝国兵にそう聞き返すと、その男は視線を動かさずに乾いた声で答えた。
「ゼラド。この西宿舎の兵士長だ。……別にお前が覚える必要はない」
それは事務的で、感情のこもってない声だった。
続く通路には両側に部屋が設けられていて、僕より先に通された人たちの気配が部屋の中から感じられた。
雑談する声や、扉の隙間からこっちを覗く遠慮のない視線の数々……やがて一つの部屋の前に足を止めたゼラドと名乗ったその兵士は、初めて僕の方を見て言ってきた。
「手を前に出せ」
言われるがまま腕を突き出すと、ゼラドは鍵を取り出して僕の手首に嵌められた手錠を外した。
「変な気を起こすなよ。面倒事を増やすな」
そう言ったゼラドは、目の前にある部屋を顎でしゃくる。
「ここがお前の部屋だ。中に入れ」
そう言い残し、返事も聞かずに振り返って歩き出すその後ろ姿を一度見て、僕は部屋の扉を開く。
そして部屋の中には先客の男が一人、ベッドに座っていた。
「おっ? お前さんはぁ……馬車でのお隣さんじゃないか~!」
喜々として語るその男の顔には見覚えがあった。
さっきまで、そしてこの砦に来るまでの約一週間、同じ馬車の中にいた細身でゴロツキのような印象の男――彼が僕を見るなり手を振る。
「いや~……こんなこと中々ないよな。すげぇ運命的な再会だなぁおい?」
「……気色悪いことを言うな」
思わず口から出てきた僕の文句に、その男もまたプッと笑って頷く。
「ハハッ、違いね」
部屋の中を軽く見渡すと、部屋の両側には二段ベッドが一つずつ置かれていて、奥の方には小さな棚とテーブルがあった。
また角の片隅が低い敷居で区分けされて、そこに水を流す小さな穴が開いていた。
……たぶん、洗い物とかをするための場所なんだろ。
「なんだ、これは?」
そして部屋の真ん中に置かれた大きな皮袋を見て、僕はベッドで半分寝転んだ体勢のゴロツキ男に聞いてみた。
「知らねぇ、最初っからそこにあったぜーそれは」
あまり興味のないような男の口ぶりに、僕はその袋を少しだけ広げてみる。
そこには皮を重ね合わせた服や、肘や膝を守るための防具、そして下着や靴下などの生活用品が入っていた。
「さっさと入れ! このノロマがッ!」
なんとなく皮袋の中身を物色していると、外から苛立ちげな男の声が聞こえてきて、また乱暴に扉が開かれる。
そして僕をここに連れてきたゼラド兵士長とは別の帝国兵が、一人の女を部屋の中に突き飛ばした。
「あうっ……す、すみませんすみません……!」
たたらを踏んでよろよろと飛ばされてきたその女の子は、僕よりも少し年下のように見える背の小さい少女だった。
「えっ、女!?」
寝転がっていた同室の男がそれに反応して飛び上がる。
……そういや多くはないが、さっき広場で何人か女の人を見かけたのを思い出す。
「女ッ……だけど、好みじゃねぇなぁ……」
ゴロツキ男の弾んだ声が、伸びた語尾と一緒に一気に萎んでいく。
メガネを掛けた緑色の髪をしたその女の子は、どこかおどおどした様子で僕たち男二人を見回していた。
「あ、あのあの、あの……わたし……」
半分涙目で喋るその少女は、こんな場所にはあまりにも不釣合いな、似合ってない人間に思えた。
そしてそんな姿を見かねてか、ベッドに座り直したゴロツキ男が先に話を切り出す。
「まあ、そうビクビクすんなって。これから同じ部屋で生活するんだし、軽く自己紹介でもしようぜ? そこの姉ちゃんも適当に座れや」
「あっ、は、はい……」
その少女は相変わらずぎこちない動きで周りを見回して、反対側のベッドの上に腰を落とす。
僕は壁を背にして、二人と少し離れた場所に陣取った。
「オレはエダンだ。エダン・シュミット。帝国出身だ。んで、姉ちゃん名前は? どこから来たんだ?」
「わ、わたしはルシ、ルシ・クレールです。その……都市連合のサレンから来ました」
恐る恐るそう話す少女、ルシの言葉に、自分をエダンと言ったゴロツキ男の方が頷きながら話した。
「あぁ~都市連合というと、エドルンの方だっけ?」
「えぇ、もしかして知ってるんですか?」
少しホッとした顔でそう聞き返すルシに、エダンが首を横に振る。
「いや……すまん、サレンて街は知らね。ただ都市連合っていうと、この前エドルンで起こった大きな反乱事件があっただろ? だから名前は覚えてるんだよ」
「そ、そうですか……」
すぐ落胆した声で俯く少女に、エダンが首を傾げながら言ってきた。
「でも姉ちゃん、あ、ルシって言ってたな。ルシちゃんはなんでこんなところまで飛ばされたんだ? ……どう見ても犯罪とかするタイプには見えんし、戦いが得意とかにも見えねぇけどな」
……それは僕も最初から思っていたことだった。
彼女は馬車や広場で見た強面の人種とは、あまりにも異質な存在に見える。
「わたし……その、お父さんの勧めでサレンにいる魔法学園に通っていて……そこの先生方が、その……革命に関わっていたとのことで、それで……」
途切れ途切れの言葉でそう語るルシの話に、エダンがため息をついて手を振る。
「あぁ~~……それで学園ごと潰されて、こっちに流されたってところかぁー……。もういい、もういい」
「そ、そうですか……」
どこか残念そうにも聞こえるルシの返事の後、エダンがまた彼女に質問する。
「あれ? ならルシちゃんって魔法使い? こりゃすげぇぜっ! あぁ……だからか、ここに配属されたのは」
「あ、いや……一応使えますけど、攻撃魔法とかは全然ダメで……!」
はしゃぐエダンに、ルシが慌ててそれを否定する。それにエダンが失望の混じった声で言ってきた。
「なんだぁ、見かけ倒しか……期待して損したぜ」
「す、すみません……」
エダンが勝手に盛り上がっただけで別に彼女は悪くないと思うが、それでもルシは頭を下げて謝ってくる。
「わたしは体内に蓄積可能な魔力許容量が少ない体質で、それで主に付与魔法とか、応用魔法やエンチャントを中心にした研究を……」
「ちょ、ちょっと待って……な、なに言ってんだルシちゃん? ……体内、蓄積? 許容量? ……何のことだ?」
聞き慣れない言葉の連続に、エダンが彼女の言葉を遮ってストップを掛ける。それでハッとなったルシがまた謝ってきた。
「あっ、すみません。わたしったら、つい……」
僕もあまり理解できてないが、どうやらルシという少女は魔法の使用よりも、魔法を研究する学者みたいな感じの人だと思えた。
「いいっていいって別に。次は……そこの寡黙な兄ちゃん、兄ちゃんも自己紹介しようや。どっから来たんだ? 名前は?」
そんなことを考えていた時、エダンが今度は僕の方に話を振ってきた。そして二人の視線が僕に集まってくる。
「……名前はガルム。コスタ王国出身だ」
「へえー、コスタから来たのか。ルシちゃんがいた都市連合のすぐ上の方にあった国だよな。んで、なにしてこんな辺境まで飛ばされてきたんだ?」
エダンの質問に一瞬だが言葉に詰まる。
馬車で見た夢と同じく、鮮明によみがえる過去の記憶と感情が、むくむくと込み上げてくるのを我慢して僕は言葉を繋げた。
「2年前の戦争で……僕がいた村に逃げ込んだ王国軍と、追ってきた帝国軍の戦闘に巻き込まれて村が焼け落ちた。それからだな」
「エドルンの
僕の話に、ルシが独り語のようにそう呟く。
『エドルンの
……だが、そのことごとくが帝国によって粉砕され、エドルン全土が血に染まったという謂れでそう名づけられた事件だった。
「うん? でもよ、それは2年も前の話だろ? 今までは何してたんだ?」
首を傾げて聞いてくるエダンに、僕は軽くため息をついて答える。
「……村が無くなった後は食料プラントにいたよ。生き残った村人と一緒に」
「あ――……強制移住させられたかぁー。まあよく聞く話だわな」
頷きながら肩を竦めるエダンに、僕は吐き捨てるよに付け加える。
「そのプラントも、最近起こった反乱に参加者が出たとかで潰されてしまったが」
「あ……やっぱり、お前もルシちゃんのように巻き込まれた口だったか。どうにもこっち側の面構えじゃないと思ったようなぁ最初から。まあ……色々大変だったな?」
納得したように頷きながらそんな言葉をかけるエダンだが、その気遣いの言葉はあまりにも軽いものに聞こえた。
「……そういうお前は何をしてここに来た?」
「あ、オレか? オレは泥棒だ」
僕の質問に、エダンは何の気負いもなくさらっとそう答える。
……ある意味予想通りで、いっそ清々しいほどの単純明快な返事だった。
「最近仕事でちょっちヘマをしちまってなぁ。そんでイミレンの警備兵に捕まっちまって、手首を切られるかフォルザの壁に志願するかの二択だったんで、当然こっちを選んだってわけだ」
「イミレンっていうと……え、エダンさんは、帝都の出身ですか?」
「ああ、そうだぜ? つっても帝都の片隅も片隅、ほとんどスラム当然の地区にいたがな」
遠慮がちに聞いてくるルシに、エダンは照れくさそうに頬をかきながら答える。そして逆にルシに言ってきた。
「それにルシちゃん、これから何かと顔合わせることになるんだし敬語はよせや。敬語を聞くと、なんかこう……むず痒くてしょうがね。な、ガルムもそう思うだろ?」
急に振られた話にどう答えるか一瞬悩んでいると、ルシが両手を振って慌て出した。
「あ、いえ、そんな……ッ! わたしはその、あまり……皆さんに迷惑かけるか、心配で……」
要領を得ないルシの話に、彼女が随分テンパっているのだけは理解できた。だから僕も少しだけ横槍を入れる。
「本人の好きな方でいいんじゃないか? わざと変える必要もないだろ」
「ふむ……そういうもんかぁ?」
あまり納得がいかない顔のエダンがまた何か喋りだそうとした時――外から帝国兵の声が聞こえてきた。
「お前ら、よ――く聞けっ!」
長い通路を木霊して聞こえてくるその声に、僕たちの会話は中断された。そして自然と通路の方に視線を向かせる。
「今お前たちがいる同じ部屋の4人で一つの班となる! この砦での行動は全て班を基準に動く! 一人がヘマをすれば残りの者も同じ処罰を受ける! 連帯責任だ! 今から励めよ――!」
「おいおい……いきなり何なんだ? もう滅茶苦茶だなこりゃ……」
それを聞いてエダンが悪態をつく。他の部屋からも同様にざわめきが走る。
それに構わず、通路の方では帝国兵の声が続いていた。
「部屋にある補給袋に、お前たちが着る防具が入っている! それを身につけ、さっきの練兵場に集まれ! 以上ッ!」
……どうやら最初に僕たちがいた広場が練兵場らしい。
僕は足元に置いてあった皮袋から、おもむろに中身を取り出していく。
そして、そんな僕をなんとなく見ていたエダンが、ふいに首を傾げて言ってきた。
「うん……? ちょっと待ってよ? 4人……? オ――イ、看守さんよぉーっ! オレたち3人しかないんだが、どういことだ~!?」
ちょうど外から人の気配を感じて、エダンが急ぎ扉を開いてそう叫ぶ。
通路の方では、ルシをこの部屋に連れてきた時の兵士が僕たちの部屋の前を通る最中だった。
「誰が看守だ。言葉に気をつけろ」
不機嫌な顔で睨むその兵士に、エダンは軽薄な笑みを浮かべて肩を竦める。
「この宿舎も、帝都の牢屋と大して変わんないんだから似たようなもんだろ。それよりもオレらの部屋、人が3人しかいないんだが……どういうことだ?」
「なに、3人だと……?」
エダンの言葉に、疑わしい顔で僕たちの部屋の中を見渡したその兵士は、やがて思い出したように言ってきた。
「……そういえば、こっちの宿舎は人員が合ってないと言っていたな。……お前たちはそのまま3人で一班だ、いいな?」
「いや、それはいくらなんでも……お、おいっ!?」
さらっとそう言ってまた歩き出す兵士をエダンが呼び止めるが、その兵士は振り向かずにそのまま遠ざかる。
「おいおい、マジかよ……」
ため息混じりにエダンがそう呟く。
そのやり取りを横目で見ながら、僕は黙々と防具を身につけ始めた。
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