プロローグ

第1話 【最後の情景】

 どこで間違えたんだろ。

 抗えない巨大な波に流され、また飲み込まれて。

 振り返っても、もうこれ以上掃かれる場所すら存在しない、世界の片隅。

 ……僕は、いったいナニを間違えてしまったんだろ。


「おや、まだ人が残っていたのか」


 ――燃えたぎる炎。

 周りを埋め尽くす火の海をかき分け、その炎より赤い髪をした黒鉄の鎧を身に纏った女が現れる。

 その手に持つ抜き身の長剣からは、今も赤黒い鮮血が滴れていた。


「閣下、プラント内の鎮圧が終わりました。何人か降伏してきた者たちがいますが」


 続いて炎から出てきた同じ格好をした兵士の報告を遮り、その女は告げる。


「殺せ、一人残らずだ」

「はッ!」


 一抹の感情すらこもってない声で命令を下す女に、その兵士はすぐどこかへと消え去る。

 そしてこっちを振り向いてきた彼女の顔は、恐ろしく冷徹て……また美しかった。


「…………ッ」


 クワを握る手が汗ばむ。手の震えが止まらない。

 それを誤魔化すために、僕はもっと力を入れてクワを握りしめた。


「なんだ? こんなところにいるから、ただの腰抜けで臆病な有象無象だと思っていたが……案外面白い反応をする」


 前に突き出した僕のクワを眺めて、口元に薄い笑みを携えたその女は歩を進める。

 まるで自然体で、ゆったりした足取りで近づく鎧の女に、僕の心臓も激しく飛び跳ねる。


「まさか、そんなオモチャで我に歯向かうつもりか?」


 その女が一歩近づく度に、それと同じく自分の死が近づいてくるのを感じる。

 殺気とか、気配とか……そんな曖昧なものなんて存在しないと思っていた。

 だが目の前にいる女は、まさにその曖昧なものが形を成して人の姿をしているかのような存在だった。


 ……それでも僕は、歯を食いしばり、拒絶反応を起こす体を無理やり動かして、半歩前に足を踏み出す。


「ほう、前に出てくるか。……なら、抗って見せろ!」


 楽しそうに嗤う鎧姿の女――その顔を見て思った。

 どう抗っても、万が一にも、後一歩先に進めば確実に死ぬ。

 死ぬしかない、それが定め。

 武芸なんてまったく知らない僕でもそれを肌で感じ取れるほど、絶対な事実。


 …………


「うわあぁぁあぁぁ――――っッ!!」


 口から自然とみっともない奇声が出る。

 もう流されるのは嫌だった。仕方ないと諦めて受け入れるのも嫌だった。

 これが今までの自分に対する最初で最後の反逆か、それともただの自棄か……それも今さら。


 だって僕は、これから死ぬのだから。


「……フッ」


 僕の無謀な突進に、その女は剣を構えるでもなく薄く笑っていた。

 ――そして次の瞬間、自分の意識ごと……視界が暗転した。

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