暁伝 前哨戦23
疲労困憊だった。
傷ついた軍勢は重々しい足取りで撤退してゆく。
アカツキはふと自分の分隊の仲間達の安否が気に掛かった。
「ファルクス分隊の誰かと会いましたか?」
アカツキは隣の同僚に尋ねた。
「ハンクやアーロン、サンダースなら無事だったはずだが」
ファルクスはあのまま飛び込んだきりか。
「手綱を頼みます」
エーラン将軍の遺骸の乗った馬の手綱をアカツキは相手に託し前方に駆けた。
「馬を! 誰か、馬を譲ってはくれまいか!?」
大音声で呼び、駆けて行く。
「どうした、アカツキ!?」
バーシバル中隊長が振り返った。
「ファルクスが戦場から戻っていないようです! 俺は彼を探しに行きたいのです!」
「諦めろ、アカツキ。ファルクスは良い戦士だった」
「いいえ、諦めません。あのファルクスが簡単に斃されるとは思いません。きっと今も剣を振るって戦いを楽しんでいるでしょう! その目を覚まさせて、連れ帰ります!」
アカツキが己の本音を吐露するとバーシバル中隊長は馬を下りた。
「そうだな、あのファルクスが斃れるとは想像しがたい。お前達の仲は知っている。行け、アカツキ」
「はいっ!」
アカツキはバーシバル中隊長の馬に跨り来た道を引き返す。
歩兵達が何事かと振り返っていた。
城が見える。と、騎兵隊が戻って来るのと鉢合わせた。
「アカツキか、どうした、どこへ行こうと言うんだ?」
先頭にいたツッチー将軍が尋ねて来た。
「ファルクス分隊長の行方を捜しに。御免!」
止められるのは百も承知だった。だからこそ、何も言わせず馬を駆けさせた。
魔族達が意気揚々と城へ引き上げている。
そんな中、目を凝らし原野の片隅に人だかりができているのを見つけた。
あれだ!
アカツキは馬を飛ばした。
「千八十七!」
聞き覚えのある声が届いた。
「どけえいっ!」
アカツキは魔族達を切り払い、飛び込んだ。
「千八十八!」
ファルクスは次々敵を斬り殺していた。
魔族達はアカツキの登場に瞠目し、剣を向けた。
「ファルクス! 目を覚ませ! 戦は終わった!」
「アカツキちゃんよ、敵なら、ほら、まだまだ目の前にいる。俺はこいつらを斬って斬って、殺して殺しまくるのさ!」
返り血だらけのファルクスがニヤリと不気味に微笑んだ。
狂戦士。
「いい加減にしろ! 撤収だ! リヴィーナさんや、エリスちゃんを悲しませることになるかもしれんぞ!」
「フハハハッ! 俺が負ける? 有り得んことだぜ!」
魔族達は遠巻きになってアカツキとファルクスを観察していた。
「さぁ、次、どんどんかかって来い!」
「てな具合でな。背を見せるわけにもいかねぇし、俺達も持て余し気味なんだよ」
壮年の魔族の兵がアカツキに言った。
アカツキは馬上から下りて剣を抜いてファルクスの背後に立った。
「アカツキちゃん、何考えてる?」
「ぬうんっ!」
アカツキは剣の刃の平をファルクスの頭へ振り下ろした。
だが、ファルクスは振り返って受け止めた。
「意地でも連れ戻す!」
「へ、アカツキちゃん、やれるもんならやってみな!」
ファルクスがマークツーをアカツキに向けた。
アカツキも乾いた血の付いた両手剣ビョルンを向けた。
二人を囲む魔族達が囃し立てた。
「こいつら戦うらしいぞ!」
「さぁさぁ、どっちに賭ける?」
アカツキはファルクスの狂気に呑まれた目を見詰めた。
そして剣の鍔のルーン文字が一段と輝きを増しているのを見止めた。
もしかすれば、マークツーは敵を切り裂くほど威力を増すが、意識ものっとってしまうのではないだろうか。
魔族達の声援が飛ぶ中、両者は睨み合い、アカツキは最初に仕掛けた。
「ヒャアアッ!」
ファルクスは剣で受け止め、物凄い膂力でアカツキを弾き飛ばした。
アカツキは魔族の兵にぶつかった。
「アカツキちゃん、駄目だ、抑えが効かねぇ」
ファルクスが呟いた。
「ファルクス、剣を捨てろ! お前はきっとその剣に支配されてるんだ!」
「う、うおおおっ! ハハハハッ!」
ファルクスが大きく薙ぎ払ってきた。
アカツキはビョルンで受け止めるが、剣の出来が違い過ぎる。ビョルンにこれ以上負担を掛ければ折れてしまうだろう。
ファルクスの猛攻をアカツキは避けに避け続けた。
「威勢よく出て来たと思ったら逃げる一方か、ガキンチョ!」
「そうだ、戦え、戦え!」
魔族達がヤジを送る。
アカツキはファルクスの大振りに隙を見出そうとしていた。何故なら不自然なほどの大振りだったからだ。
ファルクスは抵抗している。マークツーの支配から脱却しようと。
アカツキは剣を片手に持ち、素早く帯に吊るしていた飛刀を投げつけた。
飛刀はファルクスの無防備な手の甲を貫いた。
片手がマークツーから手が離れた。今だ!
アカツキは剣を握り直し、猛然と打ち込んだ。
激しい打ち込みに、片手のファルクスは押される一方だった。
と、アカツキは剣を回し、刃の腹でファルクスのもう片腕の甲を殴りつけた。
マークツーが手から落ちた。
魔族達が称賛の声を上げる。そんなことなどどこ吹く風、アカツキはファルクスの元へ駆け寄った。
「ファルクス、逃げるぞ」
「アカツキちゃん、わりぃな。だが、マークツーは持って帰る」
ファルクスは剣を拾うと一瞬だけ狂気の顔つきになったが、背中の鞘に収めると平常通りの顔に戻った。
「小僧ども、その根性を認めてやる。こいつらを通してやれ!」
「隊長、しかし、この小僧どもは俺達の仲間をやってますよ?」
「死んだ奴らは運が無かっただけだ。そら、通せ、通してやれ」
魔族の壮年の隊長が言うと彼らは道を開けた。
アカツキは馬に跨った。ファルクスがその後ろに乗る。
「礼は言っておこう。そしてこの礼はいずれ戦場で返させていただく!」
アカツキは頭を下げ、馬を走らせた。
「あばよ、小僧ども! 再戦、楽しみにしてるぞ!」
魔族達が声を上げて送り出した。
駆けながらファルクスが尋ねて来た。
「アカツキちゃん、結局、負けたのは分かったがどうなったんだ?」
「俺も詳しくは分からない。ただ、エーラン将軍が討ち死にした。バルバトス太守の影武者になってな。遺骸は俺が守った」
「そうかい、エーランがね……」
こうしてこの度の戦は終わった。
そうして五年が経った。
魔族とは大規模な戦は無かったものの、小競り合いだけは続いていた。
ある日のこと、アカツキはファルクスと共に王城へ呼び出された。
「太守殿が俺達に用?」
「ああ、速やかに登城しろとさ」
速やかに? 俺とファルクスは何か悪いことをしただろうか。
二人は揃って城へ向かった。
近衛隊が守る部屋を行き、長い階段を上る。
玉座へ続く大きな扉の前に来る。
「アカツキ、ファルクス、仰せの通り参りました!」
アカツキが声を上げる。
「入れ」
バルバトス太守の声が応じた。
扉が開かれ、荘厳な光景が姿を見せる。正面の玉座に腰かけるのはバルバトス・ノヴァー太守。その間を左右に将軍達が勢揃いしていた。
「失礼します!」
アカツキは歩み出す。背後で扉がゆっくり閉められた。
「アカツキ、ファルクス、見違えたな。大人になった」
バルバトスは朗らかに嬉しそうに言った。
「跪くが良い。その方らに将軍位を与える」
そう言われ、アカツキは一瞬何を言われているのか分からなくなった。だが、理解すると慌てて頭を下げ、跪いた。
「昇進は二人揃ってだったな、ファルクス」
「おうよ」
ファルクスはバルバトス太守に応じた。彼の口の利き方を注意する者はいない。もう既に将軍らも理解していたのだ。
バルバトスは段を降りて、跪く二人の前に立った。
「過去の功績を遡り、貴公らを表彰することになった。ファルクス、アカツキ、今後は一人の将軍として共に励んでもらうぞ」
「はっ!」
アカツキは返答した。
こうしてアカツキは将軍となった。魔族との争いが再び激化し、アカツキが将軍として本格的に前線で戦うのはまだまだ先の話になる。
暁伝 前哨戦 完。
暁伝 神殺しに挑む者達へ続く。
暁伝 ー前哨戦ー Lance @kanzinei
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