暁伝 前哨戦22

 打ち込む、打ち込み続ける。相手に隙を見せてはいけない。

 アカツキは巧みに剣を操った。

 だが、一人も討ち取れず、交代となった。

「二人斃しました」

 最後尾で降り注ぐ矢へ盾を構えながらサンダースが言った。

「俺は一人」

 アーロンが応じ、続けた。

「でも隊長は二十人ぐらいはやったんじゃないでしょうか?」

 そのファルクスは呼吸を荒げ、身体は緑色の魔族の血でべったりだった。

「負傷者はいないか? アカツキ」

 ハンクが尋ねる。

「俺は何とも無いです」

 アカツキは応じた。せめて一人は討ちたかったが、未だに必殺の一撃を打てずにいた。堅固な鎧兜ごと断てるファルクスのマークツーが羨ましい。だが、それでもアーロンもサンダースも、敵を討ち取っている。敵の弱点を見抜く力が無いのかもしれない。悪戯に自分のペースに持っていくのではなく、もっと目を凝らすべきなのだろう。

 以前はアジーム教官がくれた強弓があったが、今度ばかりは剣だけだ。これだけで道を切り開いて行くしかない。

 その時だった。

「何だ、あれは?」

 その声が指す方角は西だった。空というより空間に異変が起きていた。

 円く大きな紅い光りを放っている。輝いているルーン文字が円の中で回転している。

 驚くべきことが起きた。

 そこから次々騎兵が現れたのだ。肉食馬の。

「全軍突撃、敵の横腹を食い破れ!」

 若々しい声が轟き、地鳴りが大地を震撼させた。

 西側にいた騎兵隊の姿が見えなくなった。

 前と横から攻められている。

 そうして物の見事に瓦解した。

「突撃だ! 次は歩兵を散らす!」

「備えろ! 長槍を持て! 騎兵を突き落とせ!」

 バーシバル中隊長の泡を食った声が響いた。

「ハンク、ここは任せる! 絶対死ぬなよ!」

 ファルクスが言った。

「隊長?」

「ヒャアアアッ!」

 ファルクスは敵目掛けて疾走した。

「ファルクス!」

 アカツキは驚きの声を上げた。

 ここを凌げるのは血を吸い鎧ごと両断できるマークツーだけだと彼は考えたのかもしれない。

「来るぞ! 備えろ! 長槍用意!」

 バーシバルが声を上げる。

 ファルクスの姿は騎兵隊の中に消えて行った。

 アカツキ達は新たな矢面に出て長槍を構えた。

 大きな騎兵が近付いてくる。

 目の前だ。

「突けえっ!」

 バーシバルの声が響く。

 アカツキは長槍を繰り出した。

 が、騎兵の鎧に阻まれ槍は飛んでいった。

 そうして騎兵達が次々側を通り過ぎていく。アカツキはこのままやらせるかと思い、一騎の騎兵の鐙を掴んだ。

 引っ張られて行く。

「ぬうぅっ!? 小癪な小僧め!」

 乗り手は剣を振り下ろした。刃は手甲にぶつかった。乗り手は蹴飛ばし、斬り付け、アカツキを引き剥がすことに躍起になっていた。

 地面に引きずられ、アカツキはついに手を放してしまった。

 いかん! このまま行けば近衛隊が! バルバトス太守が!

 だが、地を転がり、頭に鈍い痛みが走りアカツキの目の前は真っ暗になっていた。



 優しい優しい光りの坊や。

 どこからか柔らかな声が聴こえた。

 アカツキは目を覚ました。彼は綺麗な女の膝に頭を乗せていた。

「アルテシオル?」

 痩せこけてはいなかった。光り輝いている。神々しい言えば良いのだろうか。

「坊や、戦いはまだ続いているわ。私は闇の者だけれど、それでもあなたに祝福を与えます」

 アルテシオルはアカツキの額に口づけした。

「さぁ、お行きなさい、あなたは戻らなければなりません」



 喧騒が、地鳴りが耳に入る。

 アカツキは目を覚ました。

「撤退! 撤退だ!」

 散らばる屍、動きの緩慢な負傷兵達。

 近衛隊も姿を散らしていた。

 乱戦となっていた。

 アカツキは転がっていた自分の剣を拾い上げた。

 どうすれば良い? 俺はどうすれば良いんだ?

 乗り手を失った馬が側に現れた。

 ふと、夢の中でアルテシオルが祝福してくれたことを思い出した。

「俺は戦う!」

 アカツキは馬に飛び乗った。

「はっ!」

 そうして馬上の人となり、壊滅寸前の近衛隊の方角へ走らせた。

 まずやることは総大将を逃がすことだ。バルバトス・ノヴァー無くして今の人の世界は成り立たない。

 近衛隊とやり合っている敵の首を背後から刎ねた。

「太守殿! 太守殿!」

 アカツキは敵の騎兵を斬って斬って斬りまくった。刃はまるでマークツーのように敵を次々斬り斃していた。アカツキはこの幸運に感謝した。アルテシオルのおかげだと思った。

 数人の近衛隊と共に剣を取るバルバトスの姿が見えた。ダンテが守護し、五人ほどの敵兵を薙ぎ払っていた。

 アカツキは馬を飛ばした。

「御無事ですか!?」

「アカツキ!」

 敵を裂きながらバルバトスが笑みを浮かべた。

「よぉ、アカツキ」

 ダンテが帽子のつばを上げてニコリと微笑んだ。半裸の身体は緑色の返り血に染まっていた。

「ダンテさん、傭兵団は?」

「殆ど逝っちまったよ。ったく俺は悪魔だよな」

 ダンテが自嘲するように笑う。

「ダンテの兄貴、敵が!」

「どぉれ、相手になろうかね!」

 数えられるほどの手勢を率いてダンテは新たな戦場に飛び込んで行く。

 そうしてバルバトス・ノヴァーと目が合った。

「アカツキ、退け、死んではならん!」

「いいえ、太守殿、御退きください! ここは俺とダンテさん達とで食い止めます!」

 その時だった。猛然と一騎の馬影がこちら目掛けて駆けて来るのを見た。

「まさか、暗黒卿か!?」

 生き残りの近衛隊の一人が言う。

「総大将、御無事か!?」

 それはエーラン将軍だった。折れた槍を手に、胸甲は既に割れ、全身、緑色の血に塗れていた。

「エーラン将軍、無事でよかった。隊を立て直し、そして撤退する!」

「そのような悠長な時間はありません! 私の考えが甘うございました! 真に面目次第もございません!」

「将軍のせいではない。全ての責任はこの私にある」

「総大将、ご無礼、兜を頂戴致します」

 エーラン将軍はバルバトスの頭から兜を取り、自分の物を差し出した。

「エーラン、どうする気だ?」

「いたずらに死なせてしまった者達への、せめてもの罪滅ぼし、貴方が逃れられる時間を稼ぎまする! 御免!」

 エーラン将軍は戦場に向かって馬を走らせた。

「バルバトス・ノヴァー、ここにあり! ヴァンピーアの勇者はここに健在ぞ!」

 エーランの大音声が聴こえた瞬間、アカツキは熱い血潮が全身を駆け巡り馬を走らせていた。

「アカツキ!」

 バルバトスの驚きの声が背を追うが、アカツキを止められなかった。

 死なせたくない! 死なせるものか!

 アカツキは駆けに駆けた。

 駆けながら飛刀を飛ばし、敵の騎兵を討ち落とした。

 大音声で総大将を名乗るエーラン将軍はグルリと魔族達に包囲されていていた。功名に逸った魔族の雑兵らをエーラン将軍は鬼気迫る勢いで次々突き殺していた。

「将軍!」

 アカツキは歩兵隊を蹴散らし、エーラン将軍に並んだ。

「お前は?」

「ファルクス分隊のアカツキと申します! 及ばずながら最期までお供させていただきます!」

「すまぬ!」

 エーランが涙を流し応じた。

 魔族の雑兵達をエーランとアカツキは次々切り裂いていった。

「バルバトスを討て!」

 魔族の将の声が轟く。

 エーランの槍が唸り血煙を上げる一方、アカツキの剣は風を纏い次々凶刃を弾き返していた。

 エーラン将軍、槍の腕前は一流だった。

 包囲が薄くなった。

 と、斬りながらアカツキは、戦場から味方勢が去って行くのを見た。

「もう良い、アカツキとやら、お前も行け!」

 エーランも様子を見たようでそう言った。

「行きません! 言ったでしょう、最期まで共にすると! さぁ、もっとお叫びになられて!」

「分かった! バルバトス・ノヴァーの兜首が欲しければ討ってみせいっ!」

 エーランも折れた槍を捨て、敵から槍を奪い取り、新たな獲物を刺し貫いた。

 もはや修羅となり咆哮を上げ続け、百人は斬っただろうか。だが、不思議なことに身体はまだまだ動く。危機に陥るとこういう潜在的な力が目覚めるのかもしれない。

「ハアッ! タアッ!」

 アカツキは父の形見を振るい、それは血糊でべったりしていた。

 四方、八方から襲い来る白刃を弾き返し、突き、斬り、返り血を浴びていた。

「ガアッ!? おのれがあっ!」

 エーラン将軍が槍を突き返す。その身体は割れた胸甲の中心から敵の槍に貫かれていた。

「アカツキ! 別れも近い、お前は行け!」

「行きません! さぁ、しっかり御大将! あなたは今、不滅で不屈の大将の名を名乗っているのでしょう!?」

 エーラン将軍が槍を振り回した。

 魔族の首が幾つか吹き飛んだ。

「く、力が入らぬ」

 エーラン将軍が言った。

 アカツキは戦場の状況を見た。

 敗走する味方勢は体勢を立て直し纏まって戦いを繰り広げている。

 潮時か!

「アアアアアアアッ!」

 アカツキは咆哮を上げて前方の敵を切り裂いた。

「将軍、さぁ!」

 アカツキはエーラン将軍の馬のくつわを引っ張った。

 エーラン将軍は朦朧とした様子だったが、目に生気が戻り、開いた血路を駆け出した。

 アカツキはその後に続き、追撃の敵兵を斬った。

 と、エーラン将軍の馬がつまずき倒れた。

 将軍は投げ出されていた。

 エーランは身体に刺さった槍を引き抜いた。鮮血が飛散する。

 呻くエーランの元へアカツキは駆け出す。エーランの馬は脚を折っているようだ。ならば。

「将軍、さぁ、こちらの馬にお乗りください!」

「アカツキ、もう良い、行け、俺は死ぬ定めだ」

 エーランが呻きながら言った。

「そんなことはさせません! 帰って神官の手当てを受けましょう!」

 エーランを馬に乗せ、アカツキはその前に座って馬を操った。

 アルテシオル、もう少しだけ俺に祝福を!

 アカツキは駆けに駆けた。

 その頃になると、誘き出された敵兵もエーランの正体を見抜いていた。だが、兜首には変わりない。追手が迫って来る。

 すると、前方から五十騎ほどの騎兵隊が駆けて来た。

「エーラン将軍! 御無事か!?」

 先頭はツッチー将軍だった。ボク・ジュン将軍もいる。

「ツッチー、あいすまぬ。この俺の醜い野望で多くの将兵を殺してしまうこととなった」

「深手を負われております。一刻も早く神官の手当てを受けなければ!」

 アカツキが必死に言うとツッチー将軍は頷いた。

「エーラン将軍、御処分が下るまで死んではなりませぬ! アカツキ、頼むぞ!」

「はっ!」

 ツッチー隊は群がって来る敵兵を受け止めた。

 この隙に逃げなければ。

 アカツキは馬腹を蹴った。

 そして逃れる歩兵隊と合流した。

「通してくれ! どいてくれ!」

 アカツキは馬上で声を上げながら、平静さを取り戻した歩兵達の間を駆けて行く。

「アカツキ」

 エーラン将軍が言った。

「何です?」

「ありがとう」

 将軍の首がアカツキの肩にぶつかった。

「将軍!?」

 アカツキは呼んだが、返事は無かった。

 エーラン将軍は逝かれてしまった。彼が蒔いた種とはいえ、無念だったはずだ。前回、そしてこの度の戦の不始末の責任を取る前に逝ってしまったのだから。

 アカツキは馬から下り、エーラン将軍の遺骸を落ちぬようにした。

 涙が溢れてきたが、手綱を引っ張り堂々と歩いた。

 エーラン将軍、安らかに。

 そうして未だに油断できぬ敗軍の行軍は続くのであった。

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