暁伝 前哨戦21

 ヴァンパイア掃討の任を終え、ブライバスンの民達の見送りを受けてアカツキ達はヴァンピーアへ戻った。

 しかしアカツキの胸中は晴れなかった。

 アルテシオルの顔が過ぎる。彼女は殺してはいけなかった。殺したくなかった。たった一人で大勢の仲間を纏め上げ、自らは孤独に苛まれていたのだろう。闇の神は何故、彼女に救いの手を出さなかったのか。

 いや、闇の神の救いの手を光の神が振り払ったのだろう。なればこそ、俺が勝つことができた。

 戻ったのは良いが状況は思わしく無い様だ。

 兵の集まりが悪く、そんな中でも志願した新兵達にはアジーム教官の調練が未だに続いている。

 アムル・ソンリッサが動くかと思ったが、向こうも向こうで各方面での戦が忙しい様子だ。オーク城には、こちらに対抗できるだけの兵力が留まっているのみだという。こちらの全兵力に対抗できるほどだ、向こうも大軍勢だろう。

 そうして一年が過ぎた。

 アカツキはまた一つ年を取った。十八歳だ。

 ファルクスの計らいで、またリヴィーナとエリスに祝って貰えた。

 ふと、アカツキはツッチー将軍か誰かが言っていた言葉を思い出した。外壁上でダンカン隊長は装具を磨いていたと。

 夏も近くなったある休暇の日、アカツキは桶に水を汲み、支給品の装備に身を包んで外壁へと上がった。

 外壁は勿論広く、戦の際に弓兵が大勢詰められるようになっている。四方には四つずつ投石機が付けられている。

 物見の兵や警備の兵が巡回していた。

「おや、これは懐かしい光景が見られそうだな」

 若く年上の警備兵が言った。

「やはり、ダンカン隊長はここで?」

「そうとも。ダンカン隊長とイージス殿、イージス殿が討たれてからはカタリナ殿がここで揃って装備を磨いていた」

 アカツキにとってイージスは父でカタリナは元上官だ。不意にここが懐かしい場所に思えるような気がしてきた。

「隊長達はどこに座ってたのですか?」

「向こうだ。正面だな」

「ありがとうございます。行ってみます」

 アカツキは礼を述べて歩いた。

 正面に来るとアカツキは大きく息を吸い込んだ。

 隊長達の空気を少しでも感じられれば。

 鎧を外し、その場に座り労わる様に布で磨き始める。

 アカツキはマメな性格だったが、ここ最近は環境が変わり、すっかり自分の落ち着ける時間を忘れていた。彼はこうして独り、鎧兜に剣など戦の道具を磨くのが好きだった。

「懐かしいな。ダンカン隊長が帰って来たみたいだ」

 アカツキにそう言って警備兵や物見の兵達が微笑んで過ぎて行く。

 午前から夕暮れまで掛かった。

 夕日が照らす戦の道具は全て煌めいていた。

「よし」

 アカツキは兵舎へ引き上げることにした。

 だが、戻ると談話室では論争が繰り広げられていた。

 状況を把握するために少し聴き入ってみる。

 どうやら、兵を挙げるか挙げないかの話だった。何故そんな話になったのだろうか。

 アカツキは状況を見ていたハンクに話しかけた。

「出陣するんですか?」

「末端の俺達には詳しい情報は伝わっていない。が、そういう噂が流れてる。何でもエーラン将軍が痺れを切らしたらしい」

 エーラン将軍。ファルクスは嫌っているが、アカツキは彼のことを評価したことは無い。ただ、噂では誇り高く頑固な性格らしい。

「先輩はどう見ますか?」

「五分五分の戦になるだろうが、こうも噂が俺達のような末端にまで聴こえているのだ、蝶者が既に情報を持ち帰っているかもしれない。つまりはこちらを破るべく、備えを増やすだろうな」

「すると五分五分ではなくなりますね」

「そうだな。新兵もまだ送られてきていない。エーラン将軍は先の戦での大敗北での責任を一刻も早く注ぎたいのだろう」

「死ぬのは俺達だというのに」

 アカツキはそう言い、エーラン将軍が嫌いになった。

 出陣の噂は本当のことになった。

 総大将バルバトス・ノヴァーに、エーラン、エルド・グラビス、サグデン伯、芳乃、ツッチー、ボク・ジュン、ホウ・エツら、将軍が抜擢され、そこに近衛隊に組み込まれたダンテ率いる傭兵団がいる。留守はライラ将軍が二百の兵で守ることになった。

 アカツキらファルクス分隊は出陣側だった。

 ライラ将軍に見送られ、騎兵、歩兵、攻城兵器と輜重の輸送隊、総勢三万人が、行軍を開始した。

 六月も半ば。そろそろ暑くなり始めるころだ。

 移動はゆっくりだった。先頭は騎兵隊、ついで弓と歩兵隊、近衛隊、輸送隊が後を続く。

 オークの廃村を幾つか通り過ぎ、斥候が戻って来た。

 静かな行軍だった上にすぐ後ろが近衛だったため、斥候の声が耳に届いてきた。

「オーク城前面に魔族が展開しています。規模、三万」

「暗黒卿がいるかどうかか。とはいえ、敵は長年戦を続けてきている古強者に変わりはない。兵は精強、将も強者揃いだろうな。この戦は無駄かもしれん」

 バルバトスの声が聴こえた。

「勇者バルバトス殿ともあろう御方が何を申される!」

 エーラン将軍が馬を飛ばして近衛隊に割り込んで来た。

「エーラン将軍、無駄に兵を死なせるわけにはいかない。カッコはつかないが、今回は引き返そう。やはりまだまだ準備不足だ」

 バルバトスが言う。

「規模で言えば五分五分。それに今回はあなたがいる! 暗黒卿がいてもあなたならば剣を交えていられるでしょう。それがあなたと言う勇者の役目です。あなたは暗黒卿の首さえ取ればいい。城は我々が奪います。それ、もたつくな! 歩け! 歩かぬか!」

 エーラン将軍は大音声で去って行った。

「私自身立場を危うくするような不名誉を被るは構わん。だが、勝てぬ戦だけはしたくはない。やはり戻ろう」

 バルバトスがそう言った時だった。

 前方で騎兵部隊が鬨の声を上げて駆け出した。

「エーラン将軍、そうまでして汚名を注ぎたいか。前進!」

 バルバトスが声を上げる。

 そうして敵の城が見える頃には陣形を組んで待ち構える敵の軍勢の影も露わになっていた。

 バルバトスや将軍、部将達がそれぞれの配置につき、陣形を組むように声を上げる。

 と、こちらが整ったの見てか、アムル・ソンリッサ側から馬上の将が一騎進み出てきた。

「我が名はシリニーグ! まずはこの戦の吉兆を占うべく、一騎討ちを所望する!」

 魔族達が歓声を上げる。

「銀竜シリニーグか」

 バーシバル中隊長が言った。

 馬上の主は双剣を構えていた。

「この、ホウ・エツにお任せあれ!」

 こちら側から騎将が駆け出した。重々しい槍を引っ提げている。

「待て、ホウ・エツ、お主には荷が重い!」

「そ、そうだ、待て、ホウ・エツ!」

 ツッチー将軍とボク・ジュン将軍の声が聴こえたがホウ・エツ将軍はぐんぐん馬を進める。

「ぬええええいっ!」

 ホウ・エツと敵将が交錯する。

 と、ホウ・エツの首が飛んだ。

 宙高く舞い上がったそれの兜首を敵将は掴み取った。

「この戦、我らに吉と出た! 行くぞ!」

「おおおおっ!」

 魔族の軍勢が駆けて来る。

「吉兆占いなどあてになるものか! バルバトス殿、突撃の号令を!」

 エーランが馬を飛ばしてやって来た。

 その時、風が吹き、こちらの旌旗が翻り飛んでいった。

「ぬっ!? バルバトス殿! ここまで来れば、もはや、逃げ場はない! あなたが号令を出さぬのなら私が出す! 犬死するだけだ!」

「分かった、エーラン将軍。全ての責任を引き受け私が号令を出す! 全軍、突撃! 敵を討てー!」

「おおおっ!」

 歩兵隊が駆けて行く。アカツキは後方だったが、前に遅れまいと横並びの分隊で駆け始めた。

 各部隊、前方はぶつかったようだ。

 あとはあらゆる声と、剣戟の鳴り響く音、馬の嘶きで満たされた。原野が戦場となった瞬間だった。

 慣れ親しんだオーク城での戦だ。過去にオークを斃し城を奪ったまでは良かったが、直後に現れた暗黒卿によって城は敵の手に落ちた。ダンカン隊長はそこで命を落とした。

「暗黒卿がいないお前達などに負けるものか!」

 各陣営で意気盛んにそのような声が上がる。

 暗黒卿の存在こそが目の上のたん瘤のようなものだ。誰もがそう思っているらしい。敵が各地で転戦を繰り広げている修羅だと忘れてしまったようだ。

「前列交代!」

 バーシバル中隊長の声が、小隊長達の声が盛んに聴こえる。

 ふと、上空を矢の雨が染めた。

 アカツキ達は慌てて盾を出し防御した。幾つもの手応えが盾越しに伝わって来る。盾が無ければ今、俺は死んでいた。

「前列交代!」

 負傷した同僚を担ぎ上げて後方に下がる者達が続出した。

「魔族は精強だ」

 ハンクがぼそりと漏らした。

 列は次々進んで行く。

 声が、音が大きくなってきた。戦う前方の兵達の間から対峙する敵の歩兵隊の姿が見えた。死屍累々。既に屍が境界線のように横たわっていた。

「前列交代!」

 バーシバル中隊長の声が轟く。

 来た。出番だ。

「行くぞ、オメェらぁ!」

 ファルクスの声と共に最前列へ進み出る。

「ウワアアアッ!」

 アカツキは咆哮を上げて敵へ斬りかかった。

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