四十話 その力が生み出すもの

 ハガネが目を覚ましたのは、カイトが神剣の欠片をマリアから抜き取ってから半日近く経った夕方ごろだった。当然、その間の様々な対応にカイトは追われる羽目になり、


(お前……起きるのおっそいんだよ……!)


 ハガネが意識を取り戻してから間髪入れずに、カイトは文句を言った。仕方がないだろう、起きられなかったのだから――というハガネの言い分もすぐには受け入れられなかった。


 何せ、本当に大変だったのだ。


 マリアが倒れてからほとんど間を空けずに城門が内から開き、大将軍ダイス自らが姿を表した。見張りに立っていた兵が様子を伝え、事態が収束したことを悟って真っ先に動いたらしかった。


『姉上……!』


 と声を上げたものの、ダイスはそのまま絶句してしまった。ハガネが単騎でマリアと対峙したことに対してか、それとも先ほどまでは確かに生きていたはずのマリアが物言わぬ白骨と化していたことに対してか、ともかく驚愕した様子だった。

 ダイスが何も言い出さないので、カイトの方から状況を話し出す羽目になった。

 ――正直なところ、カイトとしては話したくなかったし、会話するにしても向こうから話しかけられ、最低限の答弁で済ませられればと思ったのだがそうもいかなかった。新ルフェリアン王国で起きたことや、マリアの身に起きたことを話し、軍への指示を出しながらも妖精幻楽団の再調査についても検討し、さらには今後の妖精族の処遇についても軽くまとめることになり――と。とてもではないがカイトの頭脳では追いつかないことばかりが話題に上がる。

 それだけでも非常に面倒だというのに、さらに面倒だったのは、神剣の欠片のことだった。

 ハガネはダイスに対して、神剣の欠片を吸収していることについて一切語っていなかった。おかげでそれについての説明を、カイトがはぐらかす羽目になったのだった。


(神剣の話をしてるときが一番、肝が冷えた……俺がお前に成り代わってるのがいつバレるか、ずっとひやひやしながら喋ったんだぞ)

(バレなかったから良いではないか)

(そういう問題じゃねーよ! なんつーか、もう隠しとけないんじゃないのか、神剣について)


 入れ替わりについては、どうにか疑われずに済んだ。だが、神剣のことについてはかなりダイスに突っ込んで聞かれた。『ウェインの時と状況が似通っている』ことを真っ先に言われ、それから『ハガネが干渉した相手の体から、眩い光が見えていた』ことも言われ、そこから『あの光は勇者が倒れ、神剣が砕かれた時に空から降り注いだ光にも似ているように見える』とまで言われ。最後に、


『姉上はあの白血も……ミュリエルと結託し、何事かを隠されているのではないですか』


 とズバリ切り込まれてしまった。カイトがハガネとして返せた言葉は、


『時が来たら話す』


 という、苦しい言い分だった。それだけを聞いてダイスが引き下がったことが、カイトとしては驚きだった。しかし、一度引き下がってくれたからといって、次も引き下がってくれるとは限らない。話しておかないと、確実に後が面倒になる――そうカイトは言うのだが、ハガネは気乗りしない生返事を返すばかりだった。


(神剣についてはまた別の機会に考える。いまは妖精族のことについて注力すべきであろう?)

(それは……まあ、そうだけど)

(結局、扇動の首魁は死んだのだ。それについての反発も出る。新ルフェリアンから逃れた者たちを、ほぼ無傷で保護できたことは不幸中の幸いだがな。ああ……それと、これもだ)


 ハガネは、執務机の上にあった報告書のうちの一枚に目を付け、それを取り上げて眺めた。報告書、というよりも市民からの意見をまとめたもののようだった。どうやらダイスがまとめたものらしく、隅に大将軍名義のサインがあった。


(勧告に応じて所在や戸籍を確認し、互いに声を掛け合うことで歌声に誘われずに済んだ――か。こういった効果を生むのは、予想外であったが)

(勧告って、何か言ったっけか、お前……?)

(タイタスに言いつけたことだろう。知る限りの妖精族に声をかけ、事件に巻き込まれぬよう注意を促せ、とな。それが結果的に、マリアとは別に妖精族同士の結束を生んだようだ)

(……心を動かす魔法は、動きたがる者にしか届かない、か)


 それは魔皇への恭順を示すものではない。近しい者の側にいたい、己の身を案じてくれる同族を同じように案ずるという、それだけのことだったのだろう。逆に言えば、あの場に集まったり、自ら協力することを選んだりした者たちにはそういう場所が無かった――ハガネが作る国の中に、そういうものを見出せなかったということなのだろう。たとえ家族や友人と暮らしていても、その将来に希望を見出せず、だからこそそれを生み出す現在すらも否定したのだ。それを思い返すだけで、やるせないような気持ちにカイトはなった。


(そう気落ちするな。犠牲は出たが、しかし今回の件で、また分かることもある)

(妖精族のことは、今回のことが無くたって気付いとけよ)

(それについては反省している)

(えっ)

(何だその反応は)


 カイトの驚きに、ハガネは怒ったり苛立ったりはしなかった。ハガネ自身が、己の過ちを分かっているのだ。事象として物事を捉えるだけでなく、そこにあった人々の想いや犠牲に対して心を動かされている――ウェインの事件が終わった後よりも強く。


(……だいぶ殊勝というか、まともな感じになってきてるけど……これも神剣の影響なのか?)

(そのことについてだ)

(そのこと? 神剣について何か分かったのか)

(分からん)


 あまりに簡潔な返答にがっくり来るカイトに、話しは最後まで聞け、とハガネは前置きをして続きを述べた。


(ミュリエルから、まだ新しい報告が上がっていないという話だ。そもそも分析するための情報がまるで無いらしいし、このことについて金をかけて、例えば研究所を作るとか、そういうこともできん。……そも、これは我の体の問題であり、それを認知しているのも我とミュリエルだけだ)

(ああ。だからそろそろ、ダイスあたりに事情を話した方が良いんじゃないかって思ってるんだが……やっぱあれか、宰相が信用できねーからどこにも情報流せないのか)

(それも無くは無い、が……話すとしても不確定な情報が多すぎる。お前の魂を我が取り込み、さらにお前が神剣の力の欠片らしきものを取り込んでいる。お前のことを話して激昂されるだけならまだ良いが、あの光を取り込むことの意味、その結果何が起こるかについて、まだ何も分かっておらぬのだ。

 ……それを理解するため、ミュリエルに全てを任せるというのも無責任だ。我自らが、調べる他あるまい)

(自らって……あてはあるのか)


 その言葉に、ハガネは呆れた様子でカイトを嘲笑った。


(何のためにお前がいるのだ。勇者カイト……神剣に選ばれし者)

(え、俺? そうは言うけど、俺は神剣についてろくに知らないぞ)

(そうだろう。しかし、神剣の由来だの、神剣には魂の力が宿るだのという話をお前に与えた者はいるはずだ)


 ハガネは、カイトに理解させるようにゆっくりとした語調で、それを言った。


(そろそろ、人族の領地についても我が見なければならない段階に来ているはずだ。統治を任せた者がどうしているか……帝国内は宰相とクィンシーが何だかんだとまとめていたが、他の領では問題がやはり噴出しているはずだ。視察も兼ね、神剣についてを尋ね歩く。特に……神剣を勇者に与えた王の領地を優先して)

(神剣を勇者に与えた、って……まさか!?)


 ハガネは嘲笑を引っ込め、何とも言えない笑みに唇を歪めた。


(ああ、そうだ。お前の故郷、勇者カイト生誕の地――フォルティス王国だ)

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敗北勇者が復活したら魔皇と一緒に幼女になってた!? 羽生零 @Fanu0_SJ

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