スカート課長のスピンオフ

嫁がしんでから、10年が経った。


いまだに、抜けない癖がある。嫁がしんだ直後から、逃げるように仕事に没頭していた。今も、ときどき嫁のことを思い出しそうになると、つい仕事量を増やしてしまう。


他の人間の仕事を取ってこなしていく。会社は中庸を社是としているので、あまり仕事を取りすぎて成果を挙げすぎるとまずい。昇進してしまう。課長の次は、社長だった。


嫁のしから逃げるため仕事をしているのに、社員の命を握る役職には立ちたくなかった。


幸い、今の社長は人を見る目がある。私が仕事をしすぎても、逆粉飾決算の真似事でそんなに利益が上がっていないように偽装してくれていた。


「ふぅ」

終わった。会議ですべての議題を同時並行させ、その全てを満場一致で議決。

「やりすぎたかな」


これから数ヵ月かけて部下にやらせるはずの案件だった。担当している部下二人は外に出払っている。あるかなきかの外回り。別に必要な仕事ではない。


この部下二人には、特殊な事情があった。

中庸を社是とするこの会社には、著しく普通な人間か、著しく普通じゃない人間の二種類しかいない。普通の人間は仕事をしても利益が出ない。そして、普通じゃない人間が普通の人間のぶんまで利益を出す。そういう仕組み 。


その仕組みの外にある、二人だった。特殊な事情があるけど、普通の仕事をさせている。


ひとりは、中学校を卒業してから年齢を偽り色々なところを転々としていて、たまたま社長に拾われた。

ストーカー被害50件、暴行未遂15件。それ以外の本人が申告していないものが数百。同性異性関わらず、会った人間を魅了してしまう人間。そして、それを自身が理解しているために、ひたすら逃げ続け、人を好きになることなく生きてきた少女。ちなみに恋愛経験ゼロ。


もう一人は、真逆。ころし屋からスカウトされかけてたところを、社長が取引して仕入れた。会った人間に無意識下有意識下問わず、恐怖を植えつける。得体の知れない恐怖を。自身もそれを自覚していて、人と会うのを避け、有害動物を駆除する仕事をしていた。駆除する動物がいなくなったので、ひとごろしに手を伸ばそうとしていた少女。こちらも恋愛経験ゼロ。


二人が、意外にも組み合わさってしまっている。正直、このカップルは意外だった。経歴から順当にいけば、魅了されてころしてしまうか、恐怖して自らしを選ぶかの二択。


「わからないこともあるもんだ」


一応、社長から見張るよう言われていて、位置情報と心拍数は常に監視している。しかし、その必要もあんまりなかった。ほのぼのしたおんなのこ同士の淡い恋模様が、位置情報と心拍数に変換されて送られてきているだけ。


「よし、外回りは終わったな」

位置情報。ちょうどいいだろう。


電話をかける。


「やっほー。元気?」

恐怖を与えるほう。

『課長』

低く、落ち着いた声。嫁がしんでいなければ、私も恐怖していたかもしれない。嫁がいない人生なので、恬淡としていた。だからあんまり怖くない。人はいつかしぬ。

「外回りどうだった?」

『問題なしです』

だろうな。問題がある仕事はやらせない。

「じゃあ直帰でいいよぉ。こっちの仕事終わったから」

『えっ』

「なんか会議がうまくいってね、全部終わっちゃった」

『すごっ』

言って、気付いた。そうか。もう私も仕事がないのか。

「せいぜいかわいい子ちゃんとにゃんにゃんするんだな」

せいぜい、純情に揺れるこの二人の位置情報と心拍数でも眺めるか。

『えっ、ちょ』

分かりやすい動揺。声も、恐怖感を与えるものではなくなっている。

『なに言ってるんですか』

「私は帰って嫁と呑みます。さらば」

電話を切った。

「嫁、か」

かわいいほうにも連絡しておくか。

「そこから500メートル先を左に曲がれば、ホテルあるよ。もう仕事ないから、にゃんにゃんしてよし、と」

文面で書いて、送信。


「どれ、帰るか」


仕事がないので、かばんも必要ない。端末だけ持って、課長室を出た。

「あっスカート課長、お帰りですか?」

事務連中。著しく普通なほうの社員。

「うん」

スカートを履いているのがウケるのか、なぜか社内ではスカート課長として慕われていた。社内の恋愛情報もだいたい自分のところに降りてくる。

「これ、この前みんなで行ってきたドーナツ屋さんのドーナツ。どうぞ」

「ありがとー」

いち、にい、さん、よん…

「待って。三十五個あるんだけど、それ全部私に?」

「食べきれなかったぶん全部です。お嫁さんと食べてください。ちなみに私は百個食べました」

「私は七十個。家にあと五十個あります」

「私は百二十五個。まだ家にいくつかあります」

うわなんだこいつら。普通じゃないほうの社員なんじゃねぇの。

「太ってスカート入んなくなったらどうしよ」

「大丈夫ですよ。大きいスカート買えば大丈夫」

「それを大丈夫と呼べんのが凄いよ。ありがと」

うわ重いな。これ全部ドーナツか。

「お嫁さんにもよろしくおつたえください」

「はいはいー」


嫁がしんで、こころがこわれた。

正確には、元々こころはこわれていて、それを嫁が繕ってくれていた。それがなくなって、どうしようもなくなったとき、社長に嫁の服を着ろと脅された。


嫁がしんで社長もおかしくなったんじゃねぇかと思ったが、言われた通りスカートを履くと、こころのおかしくなった部分はかなり楽になった。社長はそれを見て、私は姉ではないから姉の代わりはできない、だから姉の服で我慢してねと切なそうに笑っていた。


社長が、今の嫁。


しんだ嫁の、妹だった。元々、姉の命は長くなかったので、しぬまでは姉が私を独占し、しんだら妹が独占するという仕組みだったらしい。

しかし、独占の仕方がスカート履かせることだとは思っていなかった。


電話。


『ちょっと。また仕事しすぎてるでしょ』

「なんで分かった」

まだ会議の報告はしていないはずだった。

『おねえちゃんがおしえてくれました。早く帰ってきなさい』

「こわっ。幽霊こわっ」

『社長命令です』

「社長もこわっ。あ、そうだ、事務の子からドーナツもらったよ。三十五個」

『うっそ』

だよな。それが普通だ。

『少ないわよ。一人百個って言ったじゃない。くすねたわね』

「うっそ」

三十五個が、少ない、のか。

「あと、あの二人、今日ホテル入りするぞ」

『うわぉ。いいわね。酒とドーナツ片手に、にゃんにゃん観賞しましょ』

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noon bread 春嵐 @aiot3110

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