noon bread
春嵐
第1話
「はらへったなぁ」
外回り終了後。隣で歩く同僚。
「ごはん、たべます?」
「たべます」
食いつきがいい。
この同僚と一緒にいるためだけに、外回りしてるようなものだった。特に仕事も遺漏はない。
「おそばたべたいです」
「ちょっと待ってください」
近場の蕎麦屋を探す。その間、同僚はじっと待ってる。私を見つめながら。
この顔。
このかわいい顔が、仕事をスムーズにする。綺麗な類いではないが、愛嬌があり、他者を懐柔する力がある顔。かわいさの暴力。
その顔が、じっと見つめてくる。
「いま探してますから。そんなに見つめないで」
「ごめんなさい。先輩の顔、綺麗だなっておもって」
「二人のときにも言うのやめてくださいそれ」
私の顔的に、同僚であることを隠して先輩後輩でいったほうが仕事がスムーズだ、と課長に言われた。そして、その通りにしたら本当に仕事がスムーズになった。
同僚は私を綺麗だと言ってくれるが、単純明快に怖い顔なだけだった。アメと鞭のような感じで、同僚が警戒を解き、私が脅す。それで仕事がとれる。
「ありました。蕎麦屋。500メートル先を左方向」
「500メートル先を左方向。行きましょ」
同僚が私の手をとって、歩きだす。
手。
汗がにじみそうで、困る。せめてハンカチでふいてから繋ぎたかった。
「あっ」
電話。ラッキー。
「ごめんなさい電話なので手を離しますね」
手を離し、電話に出る。
『やっほー。元気?』
「課長」
『外回りどうだった?』
「問題なしです」
『じゃあ直帰でいいよぉ。こっちの仕事終わったから』
「えっ」
そこそこ仕事なかったっけか。来月までの発注とか、決まってなかったデザインとか。
『なんか会議がうまくいってね、全部終わっちゃった』
「すごっ」
課長は顔もスタイルも普通だし着てるスカートも長めのやつだけど、一人で仕事を取ってくるし周りの仕事も難なく手伝って片付けてしまう。そして男なのにスカートを履いている。しかし違和感がない。男なのに。
『せいぜいかわいい子ちゃんとにゃんにゃんするんだな』
「えっ、ちょ」
聞かれないように同僚から離れる。
「なに言ってるんですか」
『私は帰って嫁と呑みます。さらば』
電話。切れた。
「嫁がいたのか」
いるとしたら夫だと思ってたんだけど。
「あっ」
同僚。
手を離したところで、ぽつんと立っている。こっちと端末を交互にちらちら見ながら。
「ごめんなさい。課長からです。今日はそのまま帰っていいって」
「うん。わたしにも連絡来ました」
彼女の端末。
「あっ見ないで」
「あっごめんなさい」
沈黙。
「あの」
あっそうだ、手繋いでたんだっけか。
「ちょっと待ってください」
ハンカチでふいて。
「どうぞ」
手を握られる。
「おそば」
同僚が歩きだして、すぐにとまった。
「なんメートル先をどっちでしたっけ?」
「500メートル先を左です」
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