第8話 白昼夢
隣家の少女はもう少女ではなかった。七人の子供を産み、育てた立派な母親である。一番上の子はとうに成人し、弱ってきた夫を助けて働いている。みな彼女のことをおかみさんと呼んだ。
村はすっかり変わっていた。かつては二百戸を数えていたが、いまは十数戸しかのこっておらず、畑は家庭菜園程度になり、かわりに老人や病で死に行く者たちが余生を過ごす快適な集合住宅がたっている。
ほとんどの者は村を去った。
かつて少女であったおかみは回想する。
あの日、イツキ媛巫女が失踪して村は大騒ぎになった。陳情しにいくもの、過激な昔日反動にはしるもの。暴力もあって数人が大けがもした。村長もその一人だった。嫌気がさして少なくない村人が島嶼世界へと去って行った。昔日反動派は数年、村を占拠していたし、その中には彼女の実家もはいっていた。夫と彼女は旧都でくらした。
反動の日々は長く続かなかった。巫女はいないし、生活物資に困窮するし、ただ閉鎖的にくらしてくこともできなかった。村を出たものも死ねば伝統的な樹上葬に付すことになっていたし、彼らがそれを拒むこともできない。謝礼の食料などをあてにするようになり、村はいつしか墓苑となる。
夫ともども村に戻ったのは、彼女の両親を手伝うためだった。そのころには過激な反動はすっかりなりをひそめ、夫の手腕で今日にいたっている。
いろいろあったが、おかみに不満はなかった。ただ、イツキ媛巫女はどこへいったのか、それが気になっていた。
その日は朝からさわがしかった。終わりの家に入渠していた若い死病の青年の姿が消えたというのだ。ときおり、こういうことはある。森から離れたところで生まれ、育った人がなぜか森に入る事を知るのだ。そして森に入った事がわかればそれ以上探さない。探しても遺留品がいくつか見つかるだけで遺体が見つかることはないのだ。
「お母さん」
彼女を呼ぶのは一番下の娘、まだ七つほどの愛らしい子で配膳や洗濯などの手伝いをいやがらずにやる終わりの家の人気者だった。髪上げまでの仮名はソダ。おかみの幼名と同じだ。
「あたし見たの」
「何を見たの? 」
「お兄ちゃん、奇麗な女の人と話してた。昨日の夜だよ」
誰? と聞いても知らない人としか言わない。そんな人がいるとすれば入居者の面会人や新参の付き添い。食材などを納品する業者は夜を待たずに帰る。
「どこで? 」
「こっち」
手を引かれて連れてこられたのは少し森にはいったあたり。誰かが落ち葉の堆積を踏み荒らしているのが見つかった。
「ここ? 」
「うん」
誰もいない。母娘はそれ以上できることもなく、施設に戻った。
手のあいたものはみな探しに行っているので、がらんとした玄関ホールに少し年齢の離れた姉妹のように見える若い女性と十ほどの少女が旅行鞄に腰掛けて呆然としていた。今朝の列車でついたらしい。
「ご面会の方ですか」
「いいえ、でも二泊ほど滞在する予定できました 」
肌の色は白く、髪は漆黒。浅黒く、麦わらのような髪の多いミドガルド人ではない。中央世界人か、他の辺境世界の人間に見える。であれば若く見えても年齢は不明。今、目の前にいるのが本当の体とは限らないのが中央世界人だ。似てる、となぜ思ったのだろう。そう思うとなんだか少し腹ただしくもなる。
「ここは墓所です。物見遊山に来る場所ではありませんよ」
すこしきつかったかも知れない。怒らせたり傷つけたかも知れないとおかみは心配するが、それは無用だった。
「ここはこの子の祖母の出た村で、彼女がどうしても来たがったのです」
肩に手をおかれた少女はぺこりと頭を下げた。こちらは典型的なミドガルド人だ。
「コズエといいます。大好きなおばあちゃんの生まれた村にどうしても来てみたくて」
こちらははっきりしている。幼なじみそっくりだ。
頭の中でいくつもの情報がつながり、おかみは目を見開いて女を見た。
「あなた、もしかしてイツキ媛巫女? 」
「いいえ」
女はかぶりをふった。
「彼女はずいぶん昔に死にました。ここよりももっと森の深いところに孤独に葬られています」
「でも、この子はイツキ媛巫女そっくり」
「ええ、彼女の忘れ形見です」
「そうですか」
おかみは腰をかがめ、少女と目線をあわせた。
「お母さんの事、覚えている? 」
「ここにいるよ」
彼女は女を見上げてはにかんだ。
「そうじゃなくて、産んでくれたひと」
「それなら昨日もあったよ」
どういうこと、きっと女を見上げたその瞬間、おかみは悟った。
「まさか、この子」
唇に指があてられた。
「それ以上はだめよ」
「あとで、くわしくうかがったほうがよさそうね。どうぞ、お部屋へ案内します」
掟を知っているこの女が、本当に別人とは彼女には思えなかった。
夜、入所者たちの集まる食堂に弦楽器のものがなしいメロディと、幾分の衰えはあるものの力強さを感じる歌声が流れていた。
演奏しながら歌っているのはずいぶん高齢の老人で、髪は真っ白、刻まれた深い皺には澱となった歳月がふきだまっているかのようであった。この老人も死を待つ入所者の一人であった。
長めのバラッドが終わると入所者たちと、お相伴していた村のものたちから拍手がばらばらと起きた。医療スタッフが歩みでて老人の車いすにつけてあるモニターをチェックし、うなずく。
「短い歌ならもう一曲くらい大丈夫ですよ」
「だ、そうです。あたしゃ一杯もらえればいくらでもいけそうなんですが仕方ない。リクエストはございますかな」
「じゃあ、帰らざる巫女、なんかどうですか」
リクエストを出したのは別の村の出身者。
「いやぁ、あれはあんまりできがよくないので、ひとつ新作をご披露することにしましょう。題して常世の使者」
帰らざる巫女、は老人がまだ壮健だったころに列車で出会い、その後再会した巫女から聞いた話をもとに作った歌である。もちろんイツキのことであり、この村で演奏するのははばかられたものだった。変わりゆく時代と失われるものへの郷愁を込めてここ以外での演奏旅行では定番であった。
常世の使者、は森でであった不思議な少年との会話をうたったもので、人生の終わりに失われた時に回帰し、心を鎮めて人生の終わりを穏やかにむかえられるという歌。いずれ同じ理由でここにいる入所者たちはしんとなって聞き入っていた。声なく泣くものもいたし、まだまだ騒ぐ心に戸惑うものもいた。
「皆様も、彼にあうようなことがあるかもしれませんね」
「あなたはあったのか? 」
老人は微笑むだけで答えなかった。うながされ、医療スタッフに車いすを押されて自室に引き下がる。入所者たちは三々五々、付き添いと談笑したり部屋にもどっていく。
「最後の遍歴詩人、か」
そうつぶやいて席をたった老婆は高齢ながら入所者ではない。付き添いでもないし、施設のスタッフでもない。おかみがその姿を目にとめて近づき、丁寧に頭を下げた。
「おばば様、こちらでしたか」
今や村の長老であるこの老婆はかつてはイツキの「おつとめ」の介添えをやっていた女だった。伝統的なあれこれに通じ、今では墓所の町となったこの村で重きをおかれる相談役となっている。彼女も反動の日々は村を離れ、その後もどってきた一人だった。
「他は誰がおるのかい? 」
「夫と、わたしです」
「あれを直に知るものはそれくらいか。では行こうかの」
訪問者を迎えて中央世界の女は唇に指をあてた。
「娘は寝てしまいましたのでお静かに。どこか別のお部屋でお話ししましょう」
「よく似ておるな」
老婆がその寝顔をうかがう。
「そうですね」
おかみの夫、施設長で村長が同意する。きりっとした男前はすっかりひげ面の少しくたびれた面体になっているが、目の輝きはさほど衰えていない。
「隣へ。今日はあいてます」
おかみの誘導にしたがって、彼らはぞろぞろ移動した。
「ご存知と思うが、この村の者はイツキ媛巫女の失踪をきっかけとしていろいろなことがあった。彼女に何があったのか、まずはそれを教えてほしい。あなたとの関係も差し障りなければ」
村長がまず質問をした。
「先ほど、遍歴詩人が歌っているのが聞こえました」
中央世界の女はまずそう言った。
「彼が遠慮した曲があると思いますが、聞いた事はありますか」
ない、と答えたものはいなかった。
「では、その後のことを話しましょう。それでよいですね? 」
「ああ」
「彼女は三つの世界を行き来してくらしました。一つは政庁のある島。村に帰らないことにした彼女がすめるところはここしかありませんでした。取り決めにより、ミドガルドから出ることが許されなかったからです。一つは中央世界の知識の海。自らはどこにもいけないけれど、心は遠く未知の世界に遊ぶ。彼女が一番好きだったのはここです」
「中央世界にたぶらかされよったな」
「そして最後は常世です」
一堂、えっという顔になった。
「いくらなんでも委員長の承認なしには、というわけで、中央世界の常世研究に協力かたがた頻繁に常世にはいり、時に託宣を持ち帰っていたのです」
「それなら村を出ることもあるまいに」
「中央世界側から、より安全に、簡単にはいることができるようになっていたのです」
「古くさいやり方は嫌だと? 」
「従来の方法は制限が多すぎます」
「そういえばよいものを」
「それで理解を得られたと思いますか? 」
老婆はちょっと考えて首をふった。
「無理じゃな」
「そうですね。常世のことなど中央世界にわかるわけがない、きっとそういうと彼女は思ったのでしょう。でも彼女は二つの視点から常世を見て、それがどういうものか知ってしまったのです。それは彼女の生まれた村ではきっと間違いなく受け入れられるわけのないことでした」
三人の村人はじっと彼女を見ている。
それはなんだ、とその目は問うていた。
「娘は、おばあちゃんが好きだといいます。彼女が常世であうイツキの母親は、イツキが常世であっていた人とはどこか違います」
「子供と孫で態度が違うのはよくあることではないですか」
村長がしみじみそういう。何か覚えがあるのだろう。
「イツキは常世で既に他界していた彼女の実父にもあっています。とても心の弱い、常に罪の意識にさいなまれている人でした」
「ありえぬ」
老婆はかぶりをふった。
「あれはそんな男ではないぞ」
「常世に嘘はありません。彼女の実父には確かにそのような側面があったのだと思います。ただ、そういう実父の姿は彼女の望んだものでもありました」
女は一堂を見回した。
「これが、彼女が村に戻れなかった理由です」
「それが本当だとしたら、確かに言えることではないな」
村長は飄々としたものだ。
「彼女にはちと融通のきかないところがあった。隠し通すのは無理だろう」
「死んだというのは本当? 」
おかみはまだ信じられないようだ。
「島の若者にイツキに懸想する者がいました。少々しつこいので遠くに引っ越したのですが、どうやってか彼女が子供を産んだと聞いて激昂し、探し出して手をくだしたのです」
「夫ある婦人に横恋慕もいいところじゃな」
「彼女にミドガルド的な夫はいませんでした」
三人は顔を見合わせた。
「あの娘の父親は中央世界人です。子供を望んだイツキがその父親に見込んだ人でした」
「なんという」
後の言葉はいうまでもなかった。恥知らずなことだろう、とこういうわけだ。愚かな若者の激昂もわかるというものだ。
「お二人、とても仲が良いですね」
女はおかみと村長に微笑みを向けた。二人してどう反応しようか戸惑っているのを見てさらににこにことする。
「でも、ミドガルドでの夫婦でそれは珍しいほうです。イツキがその若者を受け入れなかったのは、彼の弱さとその裏返しである支配的暴力的性向に気づいたからです。愚かな若者は、イツキに手を下したその場で自らの命を断ちました」
「なんてこと」
おかみが絶句した。複雑な思いはあったが、総じて彼女はイツキを愛していた。村長もよく知った女性の不幸な最期に言葉もない。
老婆だけが冷ややかな目で女を観察していた。
「幸薄い一生であったのう。さて、中央世界の方、一つお尋ねしてよいかの」
「なんでしょう」
「そなたとイツキ媛巫女はどのような関係であったのか」
「なにも」
「なにもないわけはなかろう」
「生前の彼女にあったことはありません。常世ではよく会います」
「いずれわしらがいくところに、縁もゆかりもないよそ者が入っていくというのはなんともおもしろうないのう」
「ご不快と思います。中央世界は常世とどう向き合えばいいか、まだわからず手探りなのです。わかっていることはミドガルド人のようにはできないことだけです」
「ほうっておいてくれればいいのに」
「それは、無理でしょう」
「そうかもしれんな」
「話がそれたと思います」
おかみがまっすぐ見据えて戻した。
「トレントさん、無関係なあなたがなぜあの娘を引き取ったのです? 養ってくれるミドガルド人なら誰か見つかったと思いますが」
「なつかれたのです」
「なつかれた? 」
「ええ、あの嬰児は私になにを感じてたのでしょう。わたしは中央世界人です。これはかりそめの体。別の体にかえてもあのときの嬰児はわたしをもとめてはってきたのです。これはもう縁とでも思うしかないでしょう」
そんな言葉が中央世界人の口から出るとは思わなかった。
「最後に一つだけ確かめさせておくれ」
老婆がじっと彼女をみながら口を開いた。
「中央世界には生まれもった体がだめになると、人工の体に乗り移らせる技術があると聞く。そなたはそうやって生まれ変わったイツキではないのだね」
「たとえそうだとしても、わたしはあなたがたの知るイツキさんとは違いますよ。考え方も、価値観もまるで違うよそものです」
「しかし、私たちも、きっとあの子もあなたにイツキに通じるものを感じている」
おかみのすがるような目を女は無視した。
「彼女は常世に鎮まっています。わたしはあの娘のために知らず彼女のまねをしているだけなのでしょう」
「今日の話は他言無用ぞ」
三人はラウンジの片隅でお茶を手にしていた。老婆の家人が迎えにくるのを待っているのだ。
「そうですね」
何もいいことはない。特にあの詩人の創作意欲を刺激するのは嬉しくない。
「事実はなんであれ、そっとしておいてあげるのがよさそうだ」
と、村長。
「イツキちゃんは遠くにあこがれている子だった。もし、彼女がイツキちゃんだったとしても、彼女は自分を葬って自由になれたんだ。死者を呼び戻すのはよそう」
ドアがぎいとあいてランタンをさげた熊のような男と、ほっそりした妖精のような女が入ってきた。二人とも若くはない。だが女には茶目っ気たっぷりの愛嬌がある。
「母さん、むかえにきたぞ」
「やれやれ、帰るとするか」
老婆がよいしょと立ち上がるのを二人は両脇から気遣う。
「では」
老婆と息子夫婦はぺこりと頭を下げて扉をくぐった。
「ねえ、お義母さん、やっぱりイツキ姉さんでした?」
「違ったよ」
そんな会話が最後に聞こえた。
「人気者だな」
夫の言葉におかみはうなずいた。
「あの娘、私と違って下の子の面倒見はとてもよかったから」
村長は妻に何かいおうと思ったが、やめておくことにした。
アレクサンドラはいまはミドガルドの星令の立場にある。ワットと田中カエサルは離任し、今はそれぞれ失われた歴史の発掘と、遠宇宙の探査とことなる道を遠く歩んでいた。
補佐官はワットのかわりに暴力装置の専門家を任命してある。任命というが、コンサルタントのようなもので犯罪、暴動の抑止と早期対処可能な状態を定期的にメンテナンスしてもらっているだけだ。新補佐官いわく、ワットの残して行ったシステムは完成度が高く時々少し手直しをするくらいですむらしい。かつての同僚が賞賛されたことは彼女には嬉しいことだった。
もう一人の民事補佐官は空席だ。いや、実質いるのだが正式に着任してもらうにはやや問題があるため、臨時職を一つ作って代行してもらっているのだ。それも二人。
正式に就任してもらえない理由は、彼らとの関係にある。一人は彼女の息子であり、もう一人は彼をもうけたときの相方である昔の愛人。二人とも、中央世界の執行部が正式な補佐官を派遣してきたら辞任すると宣言している。
アレクサンドラは、生物学的な由来をもたない自分にそういうことがあるとは思わなかったので驚き、職務にさしさわるほど溺れた。驚くほど刺激的なミームの対合が起こり、概念世界に四人の子供、新人格を生み出した。それほど愛人のミームは荒々しく、しなやかで彼女のなりたらぬところを激しく埋めてくれたのだ。アレクサンドラ自身にも変化があり、おかげで星令の地位につくことができた。
かつての同僚、上司にも変化はあった。田中カエサルは悟り澄ましたようなところが消え、若者のように何かの情熱を取り戻した。何があったのかはわからないし、探るべきでもないだろう。ワットは変な性癖に目覚めたらしい。ぬいぐるみのプロトコルデバイスで女性にぎゅっと抱かれたがるようになった。何がきっかけかはわからない。今はアレクサンドラの娘の一人と未踏の宇宙の探査の旅だ。彼女の少女型ボディの膝にぬいぐるみ姿で抱きかかえられてご満悦であったが、できれば見たくはなかったと親として元同僚として思う。
まったく変わってない人物もいる。九十九博士だ。常世を、結晶世界の残した自動データ収集装置とそのストックの研究に余念がなく、もう何本論文を出したかわからない。それがかつて宇宙船であったころの航路の解明を共同研究者に託し、広大で複雑なそのすべてを解明しようとしている。
もしかすると、彼もまた変化の風の中にいるのかわからないが、それを知る事はできない。
そして彼を手伝い、彼女を手伝い、中央世界のもっとも関心をよせていることに従事している息子。彼は目的を達成すればどうなるのだろうか。幸か不幸か、その目標はなかなかに達成できそうにない。すなわち、今日のミドガルド人を生み出すために意志と計画をもって実行した伝説の存在。当時の住人が最初の巫女とよんだものの探索である。それはどこからどうやって現れたのか。
中央世界は寂しがりやなので、常世をただのデータベースとは考えたくないのらしい。
「遅くなりました」
トレントとなのって村に滞在している女のペルソナが現れた。これが彼女の元愛人で、補佐官の代行のもう一人である。
「騒がしくなるのは予想の内です。思ったより早くこれましたね」
「あちらも騒ぎは嫌ったようです。イツキの縁者に詰問されたくらいですみました」
「イツキはあなたでしょうに」
「閣下もそういうのですね。確かにわたしは彼女の人格式を引き継ぎましたが、彼女をイツキたらしめていたものは肉体とともに滅び、常世に格納されました」
「それを読み込めばあなたは従前同様に戻れるのに」
「とんでもない話です。イツキは解放を願っていましたが、彼女自身がその枷になっていることにも気づいていたんです。彼女が死ぬことでやっと自由なわたしになれた。その思いだけは引き継いであげなければ、今度はわたしが消えてしまいます。せっかく生まれ変わったのに冗談ではありません」
「そう。ではこの話はおしまいにして、村落社会の変動数値についてのレポートをお願い」
「はい、それでは」
事務的な報告を聞きながら、寂しい、とアレクサンドラは思った。それは中央世界に回収されるまでの長い年月に一度だけ感じた理解不能の概念だった。
コズエは外の忙しげな様子に眠い目をあけた。大きくのびをしてここはどこだろう、という顔をする。母親はまだ体のメンテナンスがおわってないらしく、あてがわれた寝台の上で姿勢良く、死んだように眠っている。
「そうか」
思い出して彼女は窓をあけてみた。森の香りが朝日とともにふわっとはいってくる。胸いっぱいにすいこんで彼女はぱっちり目を開いた。
「すてき」
下ではいそがしげに朝ご飯の支度に右往左往する人の姿がある。少女は窓辺にもたれて少しの間幸せそうにしていた。
「おはよう」
後ろから母親の声。
いつまでも一緒にいられないことは知っている。自分のためにいてくれていることも知っている。だからこそ、この一瞬一瞬を大事にしないともったいない。
「おはよう、お母さん。いい朝よ」
彼女はとびっきりの笑顔でそう答えた。
帰らざる巫女の物語 @HighTaka
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