第7話 現[うつつ]

 会議室にはいま旧都にいる委員、つまり村長たちが四人と、ラダ七世、ワット補佐官のプロトコルデバイス、これは子供くらいの大きさの熊のぬいぐるみ、そしてイツキが出席していた。

「まず、常世でラダ三世様にしたのと同じ説明をします」

 緊張しながらイツキは地下鉄についての説明をした。村長たちがほんの少し目を丸くするのがわかった。ラダ七世は面白そうににやにやしている。

「ワット補佐官、ここまでの説明で問題はありませんでしたか? 」

「驚きました」

 くまのぬいぐるみが両手をあげてそういった。ミドガルドに熊はいないので一同それがなんなのかはわからないが、ちょっとかわいいとイツキは思った。

「微妙な齟齬はありましたが正確です。十分な説明でしょう」

「ラダ三世様は条件つきで許可をくだされました」

 村長たちがざわめいた。信じられん、そう反応するのはわかる。

「して、その条件は? 」

「計画を無断でかえないこと。それと、吸排気口の位置です」

 イツキの示す条件を聞いたぬいぐるみは今度は腕組みをした。

「現地調査が必要ですが、図面上は問題ないと思います。明日にでも現地に調査デバイスを派遣します」

 ラダ七世がマイクに向かって宣言した。

「お聞きになったかな、委員がた。巫女殿はお許しの返事をもってもどられた。ご意見はあるかな」

 通信機でこの説明を聞いていた委員たちがどう思ったのかはわからない。快くない者もいたはずである。だが、抗議の声はあがらなかった。

「では、調査の結果を待って着工の準備をおねがいする」

「心得ました」

「そして巫女殿、どこであれだけの知識を? 」

 ゴーグルのことは言わないほうがいいかもしれない。彼女は半分だけ嘘をいうことにした。

「ステーションのほうで、中央世界の本のようなものを調べましたの。お話はもううかがっていましたし、わからないものについて聞いても聞かれたほうも困るでしょう」

「よい心がけだ」

 委員長はたちあがった。全員続いてたちあがる。

「では散会」

 委員長が退出し、村長たちが退出した。ワットとイツキだけが残った。

「九十九博士はいまどこ? 」

「このあと集合ということになってる」

 何の集合なのかわからないが、くまのぬいぐるみがひょいと飛び降りて両手を広げた。

「これ、歩幅がせまくて遅いので運んでもらえませんか。指示しますので」

「う、うん」

 その仕草にくすぐられるものをなんと呼べばいいのか、彼女は知らなかった。偉いさんのくせに、戦う宇宙船のくせに、なんだかずるい。それがやっとの感想だった。

 そこを右とか左とか、くまのぬいぐるみに指図されながら裏通りの目立たない建物につく。

「ここは? 」

「九十九博士の研究所、の出張所です。地下鉄の工事事務所に直したあと、運行管理センターになる予定ですけどね」

 ぬいぐるみが腕をふると、がちゃっと音がしてドアが開いた。

「中へ」

 吹き抜けの広々としたホールにたくさんの棚がならんでいる。保護ガラスの向こうにはどうやってかきらきらした大小の結晶が等間隔で宙に固定されていた。

「これってもしかして」

「ええ、結晶素子です。ミドガルドではなく他の世界で発掘されたサンプルですよ」

 あんなものがみんなの体の中に、そして森の樹々の中に。イツキはあまりそれを現実とは思えなかった。とがっていたそうではないか。

 ホールを工場だとすれば事務所にあたる部屋に九十九が待っていた。たぶん投影機と思われる機械を器用に調整している。

「やぁ、しばらくぶりです」

 九十九は手をふった。相変わらずすっとぼけている。

 なんといってやろうか。今は適切な言葉がでないイツキは睨みつけながらワットのぬいぐるみをおき、その横に座った。

 ドアがきしんで開いた。

「待たせたね」

 入ってきたのはイツキの予想した通りラダ七世だった。

「やはり閣下でしたか」

「さよう、わしは知っておかねばならんのだ」

「適切な判断のためですか」

「そうだ。そして禁忌をおかした責めを受けるならその覚悟もある」

「そうですか」

 イツキは巫女として言わなければいけないことはないか考えた。何をやっても無意味に思う。それよりことのなりゆきをまずは見届けたかった。

「そろいましたので、はじめてください」

 ぬいぐるみがそう宣言した。 


 見渡す限り緑色の大地だった。浸食されているのか、深い谷が割れ目のように走っている。

「アクセスして最初に見えた風景です」

 これは録音らしい。九十九の声が解説する。

「近づいてみます」

 割れ目の一つに近づくと、崖のすぐ上に何か書いた板がうちつけてある。イツキの知らない字だ。

「開拓者とかいています。入ってみます」

 視点は崖にそっておりていく。ふっと霧がかかって晴れたかと思うと、機械とも生物ともつかぬ三本足の何かが静かにならんでいた。

「これはテラフォーミング用の作業ドローンたちだ」

 録音の声が驚いたように説明した。

「そなたたちはなぜここにおる」

「本体を失ったため、待機している」

 一体が抑揚のない声で答えた。

「何を待っておるのか」

「ふたたび体と任務を得る日をまっている」

「そなたたちの任務はもう終わったのではないか」

「そうだ。だから待機している」

「彼らは中央世界よりもずっと古いテクノロジーの産物で、これ以上は答える能力がないようでした」

 現実の九十九が説明した。

「次の割れ目にいってみる」

 録音がそう宣言すると視点があがっていき、また緑の大地をわたって次の大き行く。

 今度は銀色の森があった。その中をクリスタルでできたかのような虫がはいまわっている。

「既に絶滅した生物らしい。痕跡しか発見できていない。これを見て狂喜乱舞する教授は何人か心当たりがある」

 そんな時と空間のかなたの眺めをいくつも見た後。

「あ」

 イツキは声をあげた。

 空からみたあの眺めによくにた町があった。人の気配がない。

「旧都だ」

「ここらへん、ちょっとはしょります。人をみつけるのに時間ばかりかかりましたので」

 切り替わって、委員会議事堂で二人の人物とむかいあっている映像になる。議事堂はいまの薄暗い感じではなく、ずいぶん明るく照明されていた。

「このころは電力が普及していたんですね」

「新都にパワープラントもありましたし、送電線もありました」

 答える一人はもう若者といえない年齢に達したばかりの感じ。イツキはどこかで見た覚えがあった。たぶん夢に出てきたのだろう。

「残念ながら新都は再建されなかったし、新しいルールでは使える資源も限られていたのだ」

 もう一人の壮年の人物にははっきり見覚えがあった。

「あの方、ラダ三世様です」

「なんと」

 ラダ七世が声をあげた。くいいるように見ている。

 でもなんか違う、と思ったけれど、イツキは声に出さなかった。そうか、いつも会うのより若い。そのせいか雰囲気も違う。

「新しいルールをもたらしたのはなんでしょう」

 映像の中で九十九がたずねる。

「常世だ。それと、最初の巫女」

「最初の巫女と常世? 」

「われわれは知らずに森に斧をいれていたのだ。そこに広大な常世があり、ミドガルドよりも広い世界の、ミドガルドの歴史など一瞬にしか見えないほどの歳月が保管されていることをな」

「ここですか」

「新しいルールは最初の巫女が考えました。彼女が何者かわかりませんが、取り替え子だった可能性があります。彼女と話をしたければ、ここにはいませんとしか言えません」

「何が起きたのです」

「眠り病にむしばまれ、全滅したのです。猛烈な眠気で眠ってしまったままになる病気です。わたしは抑止薬を開発しましたが、結局倒れました」

「伝染病ですか? 」

「病原体は発見できませんでした。伝染病にしても空気感染なのか接触感染なのか」

「診療記録は残っていますか? 」

「新都のわたしの研究所においてありますが、紙に手書きですからもうさすがに残っていないとおもいます。私は戻らなかった組ですから取りに行くこともできませんでした」

「戻らなかった? 」

「私たちは新しいルールに従う条件でもどったのですよ」

 ラダ三世が説明してくれる。

「しかし、それができない者はここにとどまりました。そっちのほうが多かったのです」

「そうですか」

「ところで途中で申し訳ないのですが」

「どうしました? 」

「どうやら呼ばれたようだ。いってきます」

「巫女の来訪ですか」

「はい」

 ラダ三世はみるみる年齢があがってイツキの知る姿に変わった。

「ついていってよろしいか? 邪魔はしません」

「ご随意に」

 そして場面は切り替わり、こちらを指差して唖然としているイツキの姿が映った。

「あとはイツキさんがよくご存知でしょう」

 映像は終わった。

 沈黙が落ちた。誰も何も言わない。

「巫女殿」

 ようやく口を開いたのはラダ七世だった。

「おつとめで見る常世はミドガルドだけと考えてよいかな」

「ええ、あんなへんてこなものは見た事がないわ」

「そうか、わかった」

 七世はよろよろと立ち上がった。

「九十九博士、今日はこれを見せてくれてありがとう」

 退出しようとして振り向き、イツキに怖い顔を見せる。

「巫女殿、ここでみたことは絶対に他言無用ですぞ」

「はい」

 気圧された彼女にくれぐれも、くれぐれも、おまじないのようにぶつぶついいながらラダ七世は出て行った。

「知らなければよかった」

 残ったイツキは九十九を睨んだ。

「知らずにおれましたか? 」

 九十九は問い返す。

「だからよ」

 もう、巫女は続けられない。それは確信だった。

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