三の巻

第178話

 御父君様の法皇様は、ずっと御優しい顔容を御向けくださる。

 ずっとずっと……。

 あの後院で最後に御見せ下された、あの御優しく御愛おしみくださる微笑み……。

 今上帝が物心ついてからずっと、欲し続けた微笑み……。


 かの御方はかつて、御父君様であられるお方から高御座をお譲りの折に


「青龍を抱きし天子である」


 と、大臣達の面前で御宣旨されて、この稀有なる国の天子となられた。

 その時今は二分している一族がまだ権力を一つとし、その力を以前の摂政一族の様に大きくしようと目論んでいた為、さきの天子は我が子である御父君様に、以前の権力者であった摂政の時の様に、青龍の力を借りて牽制したのだが、その時その貴きお方の御言葉を鵜呑みにしたは、大臣達だけではなく高御座を受け継いだ、当時の天子である御父君様もであった。

 かの昔、摂政一族がこの世の春を謳歌し、権力の在処が危ぶまれたあの時、貴き天子すら及ばぬ権力を持ち、意のままにこの国を手に入れようとした、その摂政は青龍を抱いていた。

 人臣でありながら、天孫の末裔の貴き天子すら意のままとし、その神の域に近づこうとした摂政……。それ程の力を保有する聖なる青龍……それに魅入られぬものなど存在するはずはない……。そう御父君様は思し召された。

 自身が抱くその尊く強力なる神獣……全てもの天下人、天子が欲する龍の力……。のめり込む様に、溺れる様に囚われてしまわれた御心……。

 だがかの御方は、疑う事がない程に完璧なる天子だった。

 だから誰も疑わなかった。かの御方が青龍を実は抱いていないなど……それ程に聖人であられた。

 治世は守られ、完璧なる聖天子であられた……今上帝が最愛なる方の腹に宿る迄は……何一つ汚点のない、清廉潔白なる天子であられた。

 そんな御父君様が、慈悲深い微笑みを御浮かべで言われる。


「青龍を抱きし天子よ、その質の違いを私に見せてみよ」


 ……と。

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