第169話

 日に日に朱明は、変わって行った。

 ひ弱で気弱なの朱明が、少し頼もしく少し逞しく少し自信を持って、そして父が遺した期待に沿える様にと、精神的精進に励んだ。

 そして天狗山のお師匠様の教えを得て、朱明は中津國特有の神仏や、不思議なもの達への日々の礼の気持ちを持つ様になった。


 かつて高僧達が雨乞いをすると、龍王が現れて国中に雨を降らしたと伝えられているが、禁庭の大池には龍王は存在しない。

 なぜなら禁庭の神聖なる池の深くには、魚精王の金鱗の宮殿が存在し、其処には金鱗の魚精達一族が、隣接する大内裏に住まう、この国の天子を護っているからだ。

 第一この国には、青龍を抱ける天子ものが誕生するのだ。青龍は宮中の在るべき処に存在するのであって、如何に神聖なる池であろうとも、龍王が池に在るはずはない。龍王はこの国の天子と云っても、過言ではないのだから……。

 だから禁庭で雨乞いした時に現れた龍は、龍王ではなく魚精王の金鱗であったが、その煌びやかなる鱗をもつ、それは美しく居丈高なる姿に、実物を知らない人間達は、龍と勘違いして言い伝えたのだろう。

 高々の事には細かく気にしない金鱗なので、精王を龍王と言い伝えられようが、大して気にはしないのだ。ただと、呼ばれるのだけは厭らしい。


 その日三日前から各寺院で唱えられている経が、禁庭の正殿脇でも壮大に唱えられている。

 百人以上集められた僧侶達が、寝殿の両脇に分かれて、朝早くから休む事なく経を唱え続けているから、入れ替わり立ち代わり僧侶達が交代で経を唱えていく。

 其処には、天狗山の師匠の同朋だという高僧の姿もあり、その隣には貝耀の姿もあった。

 正殿の御簾の奥に、今上帝が側近の伊織と共に座される事だろう。

 その果てしない御憤りを放って、そこに座されている。

 そしてその御身には、確かに強大なる青龍を御抱きだ。


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