第84話

 法皇は一段上の座に座ったまま、不気味な笑みを浮かべる今上帝を正視されている。


「参ったか……」


 静かなの面持ちの法皇は、それでも笑みを浮かべる今上帝を見つめられる。


「御逃げに、なられませなんだか?」


 今上帝は一言そう御言いになられると、それでも笑ったまま、一段下の座に御腰を落とされた。


「御逃げになられる機会を、御与え致したでございましたに……」


「さて、逃げて如何致すと申す?」


 法皇がそれでも、視線を逸らされずに御聞きになられる。


「次の機会を、お待ちになられませぬとは……なんと御気が弱られた事よ……」


 今上帝は心底笑っている。

 それも本当に楽しそうに……それが法皇と対照的で場違いだ。

 否、伊織がその笑いに嫌悪するから、だからそう見えるのかもしれない。こんな御姿を御幼少のみぎりより知る、このお方から見たくはなかった。


「さても……」


 法皇はそれでも、落ち着いた体で言われる。

 今まで伊織は今上帝が思い続けられた、中宮との仲を悪く思っていたので、このお方の真の御姿を打ち消して見て来たが、男の伊織から見ても御法衣御姿ですら、見惚れる程に男前な御姿だ。

 御顔は今上帝とは似て御いでにならないが、それでも眉と口元が似て御いでか……遠目で見る限るは、やはり血を分け合った父子にしか見えない。

 そしてその落ち着いた御様子は、やはり御若い今上帝よりも風格と風情を帯びられ、品と優雅さが人を惹きつけられる。かのお方中宮が、あれ程の今上帝の思いになびかぬはずだと納得した。


「……さても、そなたはこれからこの国を、食い尽くすのであろう?ならば何処に逃げたとて、如何様にもなるまい?」


「はて?さようでございましょうや?」


「……でなくば、面白う無いではないか?せっかく青龍を抱いておるのだ、食い尽くせるだけ食い尽くすがよかろう?」


「……この国の法皇が、申される御言葉か?」


 今上帝が呆気にとられる様に、御言いになられた。

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