第59話

「子鬼の私が、貴方様に敵うはずもございません。ゆえに遣いとして寄越しておるのでございます。さすがの貴方様も、この私を甚振いたぶられるはずはございませぬゆえ……」


「そなたの主人は、さかしい奴だな……」


「と、とんでもございません。如何様に致しましても、朱明様に願いを聞き入れて頂きたいのでございます」


「ならば、そなたの主人の名を申せ」


「大鬼の大鬼丸様にございます」


「大鬼丸?……幾度と無く、朱明様を甚振った奴ではないか!」


 孤銀の声が荒れる。


「……しかしながら、お命はお助け申しております」


「はあ?それは朱明様の額の痣ゆえに、手出しができぬだけであろうが?」


「……だけではございませぬ……」


 子鬼が言うと、孤銀は朱明を正視した。


「大鬼丸?……大鬼か?」


 朱明は毎回投げ飛ばされて、大事な大事な烏帽子をクチャクチャにされる、羅城門の大鬼を思い浮かべて言った。

 大鬼は知っているが、名前迄知っているはずが無い。

 何故か相手は朱明を知っているが、朱明は鬼に名があった事に吃驚だ。


「……して如何なる願いだ?」


 孤銀が、朱明を正視したまま問うた。


「……それは直に主人にお聞きください。私からは申せません」


「さ、さようか?ならば……」


 朱明は喉が乾くのを感じながら、声を絞って言った。


「あ、ありがとうございます」


 子鬼はホッとした様子で言った。

 するとガタリと、音を立てて再び牛車が動き始めた。


「朱明様よろしいので?」


「お前も居るし……第一、命だけは守って頂けるのだろう?」


「さようにございますが……」


 孤銀は少し顔容を歪めて言う。


「……鬼に頼られたなんて初めてだから……ちょっと緊張するなぁ」


 朱明は強張った顔を緩めて言った。

 できれば関わりたくは無いが、そうは言っても果敢に挑戦した相手でもあるし、そう酷い事もされてはいない相手の願いだ。ちょっと気になったりもする。

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