第56話

「あのお方は、その者を持って参れと言われた。その者を連れ参れ……ではなく、持って参れと……それはもはやあのお方には、その者はただの。どの様に御扱いになられるか、我が身には想像もつかぬ……が、を御失いになられた憂さを晴らすには如何されるか、御憤りを御鎮めになられるには如何なされるか、想像するのも恐ろしい……ゆえにその者は、そなたの手で楽に死なせよ」


「……………」


「そなたの父御は、主上をお護り致すが為に、我が身を犠牲と致した。ゆえに縁を感じて頼むのだ」


「父が主上をお護り致した話しは、陰陽頭おんようのかみ様から伺いました……しかしながら……」


 伊織は、歩く足を止めて朱明を直視する。


「そなたが、正二位の子孫だから頼むのだ……かのいにしえに存在致し陰陽師でありながら、破格の勢いで出世した……伝説のお妃様に御寵愛を得、その御子様の親王様に御信頼を得、かの聖天子様に破格の恩賞を与えられし。その天子の乳母子が書き遺した〝乳母子記〟を読ませて貰ったが、そなたは分不相応な特別待遇を得ておるな?それによって上司から、嫌がらせを受けたりもしている……」


 伊織は瑞獣お妃様時代の、今では聖天子と呼ばれる天子の、自分同様に生涯を共にした乳母子の日記を、母の手づるで手に入れていた。

 それは子孫によって、門外不出として代々保管されていた代物だが、相手が伊織という事もあって手に入れられた物だ。

 そして当時の天子の、苦しい迄の御心が事細かに遺されていて、自分と同様の乳母子が、側で苦悩する姿が伺えた。いつの世も、乳母子は貴き天子の為に苦悩する運命さだめの様だ。


「まずは法皇様と、そなたの父の関係を考えれば納得致すもの。今一つは正二位の功績において、かの聖天子が授けた恩賞……それはこの中津國ではあり得ない待遇だが、もはや二百年近く当たり前の様に、そなたの様な当主に受け継がれてる。それは何故か?この平安たる治世を成し遂げられた、伝説の御三方より寵愛と信頼を得し者だからだ」




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