第55話

「……そなた……の血の者か……」


 今上帝は暫く朱明を凝視されておいでであったが、ポツリと言われた。

 さすがに意味不だ……。朱明にはさっぱり解らない。

 解らないけれど、しげしげと今上帝が見続けられるから身が縮む思いだ。


「さようか……そなたには恩がある。ゆえに決して悪い事とは致さぬ……が、に尚更頼みたい事がある」


 意味不な事を又々言われた朱明だが、その言葉に恐る恐るおもてを上げた。


「そなたの父は、それは腕の良い陰陽師であった。そして分をわきまえ、己の成すべき事をと成せる者であった。ゆえにそなたに頼みたい……」


 その言葉の意味すら解らないのに、なぜだろう?朱明は恐怖が幾分無くなるのを覚えて、畏れ多い今上帝を凝視した。


「我が妻を陥れし、邪道なる陰陽師を探し出し、その者を此処に持って参って欲しいのだ」


「にょ、女御様を……」


「……其処の伊織は、皇后は戻って参ると申した……」


 今上帝が簀子すのこはべる、伊織を見つめて言う。だから朱明も伊織を見つめた。


「だがわたしを、信じてはおらぬ……だが伊織の忠誠に免じて、暫し左大臣一族には猶予を与える……だが、直接我が妻に与えし害を、決して許す訳にはいかぬ。我が憤りが収まらぬ。ゆえにその者を此処に持って参るのだ」


 今上帝の声が大きく響いた。


「は……」


 朱明は、幾つかの違和感を覚えて頭を下げた。

 

 

 

 陽が大きく傾きかけている。

 未だに宮中に泊まる生活の伊織だから、退出する朱明を見送る様に共に歩いている。

 

 「陰陽助おんようのすけ殿……」


 伊織は、神妙な顔を向けて朱明を見つめた。


「お解りの事と存ずるが、主上はさきの主上ではございませぬ」


 重々しく慎重に、言葉を選んでいるから、朱明も神妙に頷いた。


「ゆえに、邪道なる陰陽師を見つけたならば、その場で命を絶たれよ」


「えっ?」


「今上帝の御憤りは、ひとしおではない。私が知り得ぬ程の御憤りだが、それは致し方のない事だ。そしてもはや内には、それは巨大なる物が目覚めておる……そなたが哀れみをかけその者を連れ参れば、その者は生き地獄を味わう事となろう……」


伊織はそう言って、朱明を見つめる。

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