第53話

「左大臣は、確かに大罪を犯しました……しかしながら、となられました……ならば、他の者には暫くの猶予を……皇后様にもしもの事がございますれば、この伊織が主上に代わりまして、一族を根絶やしに致す所存でございます」


「……ふっ……忠義者よなぁ……わたしは果報者であるな、そなたの様な乳母子がおって……」


「身に余るお言葉にございます……」


 今上帝は、金色の瞳の色を変えると


「陰陽師の朱明を此処に……」


 と申された。


「朱明は、殿上人ではございませぬ」


「はて?さようであったか?」


 今上帝はとぼけられるが、それこそ今度は伊織の方が、違う形の冷ややかな笑みを浮かべた。

 今上帝は最愛なる皇后……瑞獣碧雅と懇意な朱明を、御心よろしく思われず、瑞獣がに疎いのをいい事に、かなり冷遇していて、伊織が見兼ねて官位を上げなければ、ずっと陰陽師のままだったのだ。一応は瑞獣の縁者としているものの、そんな低い地位なので、伊織まで建前上瑞獣の縁者としなければならなくなった程だ。なんとも最愛なるお方の事となると、大人げなく狭量なるお方であると、常々思っている伊織である。


「ならば殿上人てんじょうびとと致せ」


 おおお!何時もとは違い、何たる太っ腹ぶり……感嘆なる伊織である。が


「しかしながら、陰陽頭おんようのかみは一人おりますゆえ……」


「ならばその陰陽頭を、どうにか致せ」


「どうにか致せ……と申されましても……」


 伊織は、意地悪く渋面を作った。


「とにかく此処に、朱明を連れて参れ。直々に言い渡したい旨がある」


 今上帝が焦れる様に言ったので、伊織は頷いた。

 何だかんだと言ったって、先例とかしきたりとか言っているが、そんなの強者の一言でくつがえるのが宮中だ。

 かつて地下じげの者が、天子に拝謁した例もあるし、他国などでは中宮と皇后が並び立ち、天子の嫡妻が同時に二人となった話しもある。

 そんな話しはさすがに吃驚だが、強い者が全てを握る、それが宮中という所だ。

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