第52話

「なる程……」


 今上帝は笑みを浮かべたまま、側の御脇息きょうそくに御もたれになられた。

 先程からずっと浮かべる、冷ややかで嘲りの笑みが不気味だ。

 気味が悪い……。

 かつてこの様な感情を、面前のお方に抱いた事など無い伊織だ。


を失ったゆえ見逃せと?そうそなたは申すか?我が最愛なる皇后を陥れた一族をか?」


「……陥れましてございますが、かのお方が御戻りになられれば、その時に御処分を……」


「はっ?皇后がに戻って参ると?そなたはそう申すのか?わたしを謀るか?」


たばかっておるか否か、貴方様ならばお見通しのはず……私はかのお方様が決して、御戻りあそばされぬとは思っておりませぬ」


 再び視線が交じり合う。

 だがもはや、伊織の恐怖は消えていた。

 すると、気味の悪い笑みを浮かべていた今上帝が、フィッと伊織から視線を逸らされた。


「そなたは知恵者よなぁ……。親王を始末する事により、一族の者を見逃さす算段か……」


「皇后様の御不幸は、左大臣一人の策略とは思えませぬ……しかしながら私は、皇后様が易々と御ヤラレになられるお方とは、思うておりませぬ。如何様になされましても、必ずや主上の御元に御戻りあそばされると、信じております。故に一族皆殺しは尚早かと存じ上げ、主上に御進言申し上げておるのでございます……ゆえには、左大臣と親王様の御命で御鎮まり頂きたく存じます」


「……ふん。皇后の事のみか?朕に致した事に対する、代償は如何だ?」


「貴方様におかれましては、渡りに船の御状況かと?」


「ほう?それは如何した事である?」


 気味の悪い笑顔は、少しの顔容の歪みと共に消え去り、再びの眼光の光りと共に伊織を捕らえた。

 すると伊織はその視線に視線を送り、ほくそ笑みを浮かべた。


が、御目覚めになられたからにございます」


 すると今上帝の眼光が、金色こんじきに輝いた。

 それを直視して伊織は、ほくそ笑みを浮かべ続けた。

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